殿
「――っ」
鼓膜を震わせる銃声。
警戒していた場所から無数の銃弾が、空気を裂きながらわたしたちへと迫ってくる。
「くそっ」
「ありがと」
先輩たちやジグが即座に盾を展開し、飛んでくる弾を弾き返す。
魔力の膜が次々と光を散らし、隊列の後方に薄い壁がいくつも重なった。
ただ、わたしは大きな盾を貼れない。
こういう一斉射撃の場面では、どうしても不向きだ。
けれど――
「よし」
わたしはバリエーヌの銃を構え、わずかな隙間から敵兵の頭を狙う。
ジグが横で盾を張り、射線を確保してくれた。その一瞬の支えを使って、引き金を引く。
「……おまえ、凄いな」
ジグが低く呟く。
褒める気なんてない声なのに、落ちてくる響きだけが妙に素直だった。
前線で戦い続けた経験が、身体の中で勝手に動いていく。
大盾は貼れなくても、撃ち返すことなら出来る。それが、今のわたしの役目だ。
「ちっ、障害物を使いながら下がっていけ‼ 魔力は出来るだけ温存しろよ!」
「了解!」
オーランド軍曹の声が飛ぶ。わたしたちは即座に動き、地形の影を拾いながら少しずつ後方へ下がっていく。
魔力の盾を使えば、ある程度の銃弾を防ぐことが出来るが、それでも限界はある。魔力が無くなれば、当然のように使えなくなるし、魔力が無くならなくても、二桁に届かないほどの銃弾で割れてしまうこともしばしばある。
それを防ぐために、正面から防ごうとせず、くの字に展開して弾を逸らすことで、出来るだけ負担を減らそうとしているのだ。
「ジグ、まだ大丈夫?」
「あぁ、おまえがもっと大きな盾を使えるんなら、もっと楽になれたのによ」
「大丈夫そうだね」
それでも、定期的に張り直して、疲労の蓄積を取る必要があり、グレン小隊長のような一つの盾で、敵に突撃するのは異常だったのだ。
「あと、どれくらい使えそう?」
「まだまだ使える。ただ、セラも盾を貼れよ」
「わかってるよ。打ち合いならともかく、奇襲する時とかは」
「……前の隊の癖が抜けてねぇぞ」
確かに、殿が奇襲するってあり得ないよね。言われて初めて気が付いたよ。
グレン小隊長なら、今ごろには突撃していたし、頭ではわかっていても、身体がその時のことを覚えていて、じっとしているとむずむずする。ほんと、不便な身体になったものだよ。
(おっと)
敵兵たちはこうしている間にも、銃弾を撃ちながら前進し、わたしたちがいる場所へと刻一刻と迫って来る。
だが、わたしたちは、他の隊が撤退を追えるまでは下がることが出来ず、この部隊を引きつけなければならない。
それは、突撃とはまた違う辛さだった。
(ただ、あの嫌らしさは感じない。あの少女が率いているわけではなさそう)
敵兵の攻撃の仕方は、人数や攻める側という利点を生かした一斉射撃のみであり、森で相対した少女が率いていた隊のような、嫌な所を適切に売ってくるような精密さはどこにもなかった。
これくらいであれば、前方部隊は守り切ることが出来る。
(うーん、後ろは守り切れても、この部隊からけが人は出るよね。盾って、消耗戦らしいから)
銃を握りしめながら、わたしは前方の影を探す。
敵兵たちは射撃を続けながら前進しているが、動きは単調だ。
撃って、詰めて、また撃つ。ただそれだけ。
だからこそ、こちらの消耗がじわじわと積み重なっていく。
「よし、三十メートルまで下がれ!」
オーランド軍曹の指示に従い、じわじわと後退していくが、それでも敵兵は距離を詰めてくる。
撃って、詰めて、また撃つ――単調だが、数が多いぶん圧が強い。
(このままじゃ、誰かの盾が先に割れる)
別に今すぐと言うわけではない。
前方部隊の撤退速度を考えれば、この戦いは長期戦になる可能性が高く、そのころには限界を迎える兵士も出てくるだろう。
それを防ぐために、今の内に敵兵を殺して母数を少なくできればよいのだが、敵兵たちもそれを理解しているのか、必要以上に近づいてくることは無かった。
いや、もしかしたら、それが目的なのかな?
補給部隊は魔導隊がいる前方ではなく、オーランド軍曹の率いる盾隊の戦力を削るために、スピードを犠牲にして制圧力を上げた戦いをしている。もちろん、魔導隊も脅威になり得るのだが、盾隊ほどの安定感はないため、そのような判断を下すのは理解できる。
それに加えて、あの日の作戦のせいで、バリエーヌは数えきれないほどの兵士が死んだ。
そのため、敵国の方が人数の面で圧倒しており、わざわざ危険を冒してまで攻める必要が無い。
「なるほどね、そういうことか」
「……急にどうした? 頭がおかしくなったのか?」
それに気づいたからなんだと言うのか。
わたしがそれに気づいたとしても、出来ることなんてほとんど無い。オーランド軍曹だって、とうの昔に理解しているはずだ。
けれど、前方部隊を守るためには、こうするしかない。
敵兵の狙いがこちらの消耗であっても、甘んじて受け入れるしかないのだ。
戦いは、しばらく続いていた。
「くっ」
大きな盾を使うことが出来ないからという言い訳が通用する段階は、もう通り過ぎてしまっており、わたしも自分で盾を貼って、敵兵の攻撃を防いでいた。
もちろん、それは一歩でも間違えたら死に直結するようなことだ。でも、戦場で守ってもらうだけでいられるわけもなく、こうするしか生き残る方法は無かったんだ。
(何時間、戦っているのかな……?)
時間の感覚はとうに曖昧になっていた。空はまだ明るいはずなのに、視界の端がじわじわと暗く感じる。
それは、魔力が残り少なくなっている証拠だった。
「セラ、次の影まで行くぞ!」
オーランド軍曹の声が飛び、わたしたちはまた動き出す。
足元の土が跳ね、弾が頭上をかすめ、盾の膜が光を散らす。
敵兵たちは相変わらず単調に前進してくる。
撃って、詰めて、また撃つ。ただそれだけなのに、距離は確実に縮まっていく。
(……このままじゃ、誰かが先に限界を迎える)
わかっている。
オーランド軍曹も、先輩たちも、ジグも、みんなわかっている。
でも、止まれない。止まった瞬間に、前方部隊が飲み込まれる。
「セラ、盾!」
「わかってる!」
反射的に魔力を流し、薄い魔力の盾を貼る。
弾が当たるたび、欠片のようなものが周囲に飛び散っているのがわかる。
「次、倒木の裏まで下がるぞ! 走れ!」
オーランド軍曹の声に、全員が地面を蹴った。倒木の影に飛び込み、ようやく一瞬だけ息がつける。
その短い休息の間にも、敵兵たちの足音は近づいてくる。銃声がまた響き、木の皮が弾け飛んだ。
(……終わりが見えない)
わたしは銃を握り直し、震える指を押さえつけた。
まだ動ける。まだ撃てる。まだ戦える。それだけを確かめるように、ゆっくりと息を吐いた。
「はぁ、はぁ……」
「セラ、大丈夫か……?」
「そっちこそ、顔色が悪いよ」
「おまえよりかは、マシだ」
まだジグと張り合うことが出来ている。なら、お互いに、もう少し戦うことが出来るだろう。
そう思って、気を引き締めて銃を握った、その時だった。
「セラ、ジグ、まだ動けるか」
オーランド軍曹が、わたしたちのところへとやって来た。
「お、オーランド軍曹! どうしてここに」
「ちょっと作戦があってな」
オーランド軍曹は周囲を一度だけ見渡し、声を落とした。
「敵兵たちは、距離を取ってりゃ反撃は受けねぇと完全に思い込んでる。数時間も撃ち合ってりゃ、そりゃ油断もする。だから――その油断をぶっ壊す」
「……どうやって?」
オーランド軍曹は倒木の向こうを指差した。
「突撃する」
「……は?」
思わず声が漏れた。
ジグも目を丸くしている。
「本気、ですか?」
「あぁ。本気だ。ただし全員じゃねぇ。少人数で、影から影へと一気に詰め、動揺したところを俺たち本隊が潰す、そんな作戦だ。おまえたちには、最初に敵陣へと突撃する役目をしてほしい」
オーランド軍曹の目は冗談じゃなかった。
「なんで、わたしたちなんですか」
「おまえらが一番小柄で、敵に見つかりにくい。それに――」
オーランド軍曹が、わたしの方を見る。
その目には、信頼のような物が浮かんでいた。
「突撃は、得意分野だろ?」
そう言われて、頬がわずかに熱くなるのがわかった。
突撃は、グレン小隊長が好んでいた戦法だ。その戦法で、今度は私が前に立つことが出来る。
もちろん、グレン小隊長とは違って、隠れながら突撃するわけだけど、それでも先頭であることには変わりない。
胸が熱く、燃え上って来る。
それは恐怖でも興奮でもなく、もっと静かで、もっと深いところにある熱だった。
「……おまえ、楽しそうだな」
「そうかな? もしかしたら、テンションが上がっているのかもね。ジグはどうするの?」
「軍曹の命令だ。従うに決まってんだろ」
ジグは、しっかりと銃を握りしめて、そう答えた。
その横顔に、さっきまでの疲労の影は無い。
(よし、これは置いておこう)
わたしは、バリエーヌの銃を足元に置き、敵兵の死体から盗んでいたスレブルクの拳銃を握りしめた。
突撃で使うには、こっちの方がいい。軽くて、取り回しが良くて、影から影へ走る時に邪魔にならない。
背には、グレン小隊長から受け継いだ少しだけ重い軍剣。
鞘の重みが、背中に静かに沈んでいる。
(……行ける)
拳銃の重さと、背中の軍剣の重さ。その二つが、これからやることをはっきりと教えてくれる。
オーランド軍曹が、わたしたちの方を見る。その目は、子供に対するものではなく、二人の立派な兵士を見るような目になっていた。
「よし。準備はいいな」
わたしは頷き、ジグも短く息を吐いた。
「おまえらにすべてかかっているからな。ちゃんとやれよ」
「了解」
「任せてください」
オーランド軍曹はわずかに口角を上げた。
「……いい顔してるじゃねぇか。行け」
胸の奥の熱が、さらに強くなる。
静かに、深く、燃え続けている。




