侵攻
「すぅぅぅぅ――――はぁぁぁ――――」
数日後、わたしは首都の城壁の上で大きく息を吸って、吐いていた。
この都市は、昔から存在していたこともあり、大きな城壁で囲われていて、その上から一方的に敵兵を攻撃することが出来る。
また、近代の銃に対応しようとした結果なのか、城壁の上には新しく鉄板の遮蔽や、簡易の狙撃台がいくつも増設されていた。
古い石造りの上に、無理やり鉄骨を継ぎ足したような、不格好な防衛設備。
けれど、その不格好さが、今の戦争の形をよく表していた。
(……本当に、銃の時代なんだ)
魔導隊の砲撃よりも速く、遠く、正確に届く武器。
アリサ軍曹が言っていた時代の流れ”いう言葉が、この城壁の上に立つと、嫌でも実感として迫ってくる。
「セラちゃん、緊張しているの?」
「はい。でも、出来ることはしてきましたから、大丈夫です」
この数日間で、魔導隊の訓練に参加し、戦争中に魔導隊がどのような動きをするのか確認することが出来た。
それに加え、空いた時間にオーランド軍曹の元へ戻り、盾の魔法を再度鍛えた。
ジグには、「帰ってくるの早ぇな……」と呆れられたが、魔導隊を守るためには、自分が持っている能力を全て出し尽くす必要があるんだから、そんなことを気にしている場合ではない。
だから、ジグを一回だけ蹴った後、わたしは訓練に集中したんだ。
「セラ、頼んだぞ。俺達を守ってくれ」
「マルコ、アンタが狙われることは無いよ」
「……俺は反対なんですけどね、あの策戦。セラ、頼むからこの馬鹿軍曹を守ってくれ。それ以外のことは、どうなってもいいから」
「誰が馬鹿だ。大馬鹿上等兵」
「セラ、頼んだぞ。俺達を守ってくれ」
「マルコ、アンタが狙われることは無いよ」
「……俺は反対なんですけどね、あの作戦。セラ、頼むからこの馬鹿軍曹を守ってくれ。それ以外のことは、どうなってもいいから」
「誰が馬鹿だ。大馬鹿上等兵」
魔導隊の先輩であるマルコ上等兵は、いつもの調子でアリサ軍曹と言い合っていた。
その様子を見ていると、何年も一緒に戦ってきた者同士にしかない距離の近さが、自然と伝わってくる。
「はいはい、二人ともそのくらいにして。セラが余計に緊張するだろ」
別の魔導隊の先輩が、呆れたように二人の間に口を挟んだ。
マルコ上等兵は肩をすくめて、ついでのようにわたしの方をちらりと見た。からかうような視線なのに、その奥にはちゃんとした心配が見え隠れしている。
マルコさんがアリサ軍曹の心配をするのは仕方がないことだろう。
なにせ、あんな馬鹿げた作戦を考えたのだから。
「アリサ軍曹」
「なに? セラちゃん」
「ほんとに、あの作戦でよかったんですか?」
「当然、私がやるべきことだからね」
やるべきことって……そんな簡単に言えるものなのだろうか。
だって、あの作戦は――
そんな時だった。
「敵兵! 敵兵を発見しました!」
鋭い叫びが、城壁の上の空気を一瞬で張りつめさせた。
わたしは反射的に身を乗り出し、視線を遠くの平地へ向ける。
城壁の外は、どこまでも続く乾いた大地。
風に揺れる草の向こう、地平線の手前に――黒い点がいくつも揺れていた。
最初はただの影にしか見えなかった。
けれど、次の瞬間には、それが規律正しく進む兵士の列だと分かった。
「来たか……」
アリサ軍曹が低く呟く。その声は震えていない。むしろ、覚悟を固めた人の声だった。
敵兵の列は、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。
何度も、何度も、数えきれないほど見て、目に焼き付いているスレブルクの軍服がはっきりと見える。
「総員、構えろ!」
アリサ軍曹の号令の元、魔導隊の先輩たちが指定の位置に着いた。彼らは、鋸壁のすぐ近くに陣取っていて、何かあればすぐに身を守れる位置にいる。
だが、肝心のアリサ軍曹は、身を守ろうとせず、鋸壁の狭間で身をさらしていた。
(ほんと、グレン小隊長みたい。……いや、それ以上にたちが悪い)
これが、アリサ軍曹の策だった。
自分だけが身を危険に晒すことにより、敵兵の標的を自分だけに絞る。そのおかげで、わたしはアリサ軍曹を守るだけで、魔導隊の先輩たちを守ることが出来ると言うバカげた案。
この弱点は、アリサ軍曹という重要な人物が危険に晒されているという点。それと、アリサ軍曹は自分を守る手段を持っていないということだった。そのせいで、わたしが一回でも防ぐことが出来なかったら、アリサ軍曹は即死する。
これは、グレン小隊長のように、自分の実力に自信があるからこそ出来る無茶な案ではない。これは、無茶どころか無謀とも言える――そんな作戦だった。
でも、だからこそ――リターンも並外れたほど大きかった。
「さぁ、声を上げろ。心に火を灯せ。我が祖国の栄光を掲げよ! 我らはバリエーヌの弾となり、祖国に害する敵を撃ち抜く。今ここに、我ら魔導隊が宣言しよう!」
アリサ軍曹が声高らかに叫び、その背後に無数の炎の砲弾が作られる。
空気が震え、熱が城壁の上を押し上げるように広がっていく。
「私は、私たちは――侵攻を開始する!!」
アリサ軍曹の背後から放たれた無数の砲弾。空高く、弧を描きながら上昇し、青色の空を赤い光で塗りつぶしていく。
炎の尾がいくつも軌跡を残し、まるで空そのものが燃え上がったかのようだった。
そして――轟音が大地を揺らした。
遠くの平地で、炎の塊が一斉に炸裂し、局所的に巨大な火柱がいくつも立ち上がる。
爆風が遅れて城壁に届き、わたしの頬を叩いた。
(なっ――)
その時の驚きは、言葉で言い表せないほどだった。
今の一撃は、魔導隊ではなくアリサ軍曹個人で使用した魔法。なのに、今まで見たどの魔導隊よりも桁違いに強かった。
射程も、個数も、威力すらも、そのすべてが桁違いだ。
この制圧力の一点だけなら、オーランド軍曹どころか、一人で数千の兵と戦ったグレン小隊長よりも上回る。
もちろん、それは制圧力だけの話であり、他の部分も含めば、彼らの方が強いのかもしれないが、この状況に置いて、アリサ軍曹は誰よりも強かった。
けど、敵も黙ったままでは無かった。
「あぶないっ」
乾いた音が鼓膜に届き、わたしは無意識のうちに盾を張った。反射だった。考えるより先に、身体が動いていた。
次の瞬間、敵の狙撃銃の弾が、アリサ軍曹の目の前で弾かれ、彼方へと消えていく。
もし、わたしが防いでいなかったら、アリサ軍曹は死んでいただろう。
「はっ、これが新型の銃か。セラがいなかったら死んでたなぁ!」
「アリサ軍曹、身体を隠してください! 死にますよ!」
「……この人、戦場だと人が変わるから、何をやっても無駄だよ」
わたしの悲壮な叫びを聞いて、マルコさんが肩をすくめながら言った。
その声には焦りも怒りもなく、ただまた始まったという諦めが滲んでいる。
「マルコさん、そんなこと言ってる場合じゃ――」
「無理だよ。何をやっても動かないから」
そんな……運転してる時だけ人が変わるみたいな話じゃあるまいし。
でも、アリサ軍曹は、マルコさんが言った通り、いつもとは全く違う獰猛な笑みを浮かべていた。
それはまるで……グレン小隊長の笑みのように。
「我らの後ろには、守るべき民がいる! ゆえに、我らに退路はなく、ここで殲滅するしか道はない! 覚悟を決めろ! 敵を燃やせ! バリエーヌに栄光あり!」
「オオォォォオォォオ――――!」
アリサ軍曹に続き、先輩たちも魔法を放ち、炎と光が一斉に敵陣へ降り注いだ。
城壁の上から見える平地は、瞬く間に赤い奔流に呑まれて、敵兵の列が崩れ、悲鳴と怒号が混ざり合う。
こうして、首都決戦の火蓋が切られた。
もう、わたしたちは何があっても引き返すことが出来ず、最後の瞬間まで戦うしかない。
後悔したところで、意味なんて無いんだから。




