その17
『………』
無言、無言、無言。
私は何も考えられなくて無言。アイルフィーダ様は多分、何と言ったら良いのか分からなくて無言。
いっそ一思いにやってしまってくださいと土下座したい気持ちの私は、ただひたすらアイルフィーダ様からの断罪を待つ他ない。
(あの小説の内容を見たら、さすがにご自分がモデルだと気が付く…わよね?)
まあ、私の趣味というか乙女の妄想的なものがバレるのは、百歩譲って良しとする。
私と同じ嗜好があるとは思えないアイルフィーダ様だけど、ご性格上、きっと個人的趣味で私を嫌ったり、蔑んだりはしないと思う。
だけど、問題はご自分がモデルになっているということに不快感を抱かれる可能性。
アイルフィーダ様が一体どこのあたりを読んでいるか定かじゃないけど、あの不思議そうな顔から考えるに…この間の侵入者との攻防を元に書いた部分を読んでいる可能性が高い気がする。
もしそうなら、申し訳ないけど、アイルフィーダ様が仰っていた言葉や侵入者の様子などをそのまま使わせて頂いた部分が多いから(だって、あの全てが私の妄想を上回る現実だったんだもん)……はっきりいって、アイルフィーダ様がモデルだと誰が見ても明らかだったりする。
例えばアイルフィーダ様がそれで陛下のように取引を持ちかけてくるなら、私もまだ気分が楽だろう。(あれはあれで生きた心地がしなかったけど)
私が恐れているのは、勝手にモデルにしたことでアイルフィーダ様が私に不信感を抱かれて、せっかく築きつつある信頼関係がなくなってしまう事。
分かってる。アイルフィーダ様に了承も得ないままに、勝手にモデルにした私が悪い。
私の趣味趣向が万人に受け入れられない事は分かっているし、それを押し付けようと思ったことはない。だけど、同時に私の趣味を誰かに否定される覚えもない。自分の趣味がばれて何かを言われた時、そんな風に割り切ってきた。
でも、勝手にモデルにして、しかも、それがあからさまに分かるようにモデルにした挙句、迷惑をかけていないから妄想するのは個人の自由でしょう?……なんて、小説として公にしている以上、さすがに言えない。
そんなことされて、誰だっていい気分がしないのは分かるし、まあ、それでも他の妄想させていただいている人には言えるかもしれないけど、アイルフィーダ様には言えない。
だって、確かにアルマリウス様に似ているからアイルフィーダ様に憧れを抱くようになったけど、今ではアイルフィーダ様自身に憧れを抱いているんだもの!!
妄想じゃなくて、現実に憧れを抱いているアイルフィーダ様に嫌われるなんて―――
「ルッティ」
現実逃避ともいえる思考がアイルフィーダの静かな声によって現実に引き戻される。
(ああ…)
こちらを見つめる真剣な表情に、いつもなら生唾物だと色めき立つところだけど、今はただ私も厳粛にアイルフィーダ様のお言葉を受ける他ない。自然と俯く視線。ぎゅっとお腹の前で握りしめる手からにじみ出る汗。
「これは問題…じゃない?」
「はい」
私はただ頷くしかできない。
「『はい』っていう事は、私が思ったことは間違いないのね。この小説はこの間の侵入者の襲撃とよく似た場面がある。登場人物も私が知っている人が何人かモデルになってる」
「……その通りです」
やっぱり、私の想像通りアイルフィーダ様は気付かれてしまった。
「私も個人的な趣味や趣向に口を出すようなことしたくないわ。だけど……何かや誰かをモデルにするのであれば、それに対する配慮はやっぱり必要だと思う」
「仰る通りです…アイルフィーダ様、私は―――」
優しさなのか、じわじわと真綿を締めるように私を追いつめていくアイルフィーダ様の言葉に、私は耐えられなくなり自ら断罪を求めるために意を決しアイルフィーダ様を見上げ……て瞠目することになった。
「プ…あはははは、ごめっ…ルッティの話の内容に笑ってるんじゃないからね。あー、駄目だ!我慢してたけど、やっぱり笑える」
理由は分からないけど、顔を真っ赤にして笑いまくるアイルフィーダ様。
「え?え?え??」
うっすら涙まで溜めて笑っている姿は、お仕えして数か月だけど初めて見る姿だ。だけど、何処に笑う要素があるんだろう?
全然、分からなくて私は戸惑うしかない。
「ごめっ、本当にごめん!!だけど、ふふ、だって、フィリーが、フィリーがっ!!」
「へ、陛下ですか?」
「美王って!!男ばっかの後宮って似合いすぎ!」
(……私の小説を読んで、初めての反応だわ)
どうにも私が想像していた最悪のシナリオからは逃れられたような気がするけど、想像もつかないアイルフィーダ様の反応に私がどう対処していいか分からない。
大体、『似合っている』と言いながら、この爆笑は何を意味するのだろう?
「はー笑った。久々にこんなに笑ったかも」
という訳で、アイルフィーダ様の爆笑を止める術がなかったので、ひとしきりアイルフィーダ様が笑いきるのを私は待つしかなかった。
「ほんとに笑ってごめんねぇ。ルッティ。説得力はないかもだけど、ルッティの小説の出来で笑ったわけじゃないから、そこだけまず言っておくわ」
「はあ」
「私が笑っちゃったのは、この小説のフィリーの設定?その美貌で数々の男を狂わせる魔性の王っていうのが似合いすぎているっていうか、実はこの手のフィリーをモデルにした小説をオルロック・ファシズでも書いていた知り合いがいてねぇ。その時のフィリーの反応を思い出したら笑えてきちゃって」
「え?!」
それは初耳である。まさか、オルロック・ファシズにも乙女的崇高な嗜好を持つ人々がいようとは!!野蛮人ばかりの国かと思っていたけど、同士がいると思えば急に親近感がわいてくる。
「まあ、色々事情があって全く同じ設定じゃないんだけどね。その時、フィリーがものすごい勢いで怒るわ怒るわ。普段、あんまり感情をあらわにしないタイプだったから、そのギャップが面白くて…情けない顔もしてたしなぁ…。世界王になってそういうのから逃れられたのかと思いきや、フィリーってその手の妄想からは逃れられない定めなんだと思ったら、可哀そうだけど笑えてきちゃって」
(アイルフィーダ様と陛下の関係性って謎な部分が多いけど、案外、アイルフィーダ様の方が優勢なのかしら?)
今まで私を虐げてきた陛下の様子から、てっきり陛下がアイルフィーダ様を押しているイメージがあったけど。そうでもないのかもしれない。
晴れ晴れと陛下の不遇を笑い飛ばすアイルフィーダ様に、何となくそんな感想を抱く…と、そんな風に陛下の話題に気を抜いていた時だった。
「だけど、このアフィールってキャラクター―――」
一瞬で体が固まった。
やっぱり、ばれていますよね?見逃してはもらえませんよね?
「想像上の人物とはいえ、こんな現実味のない人間……女の子は好きよね」
「…………………は?」
あまりに他人事のように言うアイルフィーダ様に、不敬に聞こえるかもしれないけど、思わず『何言っちゃってるんですか?』という言葉が頭の中に浮かんだ。
「いや、私はこの手の小説とかあんまり興味ないんだけど、女学校にいたから友達に勧められ色々読んだことはあるの」
『女学校』というフレーズに、思わず色々と聞きたいことが喉元まで上がってきたのを飲み込む。同時にアイルフィーダ様が男同士の恋愛小説を笑い飛ばすだけの乙女的思考に対して寛容なのに納得する。
「大体、主人公の相手役ってこういう感じじゃない?さりげなく優しくて、主人公のピンチには絶対現れるヒーロー?みたいな?現実には絶対いない夢の国の王子様」
「そ、そんなことありません!」
どうやらアイルフィーダ様はアフィールのモデルになっていることに気が付いていないようだと分かったけど、その物言いには例えアイルフィーダ様でも咄嗟に反論の声が出た。
「た、確かに私の書いている小説は乙女の願望が強く反映されていて、現実離れしている部分があるかもしれません。ですが、アフィールは…夢の国の王子様なんかじゃなくて、私は私は―――」
(アイルフィーダ様の素晴らしさをもっと、もっと、皆に知って欲しくて!!)
最初はアルマリウス様に似ているアイルフィーダ様で妄想するのが楽しくて仕方なかった。そういう部分は大いにあるけど、今はアイルフィーダ様の素晴らしさを表現したいという思いも強くある。
姿形じゃなくて、オルロック・ファシズの王妃という立場でも背筋をまっすぐに伸ばすその凛々しさ、敵が現れた時に真っ先に自分が矢面に立つ勇敢さ、自分を追い詰める内外の敵をやり込める強かさ、陛下を想い耐えるそのいじらしさ…言葉にするだけじゃ足りないアイルフィーダ様の様々な素晴らしさをもっともっとみんなに知って欲しい。
オルロック・ファシズの人間だからという偏見が少しでもなくなれば…なんていうのは私の独りよがりかもしれないけど、気が付くと私はそんな思いに突き動かされている部分も少なからず芽生えていた。
だけど、ふと我に返れば、それはまるで愛の告白のような内容で、妄想はしても一応自分の恋愛に関してはアブノーマルな道に目覚めている自覚はないので、さすがにこんな告白みたいな言葉を面と向かって言える訳もなく、口ごもる私にアイルフィーダ様が相好を崩す。
そのまるで仕方がないなぁといった苦笑に、思わずきゅんと胸が高鳴る。
「ごめん。別にルッティの趣味に難癖をつけている訳じゃないのよ?夢の国の王子様だって否定している訳じゃないの。私は共感できないけど、そういうのに憧れている女性を可愛いと思うしね」
言って私の頭をポンポンと叩くアイルフィーダ様に、『本当にそれを無意識でやってるんですか?!』と叫びたい衝動に駆られる。
だけど、無意識なんだろうな…と分かっている。
これがそこらの男がやっても疑心暗鬼の目で見てしまうんだろうけど、同性だからこそそれに下心がない事が分かる。アイルフィーダ様だって相手が同性だからこそ、何の気負いもなくそれを言ってのけているに違いない。
「ま、私が言う事じゃないかもだけど、フィリーには了解を得てあげて?あれで意外と繊細なことろもあるし。で、了解を得られて小説が完成したら、また、私にも読ませてくれると嬉しいな」
壁に貼ってある陛下をモデルにした絵を見ながら、また堪えきれないといったように笑い出すアイルフィーダ様。
多分、完成した小説を見たら、世の乙女たちとは180度違う観点で大笑いしながら楽しむのだろう。
何となくそれが目に浮かぶようで空笑いをしながら、私はある一つの核心を得た。
(アイルフィーダ様って、完全主人公体質なんだなぁ)
一見すると地味な容姿に騙されがちだけど、今の乙女心を擽る言葉といい、平凡な容姿なのに絶世の美人と結婚したり、はた目から見たら丸わかりな部分を天才的鈍感でスルーする辺り、ザ・主人公な要素満載なことに今さながらに気付かされる。
(それにしても、ほんっとに、バレなくてよかった!これでこれからもアイルフィーダ様に密着♪密着♪)
その体質を考えれば、これからもアフィールがアイルフィーダ様だとばれる心配はない気がする。それにアフィールに対してアイルフィーダ様も悪い印象を抱いていないみたいだし、うん!このまま黙っておこう。
なんて、つい数分前までの悲愴な覚悟なんて忘れ去って、大きく安堵して、その直後にいつもの妄想モードの頭に切り替わる。
「さて、とりあえず、私の部屋に戻りましょうか。部屋にいるユリエスも心配しているだろうし」
ユリエスといいうのは、私と交代してアイルフィーダ様のお部屋に詰めている侍女の名前。(ちなみに彼女も今やアイルフィーダ様のファンの一人だったりする)
「はい!!」
そのお言葉に大きく返事をした私に、少しだけ目を見張ってそれから微笑みかけて下さるアイルフィーダ様。その笑顔に私は一生ついていきます!と心の中だけで強く誓って、自室を後にした。
かくして数か月後、無事に出版されることとなった『美王様の裏後宮』の最新刊『スイート・スイート・ファーストラヴ』は発売当初こそ大した反響もなかったけど、その後、城仕えの乙女たちを中心にジワリジワリと人気を拡大させ(同時に城内でのアイルフィーダ様の人気も上がった)、最終的には第一巻を大きく超えた数が売れる事となり、すぐに次巻の執筆依頼が舞い込むこととなる。(おっしゃー!)
もちろん、それに快諾した私だけど続編を執筆するに当たり、様々な問題やら衝撃の事実が発覚したりするのは、また別の話。
これからもガンガン妄想するぞー!!っと叫びたい気持ちを抑えながら、今日も私はアイルフィーダ様の後ろで微笑む侍女であり続けている。
こんな至らなさ過ぎる話を最後まで読んでくださってありがとうございました!とりあえず、ルッティの話はこれにて完結です。
活動報告の方に今後の更新予定など載せましたので、見て頂けると幸いです。




