第38話 振り返る。明日のために
その日の夜。
わたしは布団の中で天井を見つめていた。
眠くないわけじゃない。
むしろ体は疲れている。
昨日はサッカーの試合。
今日はサッカー部の練習。
ここ二日ほど、ずいぶん慌ただしかった。
急にマネージャーになって。
試合を見に行って。
翔吾くんの不思議な才能に気付いて。
そして今日。
まさか自分が選手にならないかと言われるなんて。
「本当に急展開だなあ……」
小さく呟く。
天井は何も答えてくれない。
当然だ。
答えを出すのは自分なのだから。
――自分。
その言葉で、ふと考えた。
わたし。
ちゃんと自分で選んでる?
胸の奥が少しだけざわついた。
運命。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
前世。
わたしはずっと運命のせいにしていた。
両親が死んだ。
親族に引き取られた。
酷い目に遭った。
施設へ送られた。
家出した。
生きるために利用して。
利用されて。
気付けば、あんな人生になっていた。
もちろん全部が全部、自分の責任じゃない。
子供だったわたしにどうしようもなかったこともたくさんある。
だけど。
いつからだろう。
流されることに慣れてしまったのは。
目の前の現実に対応することばかり考えて。
本当にそれでいいのかを考えなくなったのは。
運命だから仕方ない。
そう言って。
考えることをやめていたのかもしれない。
「じゃあ今は?」
小さく呟く。
今のわたしは違う?
本当に?
サッカー部。
選手への勧誘。
翔吾くんとの約束。
全部。
都合の良い流れだった。
気付けば話が進んでいて。
わたしはそれに当たり前のようについて行っていた。
それって。
前世と何が違うんだろう。
運命に流されているだけじゃないの?
今度は運が良い方向に転がっているから。
それを喜んで受け入れているだけじゃないの?
そこに。
わたし自身の意志はある?
少しだけ怖くなった。
だから考える。
ゆっくり。
じっくり。
焦らずに。
サッカーをやりたいの?
翔吾くんのため?
自分のため?
他に選択肢はないの?
考える。
考える。
考え続ける。
そして。
自然と一つの答えにたどり着いた。
「間違ってない……はず」
少なくとも。
今のわたしにとって。
そして。
わたしが勝手に背負い込んだ、翔吾くんの未来のためにも。
この選択は悪くない。
少なくとも現時点では。
わたしにはこれが最善に思えた。
「うん」
小さく頷く。
サッカーをやる。
選手になる。
翔吾くんの隣で戦う。
それは誰かに押し付けられたことじゃない。
わたし自身が選んだことだ。
だから後悔はしない。
……きっと。
そこでふと。
もう一つのことを思い出した。
「そういえば」
わたし。
恋をするために人生やり直してるんだった。
ちゃんと恋してる?
恋に恋してるだけじゃない?
燃えるような恋がしたい。
それが人生最大の後悔だったはずだ。
なのに。
気付けば。
また誰かのために走り回っている。
前世と同じように。
人の世話を焼いて。
先回りして。
勝手に心配して。
勝手に将来のことまで考えている。
「何やってるんだろ」
思わず笑ってしまった。
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
前世とは違う。
今度は義務じゃない。
仕事でもない。
損得勘定でもない。
わたしがそうしたいからやっている。
それなら。
たぶん大丈夫。
恋の形なんて人それぞれだ。
最初から情熱的である必要なんてない。
ゆっくりでもいい。
少しずつでもいい。
自分で選んで進んでいけば。
きっと。
前とは違う場所へ辿り着ける。
「これからも考え続けよう」
より良い明日のために。
より良い未来のために。
そして。
より良い恋をするために。
そう決めたところで。
ふと思い出した。
明日。
榊原先生に返事をしなければならない。
選手になるかどうか。
わたしの答えは、もう決まっていた。
少なくとも。
今のわたしは、自分で選んだつもりだ。
眠気がようやくやってくる。
目を閉じる。
明日から。
少しだけ新しい毎日が始まる。
そんな予感を抱きながら。
わたしは静かに眠りへ落ちていった。
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