第36話 マネージャーのはずだった
翌日の放課後。
わたしは体操服に着替えてグラウンドへ向かった。
上は学校指定の体操服。
下はブルマ。
昭和の女子体育といえばこれ、という例のブルマである。
いろいろ問題になって未来では消えてしまったけれど、わたしは嫌いじゃない。
背が高い方だし、足の長さにも少しだけ自信がある。
男子たちは短パン姿で準備運動をしている。この短パン姿は未来になってもあまり変わらないね。
サッカー部の練習に参加するのは今日が初めてになる。
「大島?」
後ろから声をかけられる。
振り返ると同じクラスの男子二名だった。
サッカー部員みたいだ。
「なんでいるの?」
やっぱりそこからだよね。
「マネージャー」
「え?」
男子は目を丸くした。
「マネージャーっていつのまに?」
「昨日からね」
「昨日?」
首を傾げている。
昨日の試合には来ていなかったから知ってるわけないか。
「いろいろあって、先生に頼まれたの」
「へえ……」
まだ納得していない顔だ。
すると、
「おーい、大島ー!」
グラウンドの向こうから榊原先生の声が飛んできた。
「こっち来い!」
「呼ばれたから行くね」
クラスメートの男子を置いて駆け出す。
「なんか本当にマネージャーっぽいな……」
そんな呟きが後ろから聞こえた。
「よし、始めるぞー!」
榊原先生の声が響く。
練習開始だ。
とはいえ、わたしはマネージャー。
最初から選手と一緒に練習するわけではない。
「大島、ボール頼む」
「はい」
最初はシュート練習のボール拾い。
ゴールを外れて飛んでいったボールを集めて並べる。
「やっぱ、シュート外したやつは走って自分で拾いに行け。
大島はパス出しやってくれ」
シュートしやすいようにボールを転がす係っぽい。
最初は手で転がしてたけど、緩すぎるらしく蹴って転がすように変更。すぐに慣れていい感じでボールを出せるようになった。
部員たちが順番にシュートを打っていく。
そして。
やっぱりというか。
翔吾くんだけ明らかに違った。
速い。
強い。
そして確実にコーナーに決まる。
他の部員と比べると頭ひとつどころか、ふたつくらい抜けている。
「すごいなあ……」
思わず呟いてしまう。
そんな練習がしばらく続いたあと。
「紗里ちゃん」
翔吾くんが近付いてきた。
「ん?」
「パス練習の相手お願い」
「わたしが?」
「うん」
当然のように言う。
「いや、わたしサッカーやったことないんだけど」
「できるだろ?」
なぜか断言された。
「多分できるとは思うけど……」
思わず本音が出る。
サッカー経験は前世を含めてまったくない。
でも前世ではセリエAの試合に何度行って、超一流のプレイヤーたちの動きを見てきた。
前世からのわたしの特殊能力、一度見た人の動きは、ある程度の精度で再現できる。
当然、練度は低いし、体つきやパワーなどの問題で数段レベルの落ちたものになってしまうんだけど。
昨日見た限りでは、小学生相手ならそこそこやれる気はしていた。目の前で話している一名を除けばだけど。
「始めるよ」
翔吾くんはさっさとボールを置いた。
相当強引である。
仕方なく向かい合う。
「いくよ」
軽く蹴られたボールが転がってくる。
足で止める。
そして返す。
「ほら、できるじゃん」
「これくらいならね」
その後も何度か続く。
最初は優しかった。
本当に初心者相手のボールだった。
しかし。
だんだん強くなっていく。
「ちょっと!」
「大丈夫、大丈夫」
全然大丈夫じゃない。
速いよ。
かなり速い。
でも――
かつて見た名プレイヤーたちの動きを再現すれば普通にトラップできる。
そして返せる。
気付けばわたしも無意識に力を込めていた。
ボールの勢いがさらに増す。
パシッ!
パシッ!
乾いた音が響く。
周囲の部員たちも何人かこちらを見始めていた。
「おいおい……」
「大島じゃん」
「なんだあれ」
そして。
ついに翔吾くんが本気を出した。
ドッシッ!!
ほとんどシュートみたいな音だった。
「えっ」
普通の女の子なら避けるレベルだ。
いや、このスピードじゃ避けようと思っても避けられないかも。
体が自然と動いた。
何本も続けるうちに、最初は意識していた動きが少しずつ自然になっていく。
トラップし、そのまま流れる動きで蹴り返す。
バンッ!
自分でも驚くくらい強いボールだった。
翔吾くんが普通に受け止める。
さらに返してくる。
また止める。
また返す。
しばらく二人で続けていたところで。
「そこまで!」
声が飛んだ。
榊原先生だった。
いつの間にか近くまで来ていたらしい。
「大島」
「はい?」
「すごいな」
「え?」
「いや、本当に」
先生は感心したように笑う。
「初めて……なんだよな」
「うん」
「信じられんな……
運動神経がいいとは思っていたが。」
周囲の部員たちも頷いている。
なんだか少し居心地が悪い。
できるとは思ったが、ちょっとやりすぎた感がある。
「なあ」
榊原先生が腕を組む。
「選手としてやらないか?」
「え?」
思わず聞き返した。
「選手?」
「そうだ」
先生は真面目な顔だった。
「十分通用すると思う」
「でも女子だよ?」
「規則上は問題ないはずだ」
「はず?」
「少なくとも禁止は聞いたことがない」
先生は少し考える。
「他校で見たことはないけどな」
まあ、そうだろう。
女子のサッカーなんて、まだほとんど話題にもなっていない時代だ。
わたしは少し考え込む。
選手……
サッカー部員……
そんなつもりはなかった。
最初は翔吾くんを応援するため。
ただ、それだけだったのに。
「どうだ?」
榊原先生が聞く。
わたしは空を見上げた。
そして少しだけ笑う。
「考えておきます」
即答はできなかった。
でも。
心のどこかで。
少しだけ面白そうだと思っている自分がいた。
まさか一週間後には、本当に試合へ出ることになるなんて、この時のわたしはまだ知らなかった。
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