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本日2話目です。
「ん、んぅ……重い」
朝、ユーリは自分の体の重さに気付いて目を覚ました。
少しの息苦しさを感じながら視線を下に向けると、シーツが膨らんでいる。
なんだか数日前にも似たような光景を見たなと感じながらシーツをめくると、そこに寝そべっていたのは案の定レアであった。
「起きたかユーリ、随分と遅い目覚めじゃな。まあその間、お主の可愛らしい寝顔を眺められたから重畳であった」
しかし今回はちゃんとした恰好であり、前回のようなほぼ裸同然の姿ではなく、黒の厚いジャケットを脱いで薄着となった冒険者のような恰好であった。
ユーリよりも既に起きていたようで、ユーリの腹に片足を乗っけて、肩にも手を乗せて艶かしい上目遣いでユーリを見つめていた。
「レ、レア、どうして僕の部屋にいるの?」
悲しい事に、前回で少し耐性がついてしまったのか、普段着と変わらない姿でいてもあまり動揺しなかった。それ以上に、自分が起きるまでずっと寝顔を見られていたほうが恥ずかしかった。
「ふふん、忘れておるようじゃが、あのような粗末な鍵などわしには無意味じゃ。お主が寝ている間に魔法で開けさせてもらった」
忘れていた。レアはあらゆる魔法を操れるのだから、あの程度の鍵を開ける事など造作もないだろう。レアは得意げな顔で笑みを浮かべて、ユーリの頬を突っつく。
「おお、焼きたてのパンのように柔らかいのう」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいからもう降りて」
「ぬおお」
それがとても恥ずかしくて、ユーリは赤面しながらレアをヒョイっと脇へと退けた。
おかげで寝起き直後だが頭はスッキリと覚醒できた。いや、いささか頭が火照っている。
しかし犯人であるレアはユーリをイジれて満足したのか、椅子にかけてあったジャケットを取って着込む。
「ぬふふ、相変わらず初心な奴よな。しかしそれが面白いのだが」
「僕からしたらドキドキの連続だよ。あまりからかわないでよ」
「からかい半分の、本気が半分じゃ。お主がその気になれば、いつでも応じるつもりはあるのじゃぞ?」
まるで悪戯好きな子供のような笑みで、シャツの胸元をあけてユーリに見せびらかす。
これが成熟した女性の肉体であれば扇情的に移ったのであろうが、いかんせん十代の少女ではそれほどの威力はない。
「レ、レア! 女の子がそういう事しちゃ駄目だよ!」
しかし根っからの生真面目な性格のユーリからしたらそれだけでも効果的だったようで、面白いくらいに顔を真っ赤にしてレアから視線を逸らした。だがチラチラと視線を戻すあたり、ユーリも健全な男の子だったようで、レアはその反応を楽しんでいた。
「ふむ、これでもお主にとっては刺激が強かったようじゃの。相変わらず生娘みたいな奴じゃな」
一通りユーリの反応を楽しんでようで、ジャケットのボタンをとめた。
なんどか繰り返していけばユーリも慣れ、段階的にスキンシップの度合いを上げていけばレアが望む関係になれるだろうと内心で画策しているが、それを知る由もないユーリにはこの先に起こるであろう事にご愁傷様と言うしかない。
「じゃれ合いもここまでにして、お主も早く支度をせい。今日も別の街を見て回らねばならぬからな。そこにあるサンドイッチで腹でも満たせ」
「うん、って、頼んだ記憶はないけど、まさかレアが作ったの?」
そうだった。今日の予定を思い出したユーリは自らの素性を隠すために白銀の鎧を着ていくが、テーブルの上に置いてあったサンドイッチを見て不思議そうに首を傾げた。
この宿屋では食堂でしか食事は出していないし、朝食を出してくれるサービスもない。
ということは状況から推察するにレアが作ったというのが最も妥当なのだが、こういってはかなり失礼だがユーリは有り得ないと思っていた。
例え簡単なものであっても、レアが料理している姿が欠片も想像できない。
「馬鹿を言うな。料理などは召使いがやることじゃ。これはエアルが、わしの朝食のついでに持ってきたものじゃ」
「エアルさんが?」
これまた予想外の人物。なんとレアの従者であるエアルが、どうやら持ってきてくれたらしい。
お人好しなどと言われているユーリも、さすがにエアルが自分の事を嫌っているくらいは分かっている。勇者という事もあり、そしてレアの策略とはいえ一緒のベッドで寝ている姿まで目撃されているのだ。あれで好意を持たれるほうが不自然である。
そんなエアルから、主であるレアの食事のついでとはいえ、こうして朝食を作ってくれたのは予想外であった。
「今度会った時にお礼しなくちゃ。それじゃあ、いただきます」
一瞬、毒か何か入っているんじゃないかと脳裏によぎったが、無闇に人を疑うのはよくないと即座に考えを振り払い、一口で頬張る。
焼きたてなのかまだほんのり温かく小麦本来の甘さが引き立ち、中に入っている玉ねぎのピリッとした辛さが引き締める。
他にもポテトサラダが入っているものや卵とベーコンが入っているものもあり、安直な感想だが全てが美味しかった。
「ふう、ごちそうさまでした」
「早いのう、もう平らげたのか。さすがは男の子じゃな。次はもっと多めに作るように言っておくか?」
「エアルさんに悪いからいいよ。作ってくれただけで僕は満足だから」
正直に言えば、少し食い足りなかった。本音を言えばあともう三個、欲張ればもう五個欲しかったが、それは心の内に秘めておく。
ついでとはいえ、折角のご厚意だ。それに甘えて図々しくもっと欲しいと言えば、次はサンドイッチではなく別のものが飛んできそうだ。
「遠慮せんでもよいのじゃが、まあよい。支度が済んだのなら行くとするぞ。今の聖都にはもう用がないからの」
「うん」
食べ終わった皿を城へ繋げた空間の穴に放り投げて、レアたちは部屋を出る。
階段を下りて受付台に鍵を戻すと、宿屋を出た二人は聖都に転移した時と同じ人の気配が少ない路地裏へと向かった。
「それで、次はどこの街に行くの? 魔族の人たちの様子を見にいく?」
「いや、魔族どもの陣営は昨日からわしの手の者たちが探っておるが、かなり混乱しているらしい。数百年に渡って勇者を屠り続けてきたわしが倒されるなどとは思いもしなかったのじゃろう。慣れている人間側とは違い、頭目を失った魔族の足並みは乱れ、次の魔王の座を狙い各種族は協力を拒むという醜態まで晒しておる。まこと阿呆な連中よな」
レアの配下には七十二の従者がいるが、筆頭のエアルを加えその全員が強大な力を有している。
その中でも隠密や諜報に向いた者たちをレアは昨日から放ち、魔族陣営の情報を収集していた。
相変わらず仕事の早い優秀な従者たちは即座に情報をまとめ、今日の朝には仕事の成果を報告していた。
数百年の長きに渡って魔族の頂点に君臨していたレアが倒されるとは思ってもみなかったのか、魔族たちの動揺は人間たちよりも遥かに大きかった。
自軍に一切加担しなかったとはいえ、魔王という頂点を欠いた事で彼等の中には不安が渦巻き、中には次の魔王の座を狙おうと野心を抱く者も現れる始末。
これだから、人間より強靭な肉体を有しておきながら戦争に勝てないのだと、レアは侮蔑の息をこぼした。
「次に目指す場所は、北東にある城塞都市ガザドュラン。魔族と人間が争う最前線の一つじゃ。あそこならより、人間どもの情報が得られるじゃろう」
レアが次の目的地に示した場所は、城塞都市ガザドュラン。今までも激しい戦闘が繰り広げられてきた戦争の最前線の一つである。
魔王が倒れた事で浮き足立つ魔人族に対し、人間たちがどう動くのか調べる必要があった。
もし迅速に魔人族に攻め入るつもりなら、強引な手段を用いても妨害せねばならない。
魔人族があの状態で攻められたりでもしたら、あっという間に戦線が崩壊して魔人族の敗北に一気に傾いてしまう。それでは意味がないのだ。
「城塞都市ガザドュラン……戦闘が激しくて、火と鉄の都とも言われている大都市だよね」
「ユーリ、お主はガザドュランに行った事がないのか? 鉄に覆われ剣と槍を携えた騎士の行進は、それは壮観の一言だと聞く」
「あの時はレアに一直線に会いに行こうとしていたからね。他の事を気にかける余裕もなかったし」
「そういえば、そうじゃったな」
ユーリと最初に会った時の事を思い出す。
あの時はユーリも必死で、レアと和解する事こそが最短ルートと信じてガムシャラに突っ走っていた。
今になって思い返せば、余裕がなく周りが見えていなかったあの時のユーリは、もし自分が協力をせずそのまま一人で突き進んでいたら、無理を続けていずれ死んでいただろう。
それほどに危うかったのを思い出す。
「しかし今は、それほど焦る必要もなかろう。こうしてお主に協力する者もおるのじゃ。他にもお主に共感する者も現れるじゃろ」
「うん、そうだね」
今では、それほどの焦りもなく危うさも感じられない。レアも一緒にいる事だし、何も心配する事はない。
聖都に来た時と同じで、レアは空中でスッと指を動かすと、空間が裂けて黒い孔が出現した。その先が、次の目的地である。
「では行くぞユーリ。今回は戦場が近くにある場所ゆえ、あまり荒事を起こすでないぞ」
「それはレアの方だと思うんだけど……」
「知らん」
レアの性格は傍若無人と傲岸不遜を形にしたようなもので、すぐにでも燃え盛ってしまう火種そのものだ。もし問題が起こるとしたら、それは十中八九レアが要因だろうとユーリは確信していた。
しかしそれを言ってもレアは知らん顔で、別の場所へと繋がる黒い孔へと入っていく。
優しくも暴虐の少女にやれやれとすくめながらも、ユーリも後に続いて黒い孔へと入っていくのであった。
次も明日の12時に投稿します。




