第13話:毒の空気を締め出す魔法の床
「部屋を暖めるなら、部屋の中で直接火を燃やすのが一番手っ取り早いでしょうに」
むき出しになった床下の空洞と、部屋の隅にある古びた暖炉を見比べながら、ルークは心底不思議そうに首を傾げた。
電気もガスもないこの世界では、暖を取るといえば薪を燃やすこと。
彼の疑問は、辺境の人間としてはごく当たり前のものだった。
「手っ取り早いのは認めるわ」
私は古びた暖炉へ視線を向けた。
煤で黒ずんだ石組み。
ひびの入った炉床。
長年まともに掃除されていないであろう煙突。
「でも、この部屋であれを使って眠る気にはなれないわね」
「なぜです?」
「煙が逆流したら最悪。火を燃やせば空気も使う。隙間風も増える。おまけに暖炉の前だけ熱くて、足元は冷たいまま。睡眠環境としては落第よ」
「ら、落第……」
「私は顔だけ炙られながら、足先を凍らせて眠る趣味はないの」
ルークは、何か思い当たる節があるのか、深く頷いた。
「確かに、兵舎でも暖炉の前の奴は汗をかいてるのに、端の寝台の奴は震えてやすね」
「そういうこと」
私は杖の先で、床下に並べた短い石柱を示した。
「だから、火は部屋の外。熱だけを床の下に通す」
「熱だけ……?」
「一階の外壁側に小さな熱源室を作る。そこで火の魔石を使って空気を温める。その熱い空気を、この床下の空洞へ流すの」
私は床下を指でなぞる。
「石柱の上に床石を戻せば、床下に低い空間が残るでしょう? そこを熱気が通る。すると石の床が温まり、部屋全体が下からじんわり暖まる」
「床そのものを、でっけぇ湯たんぽにするんですね」
「そう。その理解でいいわ」
ルークの目が輝いた。
「すげぇ……! 火は部屋の外、煙も部屋の外。でも床は温かい!」
「そのために、壁の中に煙道を作るわ」
私は壁に手を当て、石材の内側へ細い縦穴を通していく。
熱気が床下を通ったあと、屋根の外へ抜けるための道だ。
「煙や燃えたあとの空気は、ここを通して外へ逃がす。室内には入れない。途中に点検口も作る。煤や灰が詰まったら危ないからね」
「点検口……掃除するための穴ですかい?」
「ええ。設備は作って終わりじゃない。掃除できるように作らないと、あとで必ず詰むわ」
「詰む……?」
「壊れる、危ない、面倒くさい。だいたい全部よ」
「分かりやすいような、分かりにくいような……」
ルークは床下を覗き込み、ふと不安そうに眉を寄せた。
「でも、お嬢様。ここ、二階ですよね? 床の下に空洞なんか作って、本当に落ちやせんか?」
「だから梁は残しているわ」
私は床下に走る太い梁を杖で示した。
「この梁と壁で重さを受ける。足りない分を、新しく立てた石柱で支える。全部をくり抜いているわけじゃない。熱気が通る分だけ、低い空間を作っているの」
「間違えたら?」
「床が落ちるわ」
「怖っ!」
「だから真似しないこと」
「絶対にしやせん!」
良い返事だ。
私は一階外壁側へ向けて魔力を伸ばした。
使われていない物置の隅に、小さな熱源室を作る。
火の魔石を置く受け皿。
外気を取り入れる小さな口。
灰を掻き出すための口。
床下へ熱気を送る入口。
そして、壁の煙道へつながる出口。
頭の中の図面に合わせて、石が静かに形を変えていく。
「よし。熱源室、形成開始」
「お嬢様……」
ルークが震える声で呟いた。
「ただ寝たいだけなのに、やってることが王都の大工房よりでけぇです……」
「ただ寝たいだけだからよ」
私はきっぱりと言った。
「睡眠環境を妥協する者に、真のスローライフは訪れないわ」
「名言みたいに言ってるけど、たぶん意味は怠けたいだけですよね!?」
「うるさいわね。施工を続けるわよ」
古代ローマの知恵、ハイポカウスト。
火を寝室から遠ざけ、床そのものを温める仕組み。
その第一歩が、極寒の辺境の館で動き出そうとしていた。
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