第32話 ちゅーしよ
相手校の運動場には、すでに他の小学校の選手たちも集まっていた。
今日の予選は三校総当たり。
うちの学校は一試合目と三試合目に出場するらしい。
つまり二試合目の間は休憩時間だ。
「その時に弁当食べるからな」
榊原先生が説明する。
部員たちはそれぞれ準備を始めていた。
その中で、わたしの視線は自然と翔吾くんを探してしまう。当然のように先発メンバーに入っていた。
むしろ入っていなかったら問題だ。
「そういえばさ」
わたしは近くにいた六年生に聞いてみた。
「五年生で試合出るのって翔吾くんだけ?」
「いや、控えに一人いるぞ」
「へえ」
「でもあいつ野球部だしな」
「え?」
「運動神経いいから入っただけ。サッカー経験はない」
なるほど。
言われてみれば当然かもしれない。
この学校のサッカー部は五年生から。
つまり五年生は全員初心者なのだ。
その中で翔吾くんだけが最初からレギュラー。
改めて考えるとかなり異常だった。
やっぱり翔吾くんは特別なんだな、と少し誇らしくなった。
そして試合開始。
ピーッ!
笛が鳴る。
相手のキックオフだ。
ボールが転がる。
次の瞬間だった。
「あっ」
思わず声が出た。
翔吾くんが飛び出したのだ。
相手がトラップした瞬間を狙っていたらしい。
足先でつつく。
ボールがこぼれた。
そのまま奪う。
さらに加速。
「うわっ!」
相手選手が慌てて追う。
追いつけない。
速い。
本当に速い。
そのままペナルティエリアへ。
キーパーが前に出る。
翔吾くんは落ち着いて右足を振り抜いた。
ゴール!!!
開始早々の先制点だった。
「やったぁぁぁ!」
気づけば立ち上がっていた。
思い切り拍手する。
周囲の部員たちがちらりとこちらを見る。
でも気にしない。だって嬉しいのだから。
試合はそのまま進んでいく。
相手チームも必死だった。
そして一度、決定的な場面があった。
前線にいた選手へパス。
パスが綺麗に通ってゴール前へ。
「え?」
わたしは思わず声を上げた。
どう見てもオフサイドだった。
しかし審判の笛は鳴らない。
プレー続行。
幸いシュートは外れた。
「今のオフサイドじゃないんですか?」
わたしが聞くと、榊原先生は少し驚いた顔をした。
「おっ、大島、よく知ってるな」
「あ……はい」
しまった。
この時代の小学生女子が普通にオフサイドって知ってるわけないかも。
先生は苦笑しながら説明した。
「もちろんルール上はオフサイドだ」
「ですよね」
「ただ、この大会は事前に先生同士で取り決めがあるんだ」
「取り決め?」
「あまり露骨じゃない限り取らない」
なるほど……
先生は続ける。
「小学生には難しいルールだからな。それに審判も試合のない学校の先生が担当してる」
グラウンドを見る。
確かに副審もいない。
「ゴール前で待ち伏せしてるようなのは取るけど、それ以外は流すことが多いんだ」
なるほど。
小学生向けに簡略化しているわけか。
そして前半終了間際。
味方が大きく蹴り出したボールが前線へ飛ぶ。
その瞬間だった。
「え?」
わたしは思わず目を見張った。
翔吾くんだけが思いっきり相手陣地を駆け抜けていった。
今、味方が蹴るより先に走り出していなかった?
まるで、ボールがどこへ飛ぶのか最初から知っているみたいに。
パスを出した選手との間に、そんな高度な連携があったようには見えない。
数秒後。
翔吾くんの走っていった先にボールは落ちてくる。
相手選手は完全に置き去りだ。
そのままシュート。
ネットが揺れた。
二点目。
歓声が上がる。
偶然……じゃない。
今の反応は普通じゃない……よね?
ピーッ!
前半終了の笛。
スコアは二対〇。
翔吾くんの二得点だった。
汗だくになった翔吾くんがベンチへ戻ってくる。
「お疲れさま!」
わたしは持ってきたタオルを広げた。
「ほら」
「え?」
「いいから」
そのまま頭から包む。
ごしごし。
「ちょっ、紗里ちゃん」
「動かないで」
「でもそんな暑くないよ?」
確かに秋だ。
汗だって真夏ほどではない。
それでも運動後なのだから体は熱くなっている。
「はい、これ」
続いて水筒を渡した。
「スポーツドリンク」
「すぽーつ?」
「熱中症対策」
言った瞬間。
しまった!
わたしは内心で顔を覆った。
この時代、熱中症なんて言葉は使われてない。
案の定、周囲の部員たちが首を傾げる。
「ねっちゅうしょう?」
「なんだそれ?」
「あ……えっと」
どうごまかそう。
一瞬で頭を回転させる。
「日射病とかそういうの」
「ふーん」
何人かが納得した顔になる。
助かった。
なんとかごまかせたようだ。
危うく未来知識を口走るところだった。
ほっとしてると後ろから、
「ね、ちゅーしよ?」
という声が飛んできた。
まわりが一瞬静まり返る。
そして周囲がどっと笑った。
わたしは少し感心した。
未来では何度も聞いたギャグだ。
まさかこの時代にもあったとは。
いや。
もしかしたら今この瞬間、この子が発明したのかもしれない。
そんなわけないよね……たぶん。
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