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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
二章

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死にたがりの馬鹿野郎

「――っ」


 木や岩に身を隠しながら、わたしたちは敵兵の方へと駆け出した。

 わたしたちは、未だ十四歳だ。身体は小さく、足音も軽い。その小ささが、今だけは武器になる。


 ジグが横で盾を張る。

 魔力の盾が薄く光り、飛んできた弾を斜めに弾き返した。


「セラ、次の影まで行くぞ!」

「うん!」


 倒木の影から、岩の影へ。

 影から影へ、止まらずに走る。敵兵たちはまだ気づいていない。

 数時間も距離を取って撃ち合っていたせいで、近づかれるなんて思ってもいない。


 けれど、近づけば近づくほど、見つかる可能性が増えていく。

 わたしたちの役目は、陽動でもあるから、見つかってしまうのも仕方がないが、それでも出来るだけ近くで見つからないと、周囲から袋叩きにされ、陽動としての役目を果たせない。


 だから、タイミングが何よりも重要だった。


「よし、行――」

「待って!」


 岩の影から出ようとしたジグの片手を掴んで食い止める。

 すると、銃弾が岩の裏から飛んできて、ジグが通ろうとしたところを通り過ぎた。


「なっ」


 ジグが驚いた声を漏らす。

 わたしは掴んだ手を離さず、そのまま岩の影へ引き戻した。


「今の……」

「勘だから、そこまで信用しないでね」


 何度も何度も、グレン小隊長の下で突撃を繰り返していたんだ。わたしの勘の良さも相まって、突撃するタイミングは手に取るようにわかる。

 それに、今まではわたしの命を救う時にしか、勘が上手く機能しなかったのだが、この時ばかりは他人のために動いてくれたらしい。


 息を深く吸う。

 突撃は、ノリだけで上手くいくほど甘くない。グレン小隊長だって、その頭の中では、敵の兵力と自分の隊の兵力をしっかりと分析したうえで、突撃していたのだ。


「セラ、おまえが指揮を執ってくれるか?」

「別にいいけど、それでもいいの?」

「ああ、俺よりも、セラの方が経験豊富だからな。……それに、さっきにを見せられたら、お手上げだ」

「了解」


 グレン小隊長の背中が、ふっと脳裏に浮かぶ。

 あの人は、ただ突っ込んでいたわけじゃない。敵の数、位置、射線、味方の動き――全部を見て、全部を計算して、それでも前に出ていた。

 

 わたしが同じことを出来るとは思わない。でも、やるしかない。


「今――!」


 地面を蹴った。


 身体が前に飛び出す。

 影から光へ、光から影へ。わたしの小ささが、風のように地面を滑る。


「こっち!」


 次の影まで、あと数歩。

 敵の射線は読めている。死角に入るまでの時間は、ほんの一秒。


 その一秒を走り抜ける。


 わたしは影へ飛び込み、地面に手をついた。

 息が荒いのに、胸の奥の熱だけは静かだった。


「ジグ、来て!」

「行く!」


 ジグが盾を構えたまま影へ滑り込む。

 その瞬間――


「……ん?」


 敵兵の一人が、こちらを向いた。

 木々の隙間から、わたしたちの影が見えたのだろう。ほんの一瞬、視線がぶつかる。


(見つかった)


 敵兵の目がわずかに見開かれ、口が動く。


「――敵だ!」


 怒号が森に響いた。

 次の瞬間、銃口が一斉にこちらへ向く。


「見つかっ――」

「大丈夫、ついて来て!」


 予定より、見つかるのが早い。本当に、わたしには運が無いようだ。でも、運だけで、生死が決まるわけじゃない。

 運だけで生死が決まるのなら、わたしはとうに死んでいる。


 わたしは背中から軍剣を抜き、敵目掛けて直進した。

 一斉になる銃声。全方位とまでにはいかないけど、盾だけでは防げない。


「セラ――」


 後ろからジグが、わたしでは貼れない大きな盾を貼ってくれる。

 でも、まだ足りない。

 それだけで済むほど、現実は甘くない。


(一回だけでいい。何度もその姿を見たんだ、きっと出来る)


 軍剣を両手で握る。片手ではまだ満足に振ることが出来ないが、両手ならぎりぎり一回は使うことが出来る。




 世界が止まる。

 わたしに迫る銃弾が、はっきりと視界に映り、その軌道が、線のように見えた。


 右から三発。

 左から二発。

 正面から一発。


 全部が、わたしの全身へ向かってくる。


(来る)


 胸の奥の熱が、静かに燃え上がる。

 足が地面を蹴り、身体が前へ滑る。軍剣の重みが、両腕に沈む。


 そして――


「――そこ!」


 わたしは軍剣を振り抜いた。

 金属が空気を裂き、火花が散る。弾丸が刃に当たり、軌道を逸らされ、木の幹へと吸い込まれていく。


 敵兵たちの顔が、一瞬だけ固まった。

 その隙に――


「ジグ――!!!」

「ああ、わかってる」


 ジグは迷いなく引き金を引いた。

 盾を構えたまま、わずかに身体を傾け、射線を確保する。

 

 乾いた銃声が連続して響く。


 一発。二発。三発。


 敵兵の頭が、次々と弾けるように揺れ、倒木の向こうへ崩れ落ちていく。

 動揺して固まっていた分、反応が遅れた。その遅れを、ジグは逃さなかった。


 でも、殺せたのはたかが三人。されど、その三人だけで、十分だった。


「進軍を、開始する!」

 

 わたしたちが注意を引き付けている内に、オーランド軍曹たちが進軍する。

 彼らの足音が、地震のように大地を震わし、わたしたちの方へと向かってくる。そのおかげで、敵兵たちの注意が完全に、わたしたちから離れ、その隙に身を隠すことが出来た。


「な、なんだ!」

「反撃してきたぞー! 増援を――」


 敵兵の叫び声が、戦場に響き、やがて消える。

 銃声が重なり、木々の間で火花が散る。

 敵兵たちの射線が乱れ、怒号が飛び交う。


「前を押さえろ! 押さえ――ぐっ!」


 短い悲鳴が混ざり、すぐに途切れた。

 オーランド軍曹たちが敵陣の側面へ食い込んだのがわかる。


(……行けてる)


 わたしは倒木の影に身を寄せ、息を整える。

 ジグも隣で盾を下ろし、肩で息をしていた。


「セラ、今の……マジでやばかったな。あんなこと、出来たのか?」

「前の小隊長の真似事。盾を使って、身体へ向かってくる銃弾の方角を絞っていれば、後はタイミングを合わせるだけで、結構簡単にできるよ。……まぁ、わたしは筋力が足りないから、一回で腕が痺れて、使い物にならなくなっちゃった」


 指一本動かすことが出来ない手をジグに見せ、わたしがもう限界を迎えたことを伝える。


「……マジかよ。そんなになるまで振ったのか」

「こうでもしないと死んでたからね。あ、でも安心して。これが失敗しても、わたしが肉壁になって、ジグのことを守ることは出来たから」

「……は?」


 ジグの声が、いつもの軽さを失った。

 ジグは一歩だけ近づき、わたしの痺れた腕を見下ろす。


「おまえ……それ、冗談で言ってんのか?」

「冗談じゃないと困る?」

「困るに決まってんだろ!」


 押し殺した声だった。怒鳴り声じゃないのに、胸に刺さる。


「……肉壁とか、簡単に言うなよ。そんなの、笑えねぇから」

「そっか……」

「二度と言うなよ、死にたがりの馬鹿野郎」


 死にたがり、か。確かにそうかもしれない。あの瞬間、わたしはここで死んでもいいかと思ってしまった。

 森の中で一人撤退していた時とは違い、仲間の命を守って死ねる。それなら、価値のある死なってくれて――この命の終わりに相応しいかなって、心の隅で感じていたんだ。


 こうしている間にも、オーランド軍曹が率いる隊は、敵兵を蹂躙し、壊滅させた。

 銃声が、少しずつ遠のいていく。怒号も、悲鳴も、木々の揺れる音に飲まれていく。

 やがて、森に残ったのは、湿った土の匂いと、焦げた死体の残り香だけだった。


「……終わった、のか?」


 ジグが盾を下ろし、肩で息をしながら呟く。

 その声は、安堵とも、疲労ともつかない。


「うん。オーランド軍曹たちが全部やってくれた」


 わたしは痺れた左手を胸元に抱え、深く息を吐いた。

 身体の奥に残っていた緊張が、ゆっくりと溶けていく。


 生きている。まだ、ここにいる。

 それだけの事実が、妙に重かった。


「セラ」


 ジグがわたしを見る。

 怒っているわけでも、笑っているわけでもない。ただ、そこに立っている。


「……死ぬなよ」


 短い言葉だった。

 でも、それに同意することは出来ない。

 

「そうだね、考えとくよ」


 わたしはそう答えた。

 もちろん、駒損で死んだりはしない。だが、駒得になる死が目の前にあったとしたら、ソレに跳びついてしまいそうだったから。


 森の奥で、オーランド軍曹の声が響く。


「負傷者は前へ! 生きてる奴は全員、集合だ!」


 わたしたちは顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がった。

 戦いは終わった。

 でも、歩くべき道はまだ続いている。


 わたしとジグは、倒木の影から抜け出し、オーランド軍曹たちのもとへ向かった。



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