魔導隊
「今日からこの隊に所属することになりました、セラと言います。よろしくお願いします!」
私はアリサ軍曹の横に立って、魔導隊の人たちに頭を下げた。
視線が一斉にこちらへ向く。魔導隊は、盾隊や歩兵隊とは違う独特の空気があって、その静けさに思わず背筋が伸びる。
最前列にいた数人が、ひそひそと声を交わした。
「この子が……新しい子?」
「アリサ軍曹が直々に連れてきたって噂の」
「へぇ、思ったより小さいな」
小さく囁かれる声が耳に入るたび、胸の奥がざわついた。
でも、アリサ軍曹は気にした様子もなく、わたしの肩を軽く叩く。
「セラは攻撃用の魔法は使えないけど、盾魔法を使うことが出来るの。戦闘中は、私の側に置いておくから」
「はい!」
返事をした瞬間、隊の空気がわずかに揺れた。
驚きと興味が混ざった視線が、まっすぐこちらに向けられる。
「それじゃあ、訓練を始める! 私はセラに説明をするから、訓練の方に口出さないけど、真剣にやるように!」
「はい!」
アリサ軍曹の命令で、魔導隊の人たちは一斉に動き出した。
整然とした足音が広場に広がり、さっきまでの静けさが嘘のように消えていく。
「セラちゃん、魔導隊について知ってる?」
すると、アリサ軍曹が話しかけて来た。
赤毛の髪が、訓練場の風にふわりと揺れる。
「あまり知りません。一応、グレン小隊長の下で、スレブルクの魔導隊と戦ったことがあって、砲弾をグレン小隊長が斬ったり、先輩たちが手榴弾で相殺していたのは見たことがあります」
「あー、グレンのとこだとそうなるのか。それは忘れていいよ。例外の極致みたいなもんだし」
アリサ軍曹は、遠い目になって呟いた。
どうやら、グレン小隊長たちがやっていた戦い方は、魔導隊の基準からすると参考にしてはいけない例らしい。
「あの方法って、駄目なんですか?」
「駄目に決まってるでしょ。普通の人は、砲弾を斬れないし、手榴弾で相殺するのは、ちょっとでもタイミングが狂えば、手榴弾ごと飲まれて、焼け死ぬんだからね」
「あー、だからルークさんたちは、わたしに砲弾の処理をさせなかったんだ……」
グレン小隊長の下で戦っていた時は、敵兵と撃ち合うだけでなく、手榴弾を撃ち落とす役目をしていた時もあったが、魔導隊と戦う時は、ただついていくことだけを命令されていた。
今思えば、わたしの力では魔導隊相手に何もすることは出来ず、銃が使える距離まで近づかないと、戦力ですらなかったのだろう。
でも、魔導隊がそれほど強いのなら、グレン小隊長以外の隊は、どうやって抵抗していたのだろうか。
「……魔導隊の弱点って、何ですか?」
「普通は、機動力が弱点かな。砲弾は銃よりも遅いし、重力の影響を受けるせいで曲射しないと当てることが出来ないから、相手が早いとちょっと厳しい。でも、殲滅力という点なら他の隊を圧倒しているから、使い方次第で戦況を一気に変えることが出来る隊なんだよ」
アリサ軍曹の話を聞きながら、訓練をしている兵士たちを見る。
彼らは詠唱のようなものを口にしながら、掌の前に淡い炎を集めていた。
炎は揺らぎ、膨らみ、形を変え――やがて、空気を震わせるほどの圧を帯び始める。
兵士の手から放たれた炎の砲弾は、大きく弧を描いて、目標の的に直撃し、跡形もなく消し去った。あの威力を前にしては、わたしどころかジグの魔力の盾ですら太刀打ちできず、それこそオーランド軍曹くらいの実力でないと防ぐことが出来ないだろう。
「でも、ここでわたしの役目ってあるんですか?」
この光景を見ていると、自分に果たして役目なんてあるのだろうかと、不安が胸に広がっていく。
彼らが放つ魔法は、銃どころか手榴弾すらも上回るほどの威力を持っていて、魔法を扱えないわたしでは到底及ばない。拳銃を握って突撃することしかできない自分は、ここではただの足手まといなのではないか――そんな考えが頭を離れなかった。
けれど、アリサ軍曹は、わたしの言葉を聞いて、ほんの少しだけ目を細めた。責めるでも呆れるでもなく、むしろ何かを見抜いたような表情だった。
「確かに、魔導隊は最強の隊に見えるかもしれない。だけどね……昔から、ずっと対策を取られ続けてきた隊でもあるの。銃が生まれるより前から」
訓練場では、次の詠唱に入った兵士たちの声が重なり、魔力の気配が空気を震わせていた。
「今までは、その対策は“機動力”だった。動き回られると、魔導隊の砲撃は当てにくいからね。でも――スレブルクの新型銃を見たでしょ? あれは、機動力みたいな何とか防げる弱点じゃない。射程っていう、新しい弱点を突かれ始めてる」
アリサ軍曹の視線は、訓練している隊員たちの向こう、もっと遠くを見ていた。
「魔導隊の砲撃は強力だけど、遠距離の精密射撃には向かない。どうしても弧を描くし、詠唱にも時間がかかる。……言葉を選ばずに言うとね」
そこで、アリサ軍曹は一度だけ息を吸った。
「おそらく、この戦いが最後だよ。魔導隊が戦力として通用するのは」
「えっ……?」
その横顔は、今まで見たことがないほど冷たかった。
諦めとも覚悟ともつかない影が差し、まるで、すでに未来の答えを知っている人のような静けさがあった。
「……どういう、意味ですか?」
「言葉通りだよ。セラちゃんには、今回の戦いで新型銃の狙撃を防いでもらいたい。でもね、首都決戦が終わった後の戦いでは、セラちゃんだけじゃ守りきれないほど銃が発達していく。魔導隊とか盾隊とか、そういう隊の特色じゃなくて、銃そのものが勝敗を決める時代になる」
アリサ軍曹は、わたしの方を見ずに続けた。
「……盾隊は、まだ追いつける。銃と一緒に進化できる。でも、魔導隊はね……その時代に追いつけない」
その言葉は、淡々としているのに、胸の奥に重く沈んでいった。
時代の流れ、たったそれだけのものに、アリサ軍曹の魔導隊は破れると、そう言われた気がした。
「だからね、私たち魔導隊は、この首都決戦で全ての使う尽くすつもりなの。より長く戦い、より多くの敵を殺す……そのために、セラちゃんの盾が必要なんだよ」
その一言で、わたしがどれだけの物を背寄っているのか理解できた。
グレン小隊長の下にいた時や、オーランド軍曹の下にいた時とは違う、誰かの後ろに立つだけでは済まない役目。
もちろん、今までも重要な役目を担ったことは何度もある。
グレン小隊長と二人で戦って、先輩たちを逃がしたこともあるし、ジグと二人で突撃して、大きな隙を生み出したこともある。
けれど、今のわたしが求められているのは、前みたいな一時的なものではなく、戦いの最初から最後まで、魔導隊全体の生死を左右する役目だった。
「ま、そこまで気負う必要は無いよ。狙撃を防ぐために、いろいろと策は考えておくから」
「……でも、わたしの役目が重要なのは変わらないのでは?」
「ははっ、そうだね。でも、出来るでしょ? あのグレンの下で戦っていたんだから」
そう言われると、首を横に触れない。
グレン小隊長の下で戦った日々は、怖くて、必死で、何度も死にかけて――そこから生き残ったのは、数少ない誇りの一つだった。
アリサ軍曹は、わたしの沈黙を肯定と受け取ったのか、ふっと柔らかく笑った。
「大丈夫。セラちゃんは、もう十分戦える子だよ。あとは、魔導隊の戦い方を覚えるだけ」
その言葉が、胸の奥にじんわりと広がった。重さは消えない。怖さも消えない。
でも――逃げたいとは思わなかった。
(……わたしに、出来るだろうか)
そんな不安と、やらなきゃという覚悟が、胸の中で静かに重なっていく。
訓練場では、次の砲撃が放たれ、空気が震えた。
その轟音の中で、わたしは小さく息を吸った。
(……やるしかない)
そう思えた瞬間、足元が少しだけ強くなった気がした。




