再会
「なんだこれ、でけぇ」
ジグが見上げた先には、石と鉄で補強された巨大な外壁がそびえていた。
森や村どころか、他の都市とも全く違う光景に、少しだけ目を見開いてしまう。
「なにやってるの? 早く行くよ」
わたしたちは、とうとう首都にまで撤退してしまっていた。
もちろん、あの後も殿を務めながら撤退しており、先輩たちの中には、死んでしまった人もいる。
そんな状況で、わたしたちが生き残ることが出来たのは、運が良かったとしか言いようがない。
「セラは、ここに来たことあんのかよ」
「孤児院出身なんだから、来たことあるわけないじゃん」
「……なのに、驚いてねぇのか」
「ちょっとは驚いているよ」
「大丈夫か、おまえ」
あまりにも冷静だったせいで、ジグに引かれてしまった。
わたしが驚かなかった理由は、前世の記憶のせいだ。いくら首都の外壁が大きいと言っても、前世の都会のビルには及ばず、胸の奥がざわつくほどの衝撃にはならなかった。
とはいえ、初めて見る光景だ。驚いていないわけじゃない。
ただ――わたしの中の基準が、少しだけ違うだけ。
「……なんか、おまえだけ別の世界見てきたみたいだな」
ジグが呆れたように言う。
わたしは曖昧に笑ってごまかした。
「そんなことより、わたしたちのすべきことを理解しているよね」
「あぁ。ここで、あのスレブルクの連中をぶっ殺すんだろ?」
わたしたちがここに来たのは、身を守るためではない。
この首都には、ダズ少将が率いていた隊だけでなく、バリエーヌ中の軍人たちが集まってきており、今までにないほどの軍隊へと膨れ上がっていた。
スレブルクは、バリエーヌ以外にも接している国が複数あるため、全軍をここに集結させることは出来ず、あの攻勢のせいで出来てしまった人数差を埋めるどころか上回ることが出来ていた。
「でも、油断はしないでね。それは、ジグも実感してるでしょ」
「……あぁ、そうだな」
ここまで撤退する最中に、何度か敵と交戦した。そのうちの一回に、散弾銃を使う敵兵がいて、先輩たちの中から死傷者が出てしまってた。
もちろん、わたしが仮縫いをしたことによって、衛生兵に運ばれるまでの時間を稼げた人もいたのだが、それすら間に合わない人もいた。
だからこそ、ジグは新型の銃の脅威を、しっかりと理解していて、ちゃんと危機感を覚えているのだ。
「そういや、セラはオーランド軍曹に呼ばれてるんだっけ?」
「たぶん、異動があるからかな。ジグも来ていいけど、どうする?」
「少しでも目を離すと、おまえは死にそうになるからな。出来るだけ一緒にいるよ」
「……わたしを何だと思ってるの?」
ジグ曰く、わたしは死にたがりの馬鹿野郎らしい。
殿として最初に戦った時以外にも、何度か死にかけたせいで、ジグがそう言い始め、部隊の先輩たちにも定着してしまい、今では『死にたがり』と言う言葉が、わたしの代名詞にすらなってしまっていた。
正直、アレらは死ぬ可能性が五割を切ってると判断したため、少しだけ無茶をしたのだから、そう言われるのは少し不服だ。
まぁ、それで死にかけてる時点で、文句を言うことは出来ないのかもしれないけど。
「待たせたら駄目だから、そうと決まればさっさと行くよ」
「おう。……あ、少し待ってくれ。あの肉を食いてぇ」
「……」
ジグが指さした先には、屋台のような簡易食堂があった。
鉄板の上で焼かれている肉の匂いが、風に乗って漂ってくる。戦場の匂いに慣れた鼻には、やけに強く感じられた。
「……後でね。軍曹を待たせたら、本当に殺されるよ」
「だよな。……くそ、絶対あとで食うからな」
ジグは名残惜しそうに肉へ視線を残しつつ、わたしの後ろに続いた。
首都の中は、思っていたよりも静かだった。
人の声も、車輪の音も、どこか沈んでいる。街全体が、これから来る戦いを知っているみたいだった。
わたしたちは、その静けさの中を歩いていく。
この人たちを――国民を、守るために。
「だから、軍曹たちを待たせたら駄目だってば!」
「ちょ、ちょっとくらいならいいだろ! 時間は指定されてねぇんだからよ!」
「あいつら、こんな時すら喧嘩してんのかよ……」
あれからいろいろあって、喧嘩をしながらオーランド軍曹たちのところへとたどり着いた。
オーランド軍曹の周りには、レン伍長やダズ少将、それに今後お世話になるアリサ軍曹まで揃っていた。やっぱり、待たせているじゃないか。
「申し訳ございません! ジグのせいで、遅れました!」
「待て! おまえも一回寄り道してたぞ!」
「……処分は、ジグだけにしてください!」
「俺を売るなよ!」
……まぁ、ジグだし。何とかなるかなって。
「おまえらなぁ、こんな時まで喧嘩すんなよ」
「ふん、おまえとアリサも似たようなもんだろ」
「ははっダズ少将、ご冗談を。私とオーランドは、殺し合いをしてもいいレベルなので、セラちゃんたちとは違います」
オーランド軍曹が眉をひそめ、アリサ軍曹は涼しい顔で肩をすくめた。
レン伍長は苦笑いし、ダズ少将は頭を押さえている。
「セラさん、お久しぶりです。オーランド軍曹から活躍を聞いてますよ」
「あ、そうだったんですか」
「ええ、死に急いでいたこともね」
レン伍長が、ほんの少しだけ眉を下げて笑った。
そのせいで、背筋からちょっとだけ冷汗が出てしまう。
「も、申し訳ございません……」
「えぇ、セラさんはグレン小隊長の下で共に戦った戦友の一人ですから、もっと命を大切にしてください。かなり、心配していたんですよ」
「はい……」
声は穏やかだった。けれど、その穏やかさの奥にあるものは、怒り以外の何でもなかった。
そのせいで、声は小さくなるし、罪悪感が心にのしかかってくる。
「ほらみろ、言われてんぞ」
「うるさい!」
「痛った! 足を踏むな」
「……セラさん、明るく……いや、子供っぽくなりましたね」
ジグとの関係を見られ、レン伍長にそんなことを言われてしまう。
でも、仕方がないじゃんか……。だって、ジグと一緒にいると、何故か対抗心のような物が出てきて、無意識で張り合っちゃうんだから、仕方がない。
「ははっ、いいことじゃない。セラちゃんはまだ子供なんだから、子供らしくないと」
「まぁ、確かにそうですね。今言ったことは、気にしないでください」
「えぇ……」
気にしないで下さいと言われても、気になるに決まっているじゃないか。
子供っぽいと言われるのは、どうしても胸の奥がざわつく。
でも――反論するほどのことでもない。
わたしがジグと張り合ってしまうのは事実だし、そのせいで、つい声が大きくなるのも事実だ。
「まぁ、セラは大人のように見られたい年頃だろ」
「オーランド軍曹!?」
「そんなことよりも、本題やレンの野暮用でも終わらそうぜ」
(……野暮用って、何のこと?)
オーランド軍曹はさっさと話を進めてしまい、わたしだけが置いていかれたみたいだった。
レン伍長は特に否定も肯定もせず、ただ静かに視線を落としている。
(本当に……何の話?)
聞くに聞けず、胸の奥に小さな疑問だけが残る。そのまま、場の空気がゆっくりと引き締まっていく。
わたしは息を整え、前を向いた。




