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第47話 海を越える一通

 練習が終わる頃には、外はもう薄暗くなっていた。


 教室の窓から差し込む夕暮れの光。

 誰もいない教室。


 わたしと翔吾くんだけが残っていた。


 机の上には封筒が一通。

 わたしは封筒を見つめる。

 昨夜、一睡もせずに書き上げた手紙だ。


「よし」


 わたしは封筒を両手で持ち上げた。


「最後の仕上げ」

「仕上げ?」


 翔吾くんが首を傾げる。


「一緒に封を閉じよう」


 わたしは糊を取り出した。


「念を込めてね」

「念?」

「どうかよろしくお願いしますって思いを込めるの」


 翔吾くんは少し考えてから頷いた。


「それなら大事だね」


 二人で封筒を押さえる。


 ぺたり。

 封が閉じられた。

 それだけなのに、なんだか特別な儀式みたいだった。


「これで完成」

「あと切手を貼ってポストに入れればいいの?」

「郵便局から出そうと思う」

「わざわざ?」

「郵便料金が分からないから」


 イタリアまでだ。

 国内郵便と同じというわけにはいかないだろう。


「イタリアかあ」


 翔吾くんが封筒を見る。


「いくらくらいするんだろう」

「高いと思うよ、きっと」


 そんな話をしながら郵便局へ向かった。

 まだ窓口は開いていた。

 カウンターの向こうには若い女性職員さん。

 わたしは封筒を差し出した。


「イタリアまでお願いします」


 お姉さんが少し驚いた顔をする。


「航空便でよろしいですか?」


 航空便、つまり飛行機だ。

 船便もあるのだろうけど、何か月もかかりそうだ。


「航空便でお願いします」

「はい」


 封筒を秤に載せる。


 わたしは緊張しながら結果を待った。


「百十円になります」

「百十円?」


 思わず聞き返してしまった。

 安い。

 もっと何百円もすると思っていた。


 その時、壁に貼られたお知らせが目に入った。


『来月より郵便料金改定』

 はがき十円から二十円。

 封書二十円から五十円。


 ずいぶん大きな値上げだ。


 隣には記念切手発売のお知らせも貼ってある。

 そういえば今は切手ブームだった。

 クラスにも集めている男子が何人かいる。

 シートで買って見せびらかしていたっけ。


 二十円切手なら一シート四百円。

 お小遣いでもなんとかなる。


 でも五十円になったら千円。

 小学生にはなかなか厳しい。


 将来値上がりするからと言っていたけど、そうはならないことをわたしは知っている。

 まあ、その辺は黙っておこう。

 楽しんで集めているのだから。


「来月の値上げ後だと、イタリアまでいくらになるんですか?」


 わたしが聞く。


「そうですね」


 お姉さんが調べようとした時だった。


「百五十円だね」


 横から声がした。

 少し髪の薄い男性職員さんが笑っていた。


「ありがとうございます」


 四十円しか上がらないんだ。

 イタリアまで飛行機で運ぶのに。

 不思議なものだ。


 ふと未来の記憶がよぎる。

 たしか令和の時代でもイタリアへの航空便もそのくらいの料金だった気がする。

 物価はずっと上がっているのに。

 なんだか変な感じだ。


「お願いします」


 わたしは百十円を差し出した。

 すると、もうひとつ気になることを思い出す。


「あの」

「はい?」

「届くまでどのくらいかかりますか?」


 お姉さんが後ろを振り返る。

 さっきの男性職員さんが答えた。


「イタリアなら一週間から二週間くらいかな」

「そんなに」


 思わず呟く。

 遠いなぁ。

 本当に遠い。


 手続きが終わり、お姉さんが封筒を受け取った。


「確かにお預かりしました」


 その瞬間、わたしと翔吾くんは顔を見合わせた。

 そして、二人同時に小さく手を合わせる。


「お願いします」


 誰に向けた言葉なのかは分からない。

 郵便局の人か。

 飛行機か。

 それともイタリアの誰かか。


 きっと全部だ。


 封筒はわたしたちの手を離れた。

 もう追いかけることはできない。

 あとは届くのを待つだけ。


 一通の手紙が。

 遠い遠いイタリアへ向かって飛び立っていった。

 二人の運命を乗せて。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!


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