第48話 コネは大事
土曜日。
サッカー部の練習はいつもより少し早く終わった。
市大会予選も終わり、年内の公式戦はもうない。
来年一月の市大会本戦までは少し時間がある。
帰り道を歩く足取りも、どこかのんびりしていた。
「まだ返事来ないんだね」
翔吾くんが空を見上げながら言った。
わたしは肩をすくめる。
「まだ十日くらいだよ」
ユヴェントスへ送った手紙。
あの日、郵便局から航空便で送り出してから十日ほどしか経っていない。
「向こうに届いたかどうかも分からないし」
「そうだよな」
翔吾くんは頷いた。
それから少しだけ黙る。
「でも早く来ないかな」
その言葉に思わず笑ってしまった。
実はわたしも同じ気持ちだった。
毎日帰宅するたびに郵便受けを確認してしまう。
落ち着いて待つつもりだったのに。
人間、そう簡単にはいかないらしい。
ちなみに市大会予選の結果は――
八戦全勝。
翔吾くんは全試合で複数得点。
相変わらず規格外だった。
わたしの得点は一点だけだったけれど、その代わり翔吾くんのゴールのほとんどをアシストした。
おかげで最近は部員たちからも完全に戦力として認められている。
「寄ってく?」
わたしが聞く。
「そうする」
即答だった。
「ちなみに今日は亜紀さんいるかもしれないよ」
「構わないけど」
当時は土曜日半ドンの会社も多い。
午前中だけ仕事をして午後は休み。
亜紀さんのところは隔週で半ドンらしい。
もっとも二人きりじゃないから何か困るわけでもない。
そんなことを考えながら家へ向かった。
「ただいまー」
「お邪魔します」
靴を脱いだところで。
「あ、ちょうど帰ってきた」
廊下から亜紀さんの声が聞こえた。
受話器を耳に当てている。
電話中らしい。
「うん、分かった。代わるね」
そう言ってこちらを振り向く。
「?」
わたしは首を傾げた。
「翔子からなんだけど」
「新聞社に彼氏さんがいる翔子さん?」
「そう」
亜紀さんは頷く。
「その彼氏さん、文化部なんだって」
「文化部?」
「うん。二人のこと取材できないかって」
「え?」
思わず間抜けな声が出た。
隣を見ると、翔吾くんも同じ顔をしていた。
説明が終わる前に受話器を渡される。
「もしもし?」
恐る恐る出る。
話を聞いてみると、市民版の小さな記事らしい。
テーマは――
『海外を目指してサッカーに打ち込む男女の小学生』
らしい。
どうやら翔子さんの彼氏さんが企画を出したところ、採用されたという話だった。
電話を切らずに手で受話器を塞ぐ。
そして翔吾くんを見る。
「どうする?」
「取材かあ……」
翔吾くんは少し困った顔になった。
「緊張するなあ」
分かる。
わたしだって少し緊張する。
「受けたほうがいいと思う」
わたしは即答した。
「そう?」
「どんなことでもコネは大事だから」
「コネ……」
翔吾くんが苦笑する。
最近わたしがよく言う言葉だ。
「それに」
わたしは続ける。
「将来の練習にもなるよ」
「練習?」
「うん」
わたしは真顔で答えた。
「有名選手になって記者に囲まれる練習」
一瞬の沈黙。
そして。
「気が早すぎるよ!」
翔吾くんが笑った。
でも否定はしない。
それでいい。
わたしは受話器を耳に戻した。
「取材、お受けします」
そう伝える。
すると翔子さんは嬉しそうな声を出した。
詳しい打ち合わせのため、後で彼氏さんから直接電話をもらうことになる。
そのために電話番号を伝えてもいいか確認された。
少し驚く。
わざわざ確認してくれるんだ。
住所録だって普通に出回っているし、電話番号も今よりずっと気軽に扱われている時代なのに。
それから三十分ほど。
部屋にも入らず、電話機の前で待っていた。
ジリリリリ
新聞社から電話がかかってきた。
改めて挨拶を交わす。
取材場所は自宅でも構わないらしい。
けれど。
「新聞社に行ってもいいですか?」
せっかくの機会だ。
家で待っているより新たな出会いのチャンスはきっと多い。
人との繋がりは、どこで未来に繋がるか分からない。
電話の向こうで少し驚いたような声がした。
だが、すぐに快諾してくれる。
取材は明日の午後。
場所は新聞社。
それで決まった。
受話器を置く。
「決まった?」
翔吾くんが聞く。
「うん」
わたしは頷いた。
「明日の午後」
「新聞社かあ」
翔吾くんが少し不思議そうな顔をする。
「日曜日なのに仕事してるんだね」
確かに。
新聞は毎日発行される。
記者さんたちも休みばかりではいられないのだろう。
そう考えると少し大変そうだ。
もっとも。
わたしが気になっているのは別のことだった。
新聞社。
取材。
記者。
そして――コネ。
もしかしたら。
本当に小さな一歩かもしれない。
無駄足になる可能性のほうが高い。
それでも。
何もないよりはずっといい。
そんな予感がしていた。
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