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悪女、二周目はサッカー少年の夢に人生を捧げる  作者: 鳴嶋ゆん
第4章

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第51話 遠かった世界


 日曜日。

 わたしと翔吾くんは朝から自転車を走らせていた。


 目的地は瑞穂競技場。

 日本リーグの公式戦の試合が行われる。


 電車やバスを乗り継いで行くのが普通なんだろうけど、調べてみると乗り換えとか少し面倒だった。

 だったら――


「自転車で行こう」


 ということになった。

 この地方の子どもたちは、きっとこう言う。


 ケッタマシン。


 男の子たちがよく使う言葉だ。

 わたしはあまり使ったことがない。

 女の子は普通に自転車って言うことが多かった気がする。


「結構遠いね」


 わたしが言う。


「うん」


 翔吾くんが頷く。


 それでも三十分ちょっと。

 小学生には遠い距離かもしれないけど、わたしたちにとっては大したことはなかった。


 毎日走り回っているから、体力的には問題ない。


 やがて瑞穂競技場が見えてきた。


「着いたー!」


 思わず声が出る。

 競技場は想像より大きかった。


 小学校サッカーの市大会決勝と準決勝はここで行われるらしい。

 それを想像すると少しだけ胸が高鳴った。


 今日の対戦カードは、トヨタ自動車対東洋工業。

 東洋工業というのは将来のマツダだ。

 将来のJリーグならグランパス対サンフレッチェってことかな?


「トヨタ自動車って強いの?」

「残念ながら最下位争いしてるみたい」


 あまり強くないのか。

 ちょっと残念。


「今日が最終戦なんだよね?」

「うん」


 翔吾くんが答える。


「優勝争いは別会場だけど」


 どうやらヤンマーディーゼルと三菱重工の試合も同時刻に行われているらしい。

 勝った方が優勝。

 そんな大一番だという。


「ヤンマーって大阪だよね?」

「そう」


 じゃあガンバかな……セレッソかもしれない。三菱重工のほうはレッズだろう。

 それより問題は。


「結果どうやって知るんだろうね」

「明日の新聞かな」


 テレビ中継なんてない。

 ニュースで大々的に扱われるわけでもない。

 それが今の日本サッカーだ。


 野球なら大騒ぎだろうけど。

 サッカーはまだまだマイナー競技だった。


 わたしだって知っている選手はほとんどいない。

 ヤンマーの釜本さんくらいだ。

 将来、国会議員になる人だっけ。


 やがて選手たちが入場してきた。

 試合開始だ。


「……」

「……」


 しばらくして、わたしと翔吾くんは無言になった。

 もちろんレベルは高い。


 パスは正確。

 トラップも上手い。

 ポジション取りも上手い。


 小学生の試合と比べたら天と地ほど違う。

 それは分かる。


 でも。


「なんか」


 わたしが呟く。


「うん」


 翔吾くんも頷いた。

 言いたいことは同じだった。


 上手い。

 だけど。

 ワクワクしない。


 魅せるプレーが少ないのだ。


 堅実で、丁寧で、真面目。

 でも心が躍らない。


 将来見た世界のトッププレーヤーたち。

 そういう選手たちが持つ何かがない。

 もちろん比べる方が酷なんだけど。

 それでもそう感じてしまった。


 ただ。


「この人は上手いね」


 わたしはある選手を指差した。

 東洋工業の九番。

 年齢はかなり上に見える。

 でもボールを持った瞬間だけ空気が変わる。


「ああ」


 翔吾くんも頷く。


「小城さんだね」

「有名な人?」

「日本のトッププレーヤーの一人」


 なるほど。

 言われてみれば納得だった。

 動きに無駄がない。

 視野も広い。

 周囲との連携も抜群だ。


「でもベテランだよね?」

「たしか」


 翔吾くんは考える。


「ボクたちが生まれる前から代表だったと思う」

「そんなに?」

「うん」


 わたしは少し考える。

 そういえば釜本さんもベテランだったよね。

 若手はどうなっているんだろう。

 そんな疑問が頭をよぎった。


 試合は二対〇で終了した。

 東洋工業の勝利。

 地元チームのトヨタ自動車は敗戦だった。


「これで一部リーグから降格するかもしれないらしいよ」


 帰り際に翔吾くんが言う。


「そうなんだ」


 少し残念だった。

 特別ファンというわけではない。

 でも地元チームだ。

 応援したくなる。


 それにしても。

 競技場を出ながら思う。


 期待しすぎていたのかもしれない。


 もっと圧倒的で。

 もっと華やかで。

 もっと心を震わせるものだと思っていた。


 だけど現実は違った。

 日本最高峰のリーグ。

 それでも世界は遠い。


 そんな印象だった。


 隣を見る。

 翔吾くんも黙っていた。


 たぶん同じことを考えている。

 言葉にはしない。

 でも分かる。


 今日見た試合は。

 わたしたちに夢を与えたというより。

 世界との差を教えてくれた。


 だからこそ。

 ますますイタリアへ行きたくなった。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!


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