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第45話 未来へ向かう手紙

 練習を終えた帰り道。

 わたしと翔吾くんは並んで家まで歩いていた。


 家の前に着き、鍵を取り出して玄関を開ける。


「お邪魔します」


 翔吾くんが続いて入ってきた。


 靴を脱ぎながら周囲を見回す。


「亜紀さんは留守?」

「まだ仕事だね、もうしばらくは帰ってこないはず」


 翔吾くんを連れて二階へ向かう。


 自分の部屋の扉を開ける。

 薄暗い室内に入り、照明のスイッチを押した。

 ぱっと部屋が明るくなる。


 わたしは振り返った。

 そして何も言わず目を閉じる。


 数秒。


「……」

「……」


 沈黙。

 翔吾くんは小さくため息をついた。


「はいはい」


 やっと察してくれたかな。

 そっと近付いてくる。


 軽く唇が触れた。

 本当に軽くだけ。

 前世を海外ですごしたわたしには挨拶みたいなものだ。


 でも満足。

 翔吾くんも随分慣れてきた感じがする。

 あんなにぎこちなかったのに。

 末恐ろしいものである。


「さて」


 わたしは机への引き出しから一冊の本を取り出す。

 図書館で借りた海外サッカーの資料だ。


「前に見た図書館の本で借りた本だよね?」

「そう」

「まだ返さなくていいの?」

「延長してきた」


 毎日サッカー部の練習。

 日曜日は試合。

 図書館へ行く時間を作るだけでも結構大変だった。


「それで?」


 本を開きながら翔吾くんが聞く。

 わたしはページの端を指差した。


「ここ」


 翔吾くんが覗き込む。


「住所?」

「そう」


 わたしは頷いた。


「ここに手紙を送ろうと思ってる」

「手紙?」

「日本にこんなすごい小学生がいるよって」


 翔吾くんが首を傾げる。


「ボク?」

「もちろん」


 他に誰がいるというのか。


「でも日本にはいい指導者がいない」

「うん」

「だから、もし十一歳でも入れるチームがあったら入れないかって聞いてみる」


 翔吾くんは目を丸くした。


「そんなことできるの?」

「手紙を送ることはできるよ」


 わたしは肩をすくめる。


「ただ、ジュニア育成をしてるかどうかは分からない」

「うん」

「外国人を受け入れてくれるかも分からない」

「分からないんだ」

「分からないね」


 即答した。


「でも」


 わたしは続ける。


「分からないからって何もしなかったら、絶対に何も始まらない」


 とにかく行動しなくちゃ。

 話はそれからだ。


「手紙を送るだけなら今すぐできるしね」


 翔吾くんは少し考えていた。

 そして。


「でも日本語じゃダメだよね?」

「もちろん」

「どうするの?」

「イタリア語で送るよ」

「え?」


 翔吾くんが固まった。


「書けるの?」

「書ける」


 前世の説明はできない。

 だからこう補足するしかない。


「詳しい事情は聞かないでほしいけど」

「すごい!」


 目を輝かせている。

 そこは疑わないんだ。


「信じるの?」

「当たり前じゃん」


 翔吾くんは即答した。


「紗里ちゃんがそんなことで嘘つくわけないし」


 あまりにも迷いがない。

 少しだけ胸が温かくなる。


「ありがと」


 小さく呟いてから話を戻した。


「問題はどのチームへ送るかなんだよね」

「かたっぱしから全部送ればいいんじゃ?」


 翔吾くんらしい答えだった。


「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言うし」


 確かに理屈は分かる。

 でも。


「それはダメ」


 わたしは首を横に振った。


「どうして?」

「チーム同士の繋がりが見えないから」


 サッカー界は意外と狭いと思う。


「関係者同士、きっと面識があると思う」

「うん」

「何かの機会に日本からこんな手紙が来てたって話になるかもしれない」


 翔吾くんも少し考える。


「将来を考えたら、一番大事なのは信用」

「なるほど」


 ゆっくり頷いた。


「バレたら嫌われそう」

「そういうこと」


 翔吾くんも納得したらしい。

 しばらく沈黙。


「じゃあ、どこに送るの?」


 わたしは逆に聞いた。


「どのチームがいいと思う?」

「うーん……」


 翔吾くんが腕を組む。


「どのチームがジュニア育成に力をいれてるかとか分からないんだよね?」

「全然」

「ボクも分からない」


 だよね。


「だったら」


 翔吾くんはあっさり言った。


「ぜんぶ紗里ちゃんに任せる」

「え?」

「二人で考えても分からないんだから」


 それはそうだけど。


「どうなっても後悔しないよ」


 真っ直ぐな目だった。


「紗里ちゃんが決めていい」


 責任重大である。

 そして。


「ただ」


 翔吾くんが続けた。


「紗里ちゃんも選手として行くんだよ」

「……え?」


 思考が止まった。

 自分が選手?

 その発想は抜け落ちてた。

 選手とか今だけのことかと思ってた。


 でも。

 言われてみればその方がいい。


 翔吾くんは当分言葉で苦労する。

 練習中も試合中も。


 わたしがいれば助けられるかもしれない。


「でも」


 現実的な問題もある。


「二人になるとハードル上がるよ?」

「大丈夫」


 翔吾くんは笑った。


「紗里ちゃんすごいもん」


 根拠が雑だな。

 でもちょっと嬉しい。


 それから数分。

 わたしは黙って本を見つめていた。


 何度も見直した本。


 もう一度気になってるチームのページを眺めていく。


 ミラン。

 ユヴェントス。

 ナポリ。


 考える。

 考える。

 考える。


 だけど答えなんて出ない。

 育成方針も分からない。

 受け入れ体制も分からない。


 未来なんてもっと分からない。


 なら、自分の感性に従うしかないね。

 好きなチームってそれだけでいいか。


「決めた」


 わたしは本の一ページを指差した。


「ここにする」

「どこ?」

「ユヴェントス」


 翔吾くんが開いたページを覗き込む。

「理由は?」


 わたしは少し笑った。


「トリノの街が好きだから」


「それだけ?」


 将来のユヴェントスってチームが好きだからってのは言えないな。


「それだけ?」

「明確な理由なんてないよ」


 どうせ分からないなら。

 最後は好きな場所を選ぶ。

 それでいいことにした。


 未来へ向かう手紙。

 送り先を決めた。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
ユーベに行くのか!調べてみると1980年に外国人選手登録解禁らしいけど、上手く行くのかな? ユース年代もかなり厳しかったみたいですが
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