死にたがりの馬鹿野郎
「――っ」
木や岩に身を隠しながら、わたしたちは敵兵の方へと駆け出した。
わたしたちは、未だ十四歳だ。身体は小さく、足音も軽い。その小ささが、今だけは武器になる。
ジグが横で盾を張る。
魔力の盾が薄く光り、飛んできた弾を斜めに弾き返した。
「セラ、次の影まで行くぞ!」
「うん!」
倒木の影から、岩の影へ。
影から影へ、止まらずに走る。敵兵たちはまだ気づいていない。
数時間も距離を取って撃ち合っていたせいで、近づかれるなんて思ってもいない。
けれど、近づけば近づくほど、見つかる可能性が増えていく。
わたしたちの役目は、陽動でもあるから、見つかってしまうのも仕方がないが、それでも出来るだけ近くで見つからないと、周囲から袋叩きにされ、陽動としての役目を果たせない。
だから、タイミングが何よりも重要だった。
「よし、行――」
「待って!」
岩の影から出ようとしたジグの片手を掴んで食い止める。
すると、銃弾が岩の裏から飛んできて、ジグが通ろうとしたところを通り過ぎた。
「なっ」
ジグが驚いた声を漏らす。
わたしは掴んだ手を離さず、そのまま岩の影へ引き戻した。
「今の……」
「勘だから、そこまで信用しないでね」
何度も何度も、グレン小隊長の下で突撃を繰り返していたんだ。わたしの勘の良さも相まって、突撃するタイミングは手に取るようにわかる。
それに、今まではわたしの命を救う時にしか、勘が上手く機能しなかったのだが、この時ばかりは他人のために動いてくれたらしい。
息を深く吸う。
突撃は、ノリだけで上手くいくほど甘くない。グレン小隊長だって、その頭の中では、敵の兵力と自分の隊の兵力をしっかりと分析したうえで、突撃していたのだ。
「セラ、おまえが指揮を執ってくれるか?」
「別にいいけど、それでもいいの?」
「ああ、俺よりも、セラの方が経験豊富だからな。……それに、さっきにを見せられたら、お手上げだ」
「了解」
グレン小隊長の背中が、ふっと脳裏に浮かぶ。
あの人は、ただ突っ込んでいたわけじゃない。敵の数、位置、射線、味方の動き――全部を見て、全部を計算して、それでも前に出ていた。
わたしが同じことを出来るとは思わない。でも、やるしかない。
「今――!」
地面を蹴った。
身体が前に飛び出す。
影から光へ、光から影へ。わたしの小ささが、風のように地面を滑る。
「こっち!」
次の影まで、あと数歩。
敵の射線は読めている。死角に入るまでの時間は、ほんの一秒。
その一秒を走り抜ける。
わたしは影へ飛び込み、地面に手をついた。
息が荒いのに、胸の奥の熱だけは静かだった。
「ジグ、来て!」
「行く!」
ジグが盾を構えたまま影へ滑り込む。
その瞬間――
「……ん?」
敵兵の一人が、こちらを向いた。
木々の隙間から、わたしたちの影が見えたのだろう。ほんの一瞬、視線がぶつかる。
(見つかった)
敵兵の目がわずかに見開かれ、口が動く。
「――敵だ!」
怒号が森に響いた。
次の瞬間、銃口が一斉にこちらへ向く。
「見つかっ――」
「大丈夫、ついて来て!」
予定より、見つかるのが早い。本当に、わたしには運が無いようだ。でも、運だけで、生死が決まるわけじゃない。
運だけで生死が決まるのなら、わたしはとうに死んでいる。
わたしは背中から軍剣を抜き、敵目掛けて直進した。
一斉になる銃声。全方位とまでにはいかないけど、盾だけでは防げない。
「セラ――」
後ろからジグが、わたしでは貼れない大きな盾を貼ってくれる。
でも、まだ足りない。
それだけで済むほど、現実は甘くない。
(一回だけでいい。何度もその姿を見たんだ、きっと出来る)
軍剣を両手で握る。片手ではまだ満足に振ることが出来ないが、両手ならぎりぎり一回は使うことが出来る。
世界が止まる。
わたしに迫る銃弾が、はっきりと視界に映り、その軌道が、線のように見えた。
右から三発。
左から二発。
正面から一発。
全部が、わたしの全身へ向かってくる。
(来る)
胸の奥の熱が、静かに燃え上がる。
足が地面を蹴り、身体が前へ滑る。軍剣の重みが、両腕に沈む。
そして――
「――そこ!」
わたしは軍剣を振り抜いた。
金属が空気を裂き、火花が散る。弾丸が刃に当たり、軌道を逸らされ、木の幹へと吸い込まれていく。
敵兵たちの顔が、一瞬だけ固まった。
その隙に――
「ジグ――!!!」
「ああ、わかってる」
ジグは迷いなく引き金を引いた。
盾を構えたまま、わずかに身体を傾け、射線を確保する。
乾いた銃声が連続して響く。
一発。二発。三発。
敵兵の頭が、次々と弾けるように揺れ、倒木の向こうへ崩れ落ちていく。
動揺して固まっていた分、反応が遅れた。その遅れを、ジグは逃さなかった。
でも、殺せたのはたかが三人。されど、その三人だけで、十分だった。
「進軍を、開始する!」
わたしたちが注意を引き付けている内に、オーランド軍曹たちが進軍する。
彼らの足音が、地震のように大地を震わし、わたしたちの方へと向かってくる。そのおかげで、敵兵たちの注意が完全に、わたしたちから離れ、その隙に身を隠すことが出来た。
「な、なんだ!」
「反撃してきたぞー! 増援を――」
敵兵の叫び声が、戦場に響き、やがて消える。
銃声が重なり、木々の間で火花が散る。
敵兵たちの射線が乱れ、怒号が飛び交う。
「前を押さえろ! 押さえ――ぐっ!」
短い悲鳴が混ざり、すぐに途切れた。
オーランド軍曹たちが敵陣の側面へ食い込んだのがわかる。
(……行けてる)
わたしは倒木の影に身を寄せ、息を整える。
ジグも隣で盾を下ろし、肩で息をしていた。
「セラ、今の……マジでやばかったな。あんなこと、出来たのか?」
「前の小隊長の真似事。盾を使って、身体へ向かってくる銃弾の方角を絞っていれば、後はタイミングを合わせるだけで、結構簡単にできるよ。……まぁ、わたしは筋力が足りないから、一回で腕が痺れて、使い物にならなくなっちゃった」
指一本動かすことが出来ない手をジグに見せ、わたしがもう限界を迎えたことを伝える。
「……マジかよ。そんなになるまで振ったのか」
「こうでもしないと死んでたからね。あ、でも安心して。これが失敗しても、わたしが肉壁になって、ジグのことを守ることは出来たから」
「……は?」
ジグの声が、いつもの軽さを失った。
ジグは一歩だけ近づき、わたしの痺れた腕を見下ろす。
「おまえ……それ、冗談で言ってんのか?」
「冗談じゃないと困る?」
「困るに決まってんだろ!」
押し殺した声だった。怒鳴り声じゃないのに、胸に刺さる。
「……肉壁とか、簡単に言うなよ。そんなの、笑えねぇから」
「そっか……」
「二度と言うなよ、死にたがりの馬鹿野郎」
死にたがり、か。確かにそうかもしれない。あの瞬間、わたしはここで死んでもいいかと思ってしまった。
森の中で一人撤退していた時とは違い、仲間の命を守って死ねる。それなら、価値のある死なってくれて――この命の終わりに相応しいかなって、心の隅で感じていたんだ。
こうしている間にも、オーランド軍曹が率いる隊は、敵兵を蹂躙し、壊滅させた。
銃声が、少しずつ遠のいていく。怒号も、悲鳴も、木々の揺れる音に飲まれていく。
やがて、森に残ったのは、湿った土の匂いと、焦げた死体の残り香だけだった。
「……終わった、のか?」
ジグが盾を下ろし、肩で息をしながら呟く。
その声は、安堵とも、疲労ともつかない。
「うん。オーランド軍曹たちが全部やってくれた」
わたしは痺れた左手を胸元に抱え、深く息を吐いた。
身体の奥に残っていた緊張が、ゆっくりと溶けていく。
生きている。まだ、ここにいる。
それだけの事実が、妙に重かった。
「セラ」
ジグがわたしを見る。
怒っているわけでも、笑っているわけでもない。ただ、そこに立っている。
「……死ぬなよ」
短い言葉だった。
でも、それに同意することは出来ない。
「そうだね、考えとくよ」
わたしはそう答えた。
もちろん、駒損で死んだりはしない。だが、駒得になる死が目の前にあったとしたら、ソレに跳びついてしまいそうだったから。
森の奥で、オーランド軍曹の声が響く。
「負傷者は前へ! 生きてる奴は全員、集合だ!」
わたしたちは顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がった。
戦いは終わった。
でも、歩くべき道はまだ続いている。
わたしとジグは、倒木の影から抜け出し、オーランド軍曹たちのもとへ向かった。




