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悪女、二周目はサッカー少年の夢に人生を捧げる  作者: 鳴嶋ゆん
第4章

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第50話 小学生だと思うな

 紗里と翔吾が帰った後の新聞社応接室。


「びっくりしました」


 最初に口を開いたのは通訳の女性だった。


「何がです?」


 須藤が尋ねる。


「大島さんですよ」


 女性は苦笑した。


「わたしよりイタリア語が上手なんですもの」

「そんなにですか?」

「そんなにです」


 即答だった。


「通訳しているのが恥ずかしくなるくらいでした」


 須藤は目を丸くする。

 確かに驚いた。

 取材中も普通に会話していたが、須藤には何を話しているのか分からない。

 だから正直なところ、どの程度すごいのかも分かっていなかった。

 すると、ソファーに腰掛けていたアルディーニが笑った。


『本当に素晴らしかったですよ』


 通訳が日本語へ訳す。


『少しだけ北部のなまりがありましたが、とても自然でした』

「北部?」


 須藤が首を傾げる。


『ええ』


 アルディーニは大きく頷いた。


『イタリアは日本と同じように南北に長い国です』


 身振り手振りを交えながら説明する。


『歴史的にも様々な国や都市国家が集まってできた国ですから、地域によって言葉の発音やイントネーションがかなり違います』


「方言みたいなものですか?」

『近いですね』


 アルディーニは笑う。


『わたしの住むナポリと、トリノやミラノではずいぶん違います』

「へえ……」

『ミス・オオシマは標準的なイタリア語でしたが、イントネーションに少し北部の雰囲気がありました』

「分かるものなんですね」

『母国語ですから』


 アルディーニは肩をすくめる。


『逆に、わたしの話し方にも南部なまりがあります』

「そうなんですか?」

『ええ。お互い少しだけ聞きづらかったかもしれません』


 そう言って豪快に笑った。

 須藤もつられて笑う。


「面白いですね」


 そしてふと思う。


「あの子、どこで覚えたんでしょうね」


 小学生。

 しかも名古屋の普通の女の子。

 イタリア語を話せる理由が思いつかない。


「お父さんから習ったって言ってましたけど」


 通訳の女性が言う。


「でも、お父さんも日本人なんですよね?」

「そうらしいですね」


 ますます分からない。

 須藤は腕を組んだ。


「なんだか色々興味が湧いてきますね」


 そのときだった。


「好奇心は猫を殺す」


 低い声が響いた。

 文化部長の前原だった。


「え?」


 須藤が振り向く。

 前原は灰皿へ煙草を押し付けながら続けた。


「深入りしすぎるな」

「そんな危険人物みたいな」

「危険かどうかは知らん」


 前原は苦笑する。


「ただな」


 一拍置く。


「あの子は普通じゃない」

「イタリア語のことですか?」

「それもある」


 前原は首を横に振った。


「取材中、何度か踏み込んだ質問をしただろう」

「しましたね」

「どんな印象だった?」


 須藤は少し考える。


「賢い子だな、と」

「それだけか?」

「え?」

「主導権を握れていたと思うか?」


 その言葉に須藤は口を閉じた。

 改めて思い返す。

 手紙を送ったチームの話。

 将来の話。

 イタリアの話。


 答えたくないところは笑って流された。

 強引に聞き出そうとは思わなかった。


 いや――

 聞き出せなかった。


「……言われてみれば」


 前原が小さく笑う。


「気付いてなかったか」

「そんなにですか?」

「目だよ」


 前原は言った。


「あの子は目で話す」

「目で?」

「お前に問いかけてた」


 前原は紗里の微笑みを思い出す。

 柔らかい笑顔。

 子どもらしい笑顔。

 だが、その奥に何かがあった。


「あなたは味方ですか?」


 一拍。


「それとも敵ですか?」


 須藤の背筋に少し寒気が走る。


「そんな大げさな」

「かもしれん」


 前原は笑った。


「俺の勘違いかもしれん」


 そう言いながらも、その目は真面目だった。


「ただな」


 前原は立ち上がる。


「あの二人は覚えておけ」

「二人とも?」

「特に藤堂翔吾」


 市大会予選八試合。

 驚異的な得点記録。

 取材前に資料を読んだときから気になっていた。


「サッカー選手として大成するかもしれん」


 そして。


「大島紗里もだ」

「サッカーですか?」

「いや」


 前原は少し考える。


「何になるのか分からん」


 それが正直な感想だった。


 政治家かもしれない。

 実業家かもしれない。

 学者かもしれない。


 まったく別の何かかもしれない。

 ただ一つだけ確かなことがある。


「あの子は、人を動かす側の人間だ」


 須藤は黙って聞いていた。


「だから縁は切るな」


 前原は言う。


「何年後か、何十年後か」


 そして小さく笑った。


「お前の財産になるかもしれんぞ」


 須藤は窓の外を見る。

 夕暮れの街。

 帰っていった二人の小学生。


 ただの市大会出場選手を取材しただけ。

 そう思っていた。


 だが今は少し違う。

 もしかすると今日は。


 将来、とんでもない人物になるかもしれない二人との最初の出会いだったのかもしれない。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!


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