別れ
「これ、どのくらいの量があるんだ?」
「一応、それぞれ三部隊ほど作れるほどの量はありますが、ここに集まっている兵士は多いので、三人くらいが使えればいいほうかと」
「とは言え、儂のところの発明じゃから、優先的に使える権利はあるがな」
オーランド軍曹の質問に、レン伍長とダズ少将が答える。
ここにある武器の中には、使い物にならない武器もあったものの、大抵はうまく活用できそうな物ばかりで、一部隊に三人程度しか使うことが出来ないのは、少しだけもったいなかった。
けれど、それがバリエーヌの限界なのだろう。
今も、この国はスレブルクに侵攻されていて、銃を作るのには、人手も、資源も、時間すらも足りない。
むしろ、これだけの新型銃を作れて事を褒めるべきなのだろう。
「一応、階級が上の人ほど新型の銃を使う権限がありますけど、どうしますか?」
「私はいらないね。魔導隊って、銃使わないし」
「俺はいらんな。今までの戦い方を続ける方が強いし、盾隊の強みは経戦能力の高さだ。散弾銃のような弾不足になりそうな銃は使わない」
「わかりました。他の隊に配分しますね」
アリサ軍曹とオーランド軍曹は、新型の銃を受け取らず、今のままで戦うことを選んだ。
けれど、それは間違いだというわけではない。スレブルクの兵士たちが首都に来るまでの時間は残り僅かでしかなく、今訓練を始めたとしても、実戦までに使いこなせるのか怪しいからだ。
それに加え、アリサ軍曹やオーランド軍曹の経験豊富な隊は、今のままで十分に強い。
無理に新しい武器へ切り替えて動きが鈍るくらいなら、慣れた戦い方を貫いた方が確実だ。
「ジグも使わないの?」
「ああ、今のままでいい。セラも、拳銃くらいしか使わないんだろ?」
「うん、わたしには重すぎるしね」
そうして、新型の銃の試射が終わった。
結局、新たな銃を使う人は、わたしだけだったのだが、散弾銃などの弱点も調べることが出来たのだから、それだけでも十分だった。
白い煙が風に流れ、広場に静けさが戻る。
(……さて。ここからは、別の話だ)
誰かが息をついた気配とともに、空気がゆっくりと切り替わっていった。
「これで、私の用事は終わりです、後は……セラさんの異動についてですか」
「そうだな」
レン伍長の言葉に、オーランド軍曹が頷く。
そもそも、わたしがオーランド軍曹の元にいるのは、盾の魔法を上手く使えるようになるためだ。
盾の魔法を上手く使えるようになれば、わたしはアリサ軍曹の元に引き取られ、そこで戦うことになる。ダズ少将の命令の元、わたしの所属の流れは、とっくに決まっていたのだ。
「オーランド、セラちゃんはこっちの渡してもいいレベルになったの?」
「ああ、そうだな。まだ持久力と、盾の大きさに難があるが、セラは勘が良いんだし、そっちに入れてもいいと思うぜ。あ、いらないんだったら、俺が貰うが」
「これについては、譲る気が無いから」
アリサ軍曹の言葉から、わたしのことを何とかしてでも自分の部隊に入れたいという意志が伝わってくる。
正直、どうしてわたしを部隊に入れようとしてくるのかわからないんだけど、彼女にとっては迷う理由がないらしい。
ただ――胸の奥に、どうしても無視できない望みがひとつだけあった。
異動の流れは決まっている。アリサ軍曹がわたしを欲しがっていることも、頭では理解している。それでも、言わなければ後悔する気がして、わたしは小さく息を吸った。
「アリサ軍曹、少しいいですか?」
「もちろんいいけど、どうしたの?」
その声はいつも通り軽いのに、わたしの胸の鼓動だけが、妙にうるさく響いていた。
アリサ軍曹の視線がまっすぐ向けられ、逃げ道がなくなり、わたしは覚悟を決めて、ずっと胸にしまっていた望みを口にした。
「アリサ軍曹の元にいても、オーランド軍曹の下で訓練してもいいですか?」
言った瞬間、空気がわずかに張りつめた。アリサ軍曹もオーランド軍曹も、同時にわたしの方を見る。 アリサ軍曹は驚いたように瞬きをし、オーランド軍曹は小さく息を漏らした。
グレン小隊長の元にいた時は、グレン小隊長の盾で守られ続け、オーランド軍曹の下で殿をしていた時は、何度もジグに守ってもらった。
だからこそ、銃の大切さはこの身に染みていて、アリサ軍曹を守るためには、このままではいけないと思っていたのだ。
アリサ軍曹の返事を待つ間、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(……駄目って言われたら、どうしよう)
そんな不安が喉元までせり上がってきて、わたしは思わず拳を握りしめた。
アリサ軍曹は、しばらく黙ったままわたしを見つめ、やがて、ゆっくりと息を吐いた。
「もちろんいいよ。オーランド、それでいいよね?」
「ああ、俺は異論ねぇよ。アリサが死んだら、次は俺の隊になるんだからな」
「アンタの方が、私より先に死ぬに決まってんでしょ……」
「あぁ? 喧嘩売ってんのか、てめぇはよぉ!」
二人がいつもの調子で噛みつき合い始めた瞬間、 胸の奥に張りつめていたものが、ふっと緩んだ。
わたしの望みは、ちゃんと届いた。アリサ軍曹も、オーランド軍曹も、それを否定しなかった。その事実だけで、身体が少しだけ軽くなる。
「でも、私のとこの訓練も参加してもらうよ。かなり負担になると思うけど大丈夫?」
「大丈夫です。やって見せますから」
「ははっ、セラちゃんは本当に強いね。さすが、グレンの下で戦ってだけのことはある。じゃ、さっそく私の部隊に行こうか」
アリサ軍曹が軽く手招きする。その仕草は自然の物だったのに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
ここから先は、もう“オーランド軍曹の隊のセラ”ではなくなる。そう思った瞬間、足が自然と止まった。
「……ジグ」
名前を呼ぶと、ジグはいつもの不機嫌そうな顔のまま、けれど、どこか寂しそうに眉を寄せた。
「なんだよ。行くんだろ?」
「うん。行くよ」
それだけ言うと、ジグは視線をそらし、靴先で地面を軽く蹴った。
「……まぁ、死ぬなよ。おまえ、すぐ無茶するし」
「わたしが無茶したことなんてあったかな?」
「数えきれないほどあったぞ」
「……」
ソレについては、何も言い返せないや。ほんと。
「まぁ、でも、安心していいよ。そっちの訓練にも参加するんだし」
「おい、逃げるなよ」
「喧嘩相手がいなくなったからって、寂しくて先輩たちに喧嘩売らないようにね」
「おいこら」
ジグが噛みつくように言い返したところで、オーランド軍曹が大きくため息をついた。
「……まったく、最後までうるせぇな、おまえらは」
そう言いながらも、どこか寂しそうに目を細めていた。
わたしがアリサ軍曹の隊に移ることを、誰よりも理解していたのは、この人なのだと思う。
「セラ」
呼ばれて顔を向けると、オーランド軍曹は腕を組んだまま、ゆっくりと頷いた。
「ちゃんと、役目を果たせよ。おまえなら出来る」
「……っ、はい!」
返事をした瞬間、胸の奥が熱くなった。
オーランド軍曹の言葉は、いつもみたいに乱暴なのに、その奥にある信頼だけは、はっきりと伝わってくる。
「じゃ、ジグ。またね。どうせすぐ訓練で会うだろうけど」
「ああ、またな。俺がいないからって、死にに行くなよ」
「……行かないよ。ちゃんと生きるために戦うから」
ジグはそっぽを向いたまま、小さく息を吐いた。
「……ならいい」
その一言だけで十分だった。わたしはアリサ軍曹の後ろへ歩き出した。
少し歩いたところで振り返ると、二人はもう何も言わず、ただそこに立っていた。
それが、十分すぎる別れだった。




