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悪女、二周目はサッカー少年の夢に人生を捧げる  作者: 鳴嶋ゆん
第5章

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第56話 夢を見る権利

お待たせしました。


活動報告で簡単に報告だけはしましたが、パソコンの故障・修理のため、2週間ほど更新が止まってしまいました。

無事に修理から戻ってきましたので、本日より更新を再開します。

(書き溜めた分が消えてしまわなくて、ほっとしてます)


今週は木・金・土の3日連続更新を予定しています。


それでは、久しぶりの更新です。

引き続きよろしくお願いいたします。


それでは、久しぶりの更新です。

引き続きよろしくお願いいたします。


 土曜日の午後。


 わたしと亜紀さんは、翔吾くんの家の前に立っていた。


「大丈夫?」


 隣で亜紀さんが小声で聞く。


「……たぶん」


 そう答えたけれど、実のところまったく大丈夫じゃない。

 前世で何百人もの相手と商談をしてきた。


 会社の社長。

 政治家。

 裏社会の人間。


 どんな相手を前にしても、ここまで緊張したことはなかった。


 なのに。

 今日、一番緊張している。

 深呼吸を一つ。


 覚悟を決めよう。

 脳内であらゆるシミュレーションはしてきた。

 台本は完璧のはず。


 翔吾くんが玄関を開けた。


「来たよ」


 その声に奥から返事が聞こえる。


「どうぞー」


 居間へ案内される。


 翔吾くんのお父さんとお母さんが並んで座っていた。


「こんにちは」


 頭を下げる。


「こんにちは」


 お母さんが優しく笑う。

 お父さんも軽く会釈した。


「今日は改まってどうしたんだい?」


 来た。

 心臓が速い。


 何度も頭の中で練習した。

 落ち着いて。


 そう思った、その瞬間だった。


「紹介するね」


 翔吾くんが立ち上がる。


「ボクのお嫁さんになる紗里ちゃん」

「…………え?」


 頭の中が真っ白になった。


 違う。

 違う違う違う。


 今日の予定にそんな台本はない。


 必死に考えてきた挨拶。

 全部吹き飛んだ。


 気がつくと。


 ぽろり。

 一粒。

 涙が落ちた。


 止まらない。

 次々と涙があふれてくる。


「紗里ちゃん!?」


 翔吾くんのお母さんが慌てて声をかける。


「どうしたの?」


 心配そうな声。

 わたしは慌てて涙を拭いた。


「ご、ごめんなさい」


 鼻をすすって笑う。


「人間って……」


 もう一度涙を拭く。


「嬉しすぎても涙が出るものなんですね」


 一瞬の静寂。


 そして。

 ふっと部屋の空気が和らいだ。


「そういうことだったの」


 翔吾くんのお母さんが安心したように笑う。


「びっくりしたわ」

「すみません」


 笑いながら頭を下げる。

 さっきまでの緊張が少しだけ消えていた。


 ありがとう。

 翔吾くん。


 たぶん本人は何も考えていなかったんだろうけど。

 結果的には助かった。


「今日はお願いがあります」


 改めて姿勢を正す。


「少し長くなりますが、お時間をいただけますでしょうか」


 二人が静かに頷いた。

 わたしは鞄から一通の封筒を取り出す。


「以前、イタリアのサッカークラブへ手紙を送りました」


 そこから順番に説明する。


 翔吾くんの才能。

 日本では学べる環境が少ないこと。

 イタリアへ手紙を送ったこと。


 そして。

 返事が届いたこと。


「こちらです」


 手紙を差し出す。

 二人はイタリア語の文字を不思議そうに見つめている。

 もちろんイタリア語だから読めないだろう。

 だから一文ずつ日本語で説明していく。


「来年度九月から十二歳から十五歳を対象としたジュニアユースチームを新設予定です」

「三月末に選抜試験を実施します」

「そして……」


 一呼吸置く。


「わたしたち二人を特別に招待してくださいました」


 部屋が静まり返る。


 海外。

 イタリア。

 プロクラブ。


 どれも現実味がない。

 二人とも言葉を失っていた。

 全部初耳なのだから当然だ。


「もちろん」


 わたしは続ける。


「合格できる保証はありません」


「でも」


 深く頭を下げる。


「夢を見る権利は、子どもの特権です」


 畳に額が付きそうなくらい頭を下げる。


「どうかお願いします」


 静寂。


 時計の音だけが聞こえる。


 しばらくして。

 翔吾くんのお父さんが口を開いた。


「お願いしなくちゃいけないのは」


 ゆっくりと。


「こちらのほうだ」


 顔を上げる。

 お父さんは真っすぐわたしを見ていた。

 お父さんはゆっくり息を吐いた。


「どうか翔吾の夢を手伝ってやってくれ」


 横で翔吾くんのお母さんも静かにうなづく。

 胸の奥が熱くなる。


「ありがとうございます」


 自然と声が震えた。

 そこでお父さんが少し笑う。


「ただ、現実の話もしよう」

「はい」

「旅費は?」


 予想していた質問だった。


「わたしにも考えがあります」

「どういうことかな」

「貯金があります」


 亜紀さんが静かに頷く。


「足りない分も何とかします」

「それは駄目だ」


 お父さんは首を横に振った。


「旅費は、それぞれの家で負担しよう」

「でも」

「翔吾はうちの息子だ」


 その一言で、わたしは何も言えなくなった。


「……分かりました」

「ただし」


 わたしも譲れない。


「亜紀さんは、わたしの保護者として同行してくださる方ですから、わたしが負担します」

「理由は?」

「今回は保護者というより、一緒に旅行していただく形になりますから」


 お父さんは少し考えたあと、小さく頷いた。


「それなら納得だ」


 もう一つ質問が飛ぶ。


「もし合格したら?」

「……まだ分かりません」


 正直に答える。


「それも含めて現地で話を聞く必要があります」


 また静かになる。

 でも。

 さっきまでの沈黙とは違う。


 夢物語ではなく。

 本当に夢へ向かって歩き始めた人たちだけが持つ、静かな時間だった。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!


少しでも「面白そう」と感じていただけましたら、『ブックマーク』や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけますと嬉しく思います!


皆様の応援がモチベーションに繋がりますので、よろしくお願いいたします!

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