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悪女、二周目はサッカー少年の夢に人生を捧げる  作者: 鳴嶋ゆん
第4章

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第52話 海の向こうの決断

 イタリア・トリノ。

 歴史ある街の一角に建つユヴェントスのクラブ事務所。

 机の上には、一通の航空便が置かれていた。

 差出人は日本。


『読んだか?』


 初老の職員ラウロが封筒を指差した。


『もちろん』


 向かいの若い男性ブルーノが苦笑する。


『どう思った?』

『明日からでも社長秘書として採用したい』


 部屋に笑いが起きる。


『相手は十一歳の女の子だぞ』

『だから困るんだ』


 男は肩をすくめた。


『これだけの文章を書ける大人を、この街でもそうそう見たことがない。論理的で、礼儀正しく、それでいて押しつけがましくない』


 さらに一枚めくる。


『自分たちの売り込みだけじゃない』


 そこには、日本市場の将来性。

 日本企業の成長。

 これからサッカーが発展する可能性。

 ユヴェントスが先行して関係を築く価値。


 そんな内容まで丁寧に書かれていた。


『十一歳が考える内容じゃないな』

『まったくだ』


 男は笑う。


『で、どうするんだ?』

『今日の定例会議に議題として追加しておいた。それ次第だな』


    ◇


 ユヴェントス定例会議。


『……問題は前例がないことです。外国人の子どもを受け入れた例はありません』


 役員の一人が腕を組んだ。


『セリエAは外国人登録が認められていない』


 別の役員も続ける。


『もちろん、ユースも外国人はいません』


 室内が静かになる。


『規則はどうなっている?』


 オーナーが口を開いた。


『確認しました』


 法務担当が資料をめくる。


『外国人登録を禁止しているのはセリエAです。ユースやジュニアについては規定がありません』

『つまり、規則違反ではない?』

『はい、連盟事務局にも確認済みです』


 それでも空気は重かった。


『前例がない以上、反発はあるでしょう』

『市民たちも外国人を受け入れるかどうか不透明です』


 慎重論が次々と出る。

 その様子を見ていたオーナーが静かに言った。


『だから何だ』


 一同が視線を向けた。


『私は日本人という民族を高く評価している』


 少し間を置く。


『先の戦争ではイタリア同様に敗戦国となった。しかし、その後の復興を見れば分かる。勤勉で、約束を守り、仕事に誇りを持つ』


 役員たちは黙って聞いていた。


『わが国とも縁が深い』


 三国同盟。

 口には出さなかったが、その場にいる誰もが何を指しているのか理解していた。


『私は、日本人だからこそ一度会ってみたい』


 慎重派の一人が口を開く。


『しかし、オーナー。前例を作るということは……』

『前例は、誰かが最初の一人にならなければ永遠に生まれない』


 オーナーは言葉を続ける。


『世界の流れを見れば、いつまでも閉ざされた制度は続かない』


 だが、その一言で会議室の空気が変わる。


『まずは試してみるのもいいかもしれませんね』

『輝くものをもってなければ帰国してもらえばいい』

『見てもいないものを判断するのは早計というものでしたな』


 会議の流れは好意的なものに変わっていった


    ◇


『ゴーサインか』

『鶴の一声ってやつらしいよ』


 ラウロのつぶやきにブルーノが答える。


『例のジュニア育成計画の発表は今週末だったな?』

『予定通りです』


 ブルーノは静かに頷いた。


『なら』


 手紙を見つめる。


『返事はお前にまかせるぞ』

『一つだけ気になることがあります』

『何だ?』

『この少女のイタリア語です』


 流暢だった。

 文法も美しい。

 それだけではない。


『少しだけこのあたりの言い回しが混じっています』

『トリノか』

『ええ』


 ブルーノは少し笑う。


『それだけなら珍しくありません』


 だが。


『時々、不思議な表現が出てくるんです』

『例えば?』

『昔、叔父が使っていた言い回しです』


 叔父はもう亡くなった。

 職業も詳しくは知らない。

 ただ。

 夜になると黒い車で迎えが来るような人だった。


『あれは……一般家庭ではまず使いません』

『どこで覚えた?』

『さあ』


 ブルーノは肩をすくめる。


『きっと映画か、小説でしょう』


 そう結論づけると、誰もそれ以上は気にしなかった。


 やがて一通の返事が封筒へ収められる。

 宛先は、日本。


 この時、彼らはまだ知らない。

 その一通の手紙が、二人の運命を大きく変えることになることを。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!


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