第35話 明日からもずっと
わたしと翔吾くんはいつもの帰り道を歩いていた。
夕焼けの空は赤い。
その色は血を連想させるから、あまり好きじゃなかった。
――これまでは。
試合の興奮もようやく落ち着いてきた頃だった。
「ねえ、翔吾くん」
「ん?」
「今日の試合のことなんだけど」
ずっと気になっていたことがいくつかある。
「第一試合の二点目」
「ああ」
「なんで迷わずあそこに走ったの?」
翔吾くんは少し考える。
「なんでって言われてもなあ」
「うん」
「全員の動きを見てたら、だいたい予想できるし」
「……え?」
思わず足が止まりそうになった。
「全員の動き?」
「うん」
「見れるの?」
「見れるよ?」
何を当たり前のことを聞いているんだろう、みたいな顔だった。
「集中してたら普通にできない?」
「普通はできないと思うよ」
即答する。
「え?」
今度は翔吾くんが驚いた。
「だって試合見てても翔吾くんしか見てないし」
「紗里ちゃんはそういう人だった……いつも一点集中だもんな」
「そうかも」
しかし――
全員の動きを見ている。
それが本当なら。
前世で聞いたことのある言葉が頭に浮かぶ。
鷹の目。
試合全体を俯瞰して把握する能力。
ただの視野の広さとは少し違う。
そんなものが本当にあるのだろうか。
あれってマンガの中だけの話じゃなかったっけ?
もし本当にそんなことができるなら反則だ。
「じゃあさ」
わたしは話題を変えた。
「最後の試合の一点目」
「ああ」
「なんであんなに突っ込んだの?」
あれは能力とか関係ない気もする。
純粋に無茶だった。
翔吾くんは少し笑った。
「強豪って聞いたから」
「うん」
「どこまでやれるか試してみたかった」
なるほど。
実に翔吾くんらしい。
格上だから慎重になるのではなく、試してみたくなるのか。
そういうところは将来も変わらないのかもしれないなぁ。
いいことか悪いことかは知らない。
でも、それが翔吾くんなんだからしかたない。
そして本題。
今日、一番気になった場面。
「二点目は?」
「二点目?」
「誰もいない場所へ転がったボール」
「あー」
翔吾くんは首を傾げた。
「うーん……」
「うん」
「なんとなく、あの辺にボールが来そうな気がした?」
疑問形だった。
本人も説明できていないらしい。
「そういうことってよくあるの?」
「いや」
翔吾くんは首を振る。
「初めてかも」
「初めて?」
「サッカーの試合で、あれだけ集中したのも初めてだったから」
初めて。
その言葉に少し考え込む。
集中状態でだけ発生する能力。
そういうことなのだろうか。
「じゃあ後半の途中」
「うん?」
「あの変な方向へ走ったやつ」
「ああ」
翔吾くんは苦笑した。
「あっちにボールが来そうな気がしたんだけど」
「うん」
「来なかったね」
あっさりだった。
「間違えたんだね」
「たぶん」
精度は高くない。
そんな感じだろうか。
だけど――
わたしは少し違うことを考えていた。
前世。
大人になった翔吾くんのプレー。
日本代表のワールドカップ予選。
Jリーグ。
いろいろな試合の話を聞いた。
何試合かはテレビでも見た。
でも。
こんな話は聞いたことがない。
未来を読んでいるようなプレー。
予知能力みたいな話。
一度も。
もし本当にそういう才能があるなら。
なぜ消えた?
成長するにつれて失われた?
それとも――
誰かに潰された?
型にはめられて。
自由な発想を否定されて。
才能ごと消されてしまった?
日本の育成現場なら、十分ありそうな話だった。
日本代表やプロになってからはともかく。
まだ育成年代だった頃なら。
型にはめようとする指導者に出会っていても不思議じゃない。
「紗里ちゃん?」
「え?」
気付くと翔吾くんが不思議そうな顔をしていた。
「なんか変かな?」
わたしは少しだけ考える。
そして首を振った。
「変じゃないよ」
「そう?」
「でも」
少しだけ真面目な声になる。
「あんまり他の人には話さない方がいいかも」
「なんで?」
「他の人にはあまり理解できないと思うから」
本当の理由は説明できない。
でも。
こういう才能は目立つ。
理解されない。
下手をすると否定される。
「翔吾くんは」
「うん」
「感じたままにプレーすればいいと思う」
翔吾くんは少し考えたあと、
「分かった」
と素直に笑った。
その返事に少しだけ安心する。
少なくとも今は。
わたしが誰にも潰させない。
この才能だけは。
しばらく歩いていると。
翔吾くんがふと思い出したように言った。
「そういえば」
「ん?」
「明日からどうするの?」
「どうするって?」
「マネージャーになったでしょ」
「あ」
そうだった。
試合のことばかり考えていて忘れていた。
わたし、一応サッカー部マネージャーだった。
「どうしようかな」
少し考える。
でも答えはすぐに出た。
「こうやって毎日翔吾くんと一緒に帰れるなら」
「うん」
「部活に出てお手伝いしようかな」
そう言うと。
翔吾くんは嬉しそうに笑った。
夕焼けが二人の影を長く伸ばしていた。
悪くないね、夕焼けの空って。
明日からも。
たぶん、その先もずっと。
わたしたちは一緒に歩いていくのだろう。
そんな気がした。
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