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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
二章

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対等の相手

「あ、テントのことだが、ジグのところが開いてたよな。そこでいいか?」

「大丈夫ですよ、塹壕の中で寝たこともあるんですから。……まぁ、いろいろありましたけど」


 レオンのことを思い出す。彼は、初めての戦場に押しつぶされ、狂い、やってはいけないことをしてしまった。

 あの時の恐怖は、身に染みていて、完全に抜けきっているわけではないが、それでも何とか耐えることが出来るようになっている。だからきっと、ジグと同じテントでも、寝ることは出来るだろう。


「グレンのとこでも起きるのか? いや、どうせ新兵がやらかしたんか」

「……いい思い出じゃないんですけど」

「確かにそうだな、悪かった。ジグ、襲うなよ」

「こっちから願い下げですよ、こんな女なんて」


 オーランド軍曹にそんなことを言われて、ジグが目くじらを立てて文句を言った。

 別に、女性のように扱われたいわけでもないし、そういう目で見られるのは嫌いなのだが、ジグの言い分を聞いていると、胸の奥にひやりとしたものが沈んだ。


「ジグ、喧嘩売ってんの?」

「あのな、俺と互角に殴り合えるような女がいてたまるか。短気だし」

「へぇそう。ふーん」


 頭の奥で、ぷちんと音が鳴った気がした。

 それでも、所詮は子供の戯言。前世を含めたら、わたしのほうが年上なんだから、ジグの言うことは大目に見てあげないといけない。


 きっと反抗期なんだ、ジグは。だからこうして、いろんな人に噛みついて、痛い目を見る。そういう所が、どうにも目についしまい、わたしはこのように煽ってしまうんだ。

 決して、久しぶりの対等な立場で話し合えていることに、喜んでいるからではない。


「ほどほどにしろよ、おまえら。じゃ、また明日な」

「はい。オーランド軍曹、お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 そうして、わたしはオーランド軍曹を見送った。その背中は、大きくて頼りになる。そのせいで、一瞬グレン小隊長の背中が思い浮かんでしまい、視界が涙で滲んで来る。

 でも、あの人は、グレン小隊長ではなく、オーランド軍曹であり、もうグレン小隊長はこの世にいない。


 だから、わたしは、別れを済ませた死者よりも、これからも関わってくる生者のを向かなければならない。


 涙を指先で拭い、深く息を吸う。

 夜気は冷たいのに、胸の奥だけが妙に熱いその温度差が、現実へ引き戻してくれる。


「……行くよ、ジグ。案内して」


 声をかけると、少し離れたところで待っていたジグが、気まずそうに肩をすくめた。

 わたしが泣いていたことに気づいたのか、気づかないふりをしているのか、そのどちらともつかない表情だ。


「何で、ちょっと上から目線なんだよ」

「敬語をやめろって言ったのは、ジグのはずだけど?」

「あのな、他にも言い方があるだろ」

「そう? じゃあ、どう言えば満足なの?」


 ジグは口を開きかけて、結局閉じた。

 言葉を探しているのか、ただ面倒になったのか、そのどちらともつかない顔だ。


「……もういい。ついてこいよ」


 そう言って歩き出したジグの背中は、妙にせかせかしている。

 わたしは少し遅れて歩き出す。足音が重ならないように、ほんのわずかに間を空けた。


「おい、遅いって」

「歩幅が合わないだけ」

「合わせろよ」

「そっちが合わせれば?」


 ジグが振り返り、何か言い返そうとしたが、結局肩をすくめて前を向いた。その仕草が、どうにも落ち着かない。

 夜風が吹き抜ける。冷たいはずなのに、頬のあたりだけじんわり熱い。その温度差が、さっきの涙の名残を思い出させる。


「……ほら、ここだよ。」


 ジグがテントの入口を指さす。

 わたしは頷き、布をめくった。中は思ったより広く、寝床も二つ並んでいる。

 今まで、ジグがこんなにも広いテントで寝ていたと思うと、無性に胸の奥がざわついた。


「なんだよ」

「別に、良いところで寝ていたんだなって思っただけ」

「おまえがいるせいで、今日から良いところじゃなくなったんだがな」


 ジグが嫌味を言ってきたが、顔色変えず、わたしは使われていない方の寝床に腰を下ろす。

 何か言い返せそうかなとは思っていたけど、何も口から出てこなかったからだ。


「……」

「……」


 沈黙が続く。わたしからジグに話しかける必要は無いし、ジグもまた、わたしに話しかける必要が無いからだ。

 別に、この沈黙が気まずいわけではない。塹壕に数日籠った時は、話すことが出来るほどの元気が無いことが多く、最後の日には一日中話さないことだってあったのだ。たったこれだけの沈黙は、わたしの心に響かない。


 それはきっと、わたしだけじゃない。

 前線に行ったことがある兵士の中で、塹壕にこもったことが無い人なんているはずもなく、ジグも塹壕で戦ったことがあるはずだ。

 だから、この程度の沈黙で、揺らぐような相手ではない。



 ――と思っていなのに。


「なぁ」


 ジグは、寝床に転がったまま、こちらを見ずに声をかけてきた。

 その呼びかけは、いつもの喧嘩腰でも、嫌味でもない。ただ、沈黙に……いや、もっと別のものに耐えきれず、漏れてしまったような、そんな声音だった。


 わたしは毛布の端を指でつまんだまま、返事をしなかった。

 返す必要があるとも思わなかった。


「あの時、なんで森の中で倒れていたんだ?」

「え……?」


 ジグの言葉に、息が詰まった。

 胸の奥で、何かがきゅっと縮む。毛布をつまんでいた指先に、力が入ったのが自分でもわかった。


 ジグは寝転んだまま、天井を見ている。

 こちらを見ているわけでもないのに、その問いだけがまっすぐ刺さってくる。


「森で倒れているおまえを見つけた索敵隊に、俺もいたんだよ。結構驚いたんだぞ、腹から血も出てたんだし」

「……そんな相手に、喧嘩を売ったんですか」


 動揺を隠すために、憎まれ口を叩いてしまう。

 口調も慣れた敬語に変わってしまっているし、もうどうしようもない。

 

 けれど、ジグは今回に限って、喧嘩を売ってくることは無かった。


「……いいだろ、別に。そんなことより、教えてくれないか。何があったのか、軍曹を見て、何を思ったのか」

「見たんですね、あの時のこと」


 どうやら、オーランド軍曹を見て、グレン小隊長を連想していた時のことを見られていたらしい。

 ジグは寝返りも打たず、天井を見たまま続ける。


「……ああ。なんか、ただ事じゃねぇ顔してたから」


 その言い方は、いつもの軽口とは違っていた。

 わたしは毛布を握る指先をゆっくりほどき、呼吸を整える。


「別に、大したことじゃありませんよ」


 声は思ったよりも平静に出た。

 けれど、ジグはすぐには引き下がらない。


「大したことじゃねぇなら、あんな顔しねぇだろ」


 淡々とした口調なのに、妙に刺さる。

 わたしは視線を落とし、寝床の縁を指でなぞった。


「……軍曹の背中が、少し似ていただけです」

「誰に」

「誰でも」


 即答したのに、言葉の重さだけが残った。

 ジグは短く息を吐く。


「そっかよ」


 それ以上は聞かないらしい。けれど、沈黙はさっきよりもずっと近くに感じた。

 ジグが寝床の上で体勢を変える。布が軋む音が、やけに大きく響く。


「……別に、話したくねぇならいいけどよ」


 その言い方は、投げやりでも優しさでもなく、ただ不器用な距離感のままだった。

 わたしは毛布を胸元まで引き寄せ、目を閉じる。


「気にしないでください。もう終わったことですから」


 そう言った瞬間、胸の奥で何かがわずかに揺れた。

 ジグは返事をしなかった。ただ、寝息でもない浅い呼吸だけが、静かなテントの中に漂っていた。







「……いつか、話します。だから、死なないでください」

 

 


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