新三江戸入り
恒例の12月14日投稿
東海道五十三次とは江戸から京までの宿場を指す。
江戸の日本橋を起点とし、品川宿を一番に大津宿を五十三番目とし、三条大橋が終点となる。
その里程は百二十四里と八丁(487.8km)となっている。
各宿場には旅人のために旅籠が多く、五十三次全体で三千軒を超える旅籠が存在していた。
なお、この東海道五十三次に延長線として京街道の四つの宿場を加えたものを東海道五十七次と呼ぶ。
中山新三はこの東海道を京から下り、最後の宿場である品川宿を通過して無事に江戸入りした。
その隣に清水一学を連れて。
「いや、さすがにもう別れとかないとお互いに危険だと思うんですけど」
「危険は望む所だぜ?」
「この人本当にもう嫌だ!」
赤穂の新三が吉良の一学と一緒に居る所を他の同志に見られれば、あらぬ疑いをかけられるのは必定。
吉良家に通じる裏切り者として斬られても文句は言えない。
「そう言うなよ。兄さんは仇討ちしようとしてる奴らを説得しに来たんだろう?」
「ええ、そうですよ」
本命はその後に来る大石内蔵助だが、それはさすがに言わない。
吉良家にしてみれば筆頭家老であった大石内蔵助こそ、最も警戒する相手であり、それが江戸に来ると知られれば相応の『出迎え』の準備をされかねない。
「つまりだ、兄さんの説得が失敗すれば俺ぁ楽しく赤穂の連中と斬り合えるって事だ」
「勘弁してください! 本当に勘弁してください!」
何かこの戦闘狂から逃げる方法はないのだろうか。
走ったところで江戸暮らしの長い相手から逃げ切れる気がしない。巻いたと思っても、先回りされかねない。
刀を抜いて追い払うなど、絶対に駄目だ。嬉々として斬り掛かってくる。
ならば説得しかない。
「あーその、戦闘になれば役人が飛んで来ますよ」
「それまでは遊べるだろう」
酷い短絡的な考えだ。
「その後の事は考えてますか?」
「なるようにならぁ」
「なりませんよ。なったとしても、赤穂と吉良の全面戦争です」
「そいつは素晴らしい! よしやろう、すぐやろう、今やろう!」
「………」
「いや、何か言えよ」
「………」
「黙るなよ寂しいだろう」
どうやら反応が無いと寂しいらしい。
面倒くさい男である。
「全面戦争となれば吉良の奥方も危険がおよぶかもしれませんよ」
「あ、そいつは駄目だ」
吉良の妻である富子は一学に目をかけ、武士にしてくれた人物だ。
一学にとって大恩人である富子に危害が加えられる事は絶対に避けねばならない。
「そうでしょう駄目でしょう。だからここでもう別れましょう、さようなら!」
「待て待て待て」
一学を置いてさっさと行こうとしたら奥襟を掴まれてしまった。
「なんですかもう、面倒くさいなもう」
「面倒くさいって言うなよ。俺ぁまだ帰りたくねぇんだよ」
「なんでまた……ああ、引っ越し作業が面倒なんですね」
吉良邸に帰っても引っ越しの準備をしなくてはならない。
屋敷替えとなると細々とした物の整理と帳簿付けを延々と行う事になる。
新三も赤穂城明け渡しの際に経験しているので、その苦労を知っている。
着物やら武具やら犬の数を記し、修繕の為に何にどれだけ金を使うのか計算し、それを勘定方に報告して嫌味を言われ、藩士や来客の食事代をどう節約してやりくりするか頭を悩ましている所に、尊敬するご城代様より本日は宴じゃとのお達しを受けて軽く殺意を抱きながら勘定方に相談に行き、殺されそうな目で文句を言われながら金を出してもらい食材確保に走る。
それはもう面倒だ。
自分の家の家財の処分もしなくてならないのに、敬愛するご城代様より屋敷の整理を手伝うよう申し付けられて軽く殺意を抱きながら着物やら武具やら書類やらを整理し、無造作に置かれた本当に自分が見て良いのかと思う重要文書に恐怖したり、小さな屋敷が建つほどのツケの山を払いに走り回ったりする。
面倒くさいなどという言葉では言い表せないくらい面倒くさくて、もう面倒くさいとしか言えない。
「嫌だ嫌だ引っ越しなんて面倒なだけだ。俺ぁ刀振り回していたいんだ」
「それなら旗本のガキに混ざってくれば良いじゃないですか」
旗本とは、石高が一万石以下の徳川将軍家直属の家臣の事だ。
将軍家直属と聞こえは良いが、その中には何の役職にも就いていない無役の閑職同然の暇人が多い。むしろほとんどの旗本が無役で、一日中同僚と世間話するだけで民の血税から給金が払われる不条理の塊のような連中だ。
一万石以下の小禄とは言え、その数は数千と多く、幕府の財政を脅かす穀潰しである。
そんな穀潰しでも解雇されないのは、いざという時には将軍の盾となり剣となる兵としての役割があるからだ。
もっとも、ろくに剣の稽古もしていない連中なので、有事に使い物にはならないだろうが。
そんな太平の世において人生楽勝の旗本のガキという存在がどういうものかと言うと、一口で言えば無法者である。
親は穀潰しとは言え将軍家直属の家臣。
その権力を盾に徒党を組んで好き放題に暴れており、中には刃傷に及ぶ者もいる。
「旗本のガキと一緒に遊び感覚で人を斬れってのか?」
「駄目ですか?」
「駄目だな。品が無い」
どうやら一学の美学にそぐわないらしい。
「旗本のガキみたいに抵抗できない奴や、逃げる奴を一方的に斬るなんざ武士のやる事じゃあねえ」
「はあ、そういうものですか」
「互いに命懸けだから楽しいんだよ」
「僕にはちょっと理解できませんね。暴れたり噛みついてくる危ない奴より、まな板の上で大人しく捌かれるのを待つ奴の方が楽で良いです」
「いや何で魚の話になってるんだよ」
「そっちの方が得意なので」
刀より包丁の方が多く握っている台所役の新三にしてみれば、人を斬るより食材を切る話の方が馴染み深かった。
「三枚におろし切り身に分けて七輪で……」
「そんな腹の減る話は勘弁してくれ」
一学は道中の飲み食いで使い込んでおり、路銀が尽きていた。
「箸で軽くほぐれる焼きたてで程よく塩の振られた焼き魚を一口食べたら飯を口の中に」
ここまで道中を供にした新三は一学の財布事情を把握しているので、容赦しなかった。
「や~め~ろ~!」
「おい一学、一学ではないか」
通りの真ん中で叫ぶ一学を後ろから呼ぶ者がいた。
「げっ」
振り替えると一学は嫌そうな顔をした。
そこに居たのは同じ吉良家に仕える同僚だった。
「戻って来たのか。忙しい所にちょうど良い手伝え」
「いや俺ぁたった今江戸に戻ったばかりで疲れてるんだけど」
「つべこべ申すな。来い」
「うへぇ……」
同僚に引っ張られて連行される一学に新三は合掌しつつ、大喜びで見送った。
これで無事に江戸の同志の下へ向かう事ができる。
仇討ちを計画している堀部安兵衛を中心とした急進派を説得する大石内蔵助に先駆けし、説得しやすくなるように勢い付いた急進派を牽制する大役。
「……おっかねえ」
帰りたくなった。
『決算!忠臣蔵』観ました
とても面白かった。
久しぶりに終始楽しめる良い忠臣蔵作品でした。
友人「岡村出てるんだって。何の役?」
私「田村正和が昔やった役のお父さんの役」
友人「わかんねーよ!」




