武州救世主伝説
武州
武蔵国より江戸が別れた残りカスと揶揄され、広大な土地の大半には無人の荒野が広がっている。
そこは幕府も見ぬふりする狂気渦巻く修羅の国。
人心は荒れ果て、役人すら不正が常となっている。
「武雄々音! 武雄々音!」
「波羅理螺、波羅理螺」
「度度度度度度度!」
奇声をあげながら街道を馬で蛇行する派手な格好の傾奇者達。
呂決斗火雨流と呼ばれる威圧的な馬頭が風を押し退け、街道を我が物顔で傾奇者達は行く。
この道は俺の物だ。そこんとこ夜露死苦とばかりに。
傾奇者達は一人の老人を追いかけ回していた。
その気になれば老人一人簡単に追い付くのだが、彼らは必死に逃げる老人の姿を笑いながら追いかける遊びをしていた。
だが老人の体力では長くは続かなかった。
足をもつれさせ、老人は転倒した。
哀れな老人を傾奇者達はニヤニヤと笑いながら囲む。
「ひぃぃぃ、お助け!」
無駄であろうと老人はわかっていたが、傾奇者達に慈悲の心が残っている事を願って命乞いをする。
「助けてほしかったらよぉ」
「出すもん出せよ爺さん」
「出したら助けるとは限らねえけどな!」
相手を刺激しないように、慎重に老人は有り金を差し出した。
「見ろよ、この爺さん赤穂の藩札なんて持ってるぜ!」
「今じゃケツをふく紙にもなりゃしねってのによぉ!」
「赤穂なんざ、とっくに改易されたんだよ!」
武州は暴力が支配する地。
力無き老人は戯れに惨殺されるのが運命だというのか?
その時だった!
傾奇者の投げ捨てた藩札は風に乗り、一人の浪人の手の中へ収まった。
「赤穂……」
藩札を手に呟く浪人を傾奇者達は訝しそうに見る。
「なんだテメェは!?」
「関係無えだろ!」
「スッゾコラ!」
浪人は藩札を懐に入れると、腰の刀に手を添えた。
「関係はある」
静かに抜かれる刀。
素人目でもその抜刀に慣れがある事がわかる洗練された抜き方だった。
「ハッ、やろうってのか!」
「死んだぜテメェ!」
「生意気な奴だ!」
いつでもいたぶれる老人を囲むのを止め、傾奇者達は浪人に向かって馬上から得物を突きだす。
薙刀、長大釘抜き、長柄槍斧。その全てが狙い違わず浪人に叩き込まれる。
だが、不思議な事に傾奇者達の乗る馬が通過した後も浪人は無傷で健在。
「あ、あれ?」
「手応えが無いぞう?」
「おんやぁ~?」
不思議がる傾奇者達に振り返りもせず、浪人は刀を鞘に収める。
「おいコラ、なに終わった気になってやががが……」
「お、おいお前、それどうなってぺぺぺ……」
「おごごご……」
なんと奇妙なことに、ボコボコと傾奇者達の顔が不気味に膨れ上がった。
「お前達は既に死んでいる」
浪人が告げると、傾奇者達の頭が破裂し噴水のように血を吹き出した。
「ひゃばあああ!? な、何がどうなって!?」
驚く老人に浪人は二朱銀を放り投げる。
「この藩札の替えだ」
そう言い残して浪人は去って行く。
「そう言えば聞いたことがある」
老人の後ろにいつの間にか居た、五亡星の刺青を両肩に入れた青いフンドシ姿の男が言う。
「赤穂藩には人体を内部から破壊する一子相伝の暗殺剣の使い手がいると。たしか名は……不破」
「不破……」
「古くは奥州にて義経公をうんたらかんたら……戦国の世に信長公にうんたらかんたら……」
フンドシ男の話を聞き流しながら老人は不破の去った方を見る。
そちらにはこの辺りを牛耳る悪虎一家の経営する賭場があった。
賭博で金や品物を賭ける事は幕府が禁じている。
しかしここは武州、無法地帯である。
数多の賭場が点在し、もはや経済循環の一貫として浸透していた。
「丁方無いか!? 丁方無いか!?」
「よし丁!」
「おう、俺も丁で勝負だ!」
中盆の男の声に丁に張る者が数名。
場は半が圧倒的に多数。
丁半博打では丁と半に賭ける参加者の数が対等であるのが通常だが、これは客がそれぞれ賭けたい方へ賭ける鉄火場である。
鉄火場は小規模の賭場の事をそう呼ぶ場合もあるが、ここでは方式の事を指している。
「コマが揃いました……勝負!」
壺振りが壺を開く。
出目は二と五。
「グニの半!」
丁に張った者が悲鳴をあげ、半に張った者達が歓声をあげる。
そんな中、丁に張った一人の男が突如としてコマ札を壺振りの握る壺へと投げつけた。不破である。
壺振りの手から離れて転がる壺。
その中には一本髪の毛が張ってあった。
壺を開ける際にこの髪の毛をサイコロに当てて目を変えるのだ。
正確に賽の目を出せる者なら場が出揃ってから好きに丁半を変えれる。
「イカサマだ!」
丁方、半方共に一気に沸騰。
特に丁に賭けた者は怒髪天をついていた。
こうなるともう博打どころではない。
負け込んでいた者はこれ幸いと、有耶無耶にするために誰彼構わず殴り、騒ぎを大きくする。
小狡い者はコマ札をかき集め、面倒を嫌う者は早々に逃げている。
「こいつは何の騒ぎだ、ワレェ!」
奥の襖がパーンッと開かれ、赤と銀の装束に身を包んだ大きな二本角兜の男が入室した。
悪虎一家の大親分である悪虎野千治だ。
大親分の登場に殴り合っていた者達も黙って様子を伺う。
「親父ィ、あいつだよぉ! あいつがイカサマだっていちゃもん付けやがったんだよぉ!」
情けない声で壺振りは不破を指さしながら、悪虎野千治にすがり付いた。
その壺振りを悪虎野千治はギロリと見下ろす。
「おお、そうか満太郎や。かわいそうにのぅ、ワレェ。とと様が絞めてやるから安心せい、ワレェ」
壺振りの満太郎の頭をなでなでして下がらせると、悪虎野千治は指の骨をバキバキと鳴らして不破へと向かう。
対する不破は音もなく立ち上がると、ゴキゴキと首の骨を鳴らした。
「舐め腐った真似してくれたのぅ、ワレェ。名前を聞いておこうか、ワレェ」
「……不破数衛門」
「おうおう、ご立派な名前だのぅ、ワレェ。ワシの息子をイカサマ呼ばわりとは覚悟は出来とるんだろうな、ワレェ?」
「壺を見ろ。イカサマの証拠だ」
「あーーーん?」
悪虎野千治は壺を踏み潰した。
「証拠がなんだってぇ、ワレェ?」
「ふーー、度し難いな」
「うるせえ死ねぇ、ワレェ!!」
悪虎野千治は兜の二本角を不破へ向け、そのまま走り出した。
悪虎野千治の必殺技、猛牛突進だ!
これを食らってはひとたまりもない。
「死ぬのはお前だ」
不破はその辺に居た中盆の男を悪虎野千治の前に蹴り出した。
「へ? ぎゃああああああ!」
哀れな中盆の男は串刺しとなってしまった。
「ワ、ワレェ、よくもワシの可愛い絵衛素を!」
「殺したのはお前だ」
中盆の男の体が兜に刺さって身動きの取れない悪虎野千治に不破は刀を抜き、一刀の下に切り捨てた。
「あ、あれぇ? 痛く無いぞぅ、ワレェ?」
「四百八ある径絡秘脈の内、卑穂利吐を断った。お前はもう死んでいる」
「サンタァッ!」
謎の断末魔をあげて悪虎野千治は爆発四散した。
「ち、ちくしょう! 親父の仇だ! あいつを生かして帰すな!」
壺振りの命令で悪虎一家は総出で不破へと襲いかかった。
この日、武州に名を轟かせる大一家が全滅し、武州の勢力図が大きく変わった。
その原因となったのは、一人の浪人であったとか、なかったとか。
一子相伝の暗殺剣の使い手、不破数衛門。
彼はいったい何者なのか?
どこから来て、どこへ行くのか?
その答えは誰も知らない。
はい、四月一日でした。




