第49話 イタリアから来た記者
※『』の会話はイタリア語です。
日曜日。
わたしと翔吾くんは新聞社のビルを見上げていた。
この地方では知らない人はいない新聞社だ。
シェアは圧倒的。
ほぼ独占と言っていい。
令和の時代には思想的な偏りを批判されることもあったけれど、正直なところマスコミが完全に中立だなんて幻想だと思う。
そんなものは世界のどこにも存在しない。
だいたい、中立だけで書かれた文章なんて面白くもなんともない。
偏りがあるから面白い。
ただ、翔吾くんを誰かの思想に染めたいとは思わない。
一番気を付けなきゃいけないのは、わたし自身の考えを押し付けることだけど。
他人の色に染められるのはもっと嫌だ。
だからこそ、こういう場所にも慣れておくべきだと思っている。
「大きいね」
翔吾くんが見上げる。
「うん」
わたしたちは自動ドアをくぐった。
受付には綺麗なお姉さんが座っている。
「文化部の須藤さんと約束があります」
わたしが言うと、お姉さんは笑顔で頷いた。
「少々お待ちください」
内線電話をかける。
しばらくして。
「須藤が参りますので、あちらでお待ちください」
ソファーが並ぶ待合スペースを案内された。
二人で腰掛ける。
周囲を見回すと、日曜日なのに人が多い。
記者らしい人。
原稿を抱えた人。
慌ただしく歩き回っている。
「新聞って毎日出るもんね」
翔吾くんが呟いた。
「だから休みも関係ないんじゃない?」
そんな話をしていると。
「藤堂くんと大島さんかな?」
若い男性が現れた。
細身で眼鏡をかけている。
「「はい!」」
「須藤です」
名刺を差し出してくる。
「今日はありがとう」
わたしたちは案内されて応接室へ向かった。
中にはもう一人待っていた。
年齢は四十代くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気の男性だ。
「文化部部長の前原です」
そう言って名刺を渡してくる。
「藤堂翔吾です」
「大島紗里です」
わたしたちは頭を下げた。
もちろん名刺なんて持っていない。
「さて」
前原さんが笑う。
「本来は私と須藤の二人で取材する予定だったんだけどね」
「?」
「今日になって一人増えたんだ」
その言葉と同時に扉が開く。
入ってきたのは大柄な外国人男性だった。
「イタリアから日本文化の取材に来ていてね」
前原さんが紹介する。
「ぜひ立ち会いたいと言われたんだ」
イタリア、その言葉だけで少し胸が高鳴った。
『ナポリ新聞のアルディーニです』
陽気そうな笑顔。
大きな身振り。
いかにもイタリア人という感じだった。
ナポリか。
サッカーの強豪クラブがある街だ。
『大島紗里です。お会いできて光栄です』
挨拶すると。
アルディーニさんが目を丸くした。
『素晴らしいイタリア語ですね』
大げさなジェスチャー付きだ。
『イタリアに住んでいたことが?』
『いえ。父から教わった程度です』
大嘘だった。
でも説明とかできるはずもない。
『失礼ですが、お父様はイタリア人で?』
『純粋な日本人ですよ』
アルディーニさんがさらに驚く。
それ以上に室内の全員も驚いていた。
「……」
「……」
須藤さんも前原さんも固まっている。
翔吾くんだけは少し誇らしそうだった。
その時。
「通訳はいらなさそうですか?」
小さな声が聞こえた。
アルディーニさんの後ろに控えていた女性が口を開いた。
どうやら通訳さんらしい。
今まで全然気付かなかった。
「いえ」
わたしは慌てて首を振る。
「アルディーニさんにわたしが毎回説明するのも大変ですし」
「分かりました」
通訳さんが微笑んだ。
そして取材が始まる。
市大会予選の話。
翔吾くんの活躍。
女子部員として加入したこと。
海外でプレーしたいという夢。
話は順調に進んでいった。
そして、ユヴェントスへの手紙の話になった。
「ちなみに」
須藤さんが興味深そうに聞く。
「どちらのチームへ送ったんですか?」
わたしは微笑む。
「内緒です」
「え?」
「秘密です」
翔吾くんも黙って頷く。
これは事前に打ち合わせ済みだった。
「記事にしてほしくないことは書きませんよ?」
須藤さんは苦笑した。
でも情報は必要以上に渡さない。
笑顔のまま答えない。
それが答えだった。
少し話題を変える。
「アルディーニさん」
わたしは聞いてみた。
「ナポリのジュニアチームやユースチームについてご存じですか?」
わざわざ日本語で。
通訳を通してもらうために。
もしかしたら何か繋がるかもしれない。
そんな期待もあった。
しかし。
『申し訳ない』
アルディーニさんは肩をすくめる。
『スポーツ担当ではないので詳しくないんです』
残念。
そんなに都合よくはいかないか。
取材は一時間ほどで終わった。
最後にカメラマンさんが現れる。
「はい、こっち向いて」
パシャ。
パシャ。
翔吾くんと並んで写真を撮る。
掲載は来週の日曜日。
市民版だそうだ。
そして帰り際。
「今日はありがとう」
前原さんが封筒を差し出した。
「お礼というわけじゃないけど」
中を見る。
「え?」
サッカー日本リーグ公式戦の招待券だった。
「来週の試合です」
翔吾くんの目が輝く。
「本物?」
「本物です」
前原さんが笑った。
その瞬間。
翔吾くんは完全に取材の緊張を忘れていた。
やっぱりサッカーの話になるとこうなるんだな。
日本リーグの試合、楽しみだね。
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