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悪女、二周目はサッカー少年の夢に人生を捧げる  作者: 鳴嶋ゆん
第5章

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第58話 大吉の約束

 新しい年を迎えた。

 とはいえ、このお正月は例年とは少し違う。

 喪中ということもあって、元日に届く年賀状はほんのわずかだった。


 去年、亜紀さんと二人で慌ただしく喪中はがきを出していたので、届くのは会社やお店からのダイレクトメールのようなものばかり。


「静かなお正月だね」


 居間でそんなことを呟く。


 旅行代理店から送られてきた書類は年内に届いていた。

 けれど、役所は当然お正月休み。

 パスポートやビザの手続きも三が日が明けてからになる。


 焦っても仕方がない。

 今できることは少しだけ休むことだった。


 そんな元日の午前中。

 電話が鳴った。


「もしもし」

「紗里ちゃん?」


 翔吾くんだ。


「今日さ、うちのみんなで初詣に行くんだけど、一緒に行かない?」

「いいの?」

「もちろん」


 思わず笑顔になる。


「たださ、車の定員があるから亜紀さんは乗れないんだけど」

「わかった」


 電話を切って、そのことを伝えると亜紀さんは笑った。


「私は友だちと出掛ける約束してるから気にしなくていいよ」

「ありがとう」

「ちゃんとお願いしてくるんだよ」

「うん」


    ◇


 翔吾くんのお父さんが運転する車で神社へ向かう。

 熱田神宮ほどではないけれど、この辺りでは有名な神社だ。

 詳しい由緒までは知らない。


 ただ、お正月らしく参道にはたくさんの屋台が並び、甘い綿菓子の匂いや焼きそばの香りが漂っていた。


「結構人が多いね」

「熱田神宮よりは全然少ないけどね」


 翔吾くんが笑う。

 確かにこれでも地元の人たちで賑わっている。

 熱田神宮へ行っていたら、参拝だけで何時間待ちになっていたか分からない。


 五人で列に並ぶ。

 翔吾くんのお父さん、お母さん。

 翔吾くん。

 弟の真治くん。

 そして、わたし。


 順番が来て、神前へ進む。

 鈴を鳴らし、お賽銭を入れる。

 冷たい冬の空気の中、境内には柏手の音が静かに響いていた。


 二礼二拍手一礼だっけ?

 翔吾くんのお父さんを薄目で見ながら真似する。


 静かに目を閉じた。


(ユヴェントスのテストに合格できますように)

(翔吾くんが世界一の選手になりますように)

(その隣で、ずっと笑っていられますように)


 目を開ける。

 ふと頭をよぎった。


(あれ……)


 喪中でも神社って大丈夫だったっけ?

 確か忌明けを過ぎていれば問題なかったような記憶があるけど。

 正直、日本のそういった風習に自信がない。

 まぁ、たいていの小学生はそんな知識ないはずだから、知らなくても問題ないだろう。


 たぶん、大丈夫。

 ……あとで確認しておこう。


 日本の神様はきっと寛大だから、そのくらいで怒ったりはしないと思う。


 参拝を終えたあと、おみくじ売り場へ向かった。


「おみくじ引こう!」


 真治くんが真っ先に駆け寄る。


 みんなで一本ずつ引く。

 わたしはゆっくり紙を開いた。


「……大吉」


 思わず声が漏れる。


「えっ、ボクも大吉!」


 翔吾くんも嬉しそうに紙を掲げていた。


「やった!」


 二人で顔を見合わせて笑う。


「幸先いいね」

「うん!」


 一方で――。


「えー……」


 真治くんが唇を尖らせていた。


「末吉だぁ……」

「いいじゃない。これから運が上がるってことよ。」


 お母さんが優しく頭をなでる。


「でも、お兄ちゃんたちは大吉なのに……」


 少しだけ拗ねた顔。

 その様子がおかしくて、みんなで笑ってしまう。


 屋台を眺めながら参道を歩く。


 甘酒。

 たこ焼き。

 りんご飴。

 射的。


 お正月らしい賑わいが続いていた。

 でも、わたしの胸の中は、それ以上に晴れやかだった。


 大吉だから安心したわけじゃない。

 未来は、おみくじが決めるものじゃない。

 自分たちで切り開くものだ。


 それでも。

 今年最初の日にもらった、小さな後押し。


 そのくらいは、素直に信じてみてもいい。


 春になれば、イタリアへ旅立つ。

 夢へ向かう一年が、静かに幕を開けた。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!


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