今後
「はぁ……はぁ……」
「結構頑張ったな。初めてにしては、良い方だぞ」
気づいたら、日が暮れていた。
あれからは、ずっと盾を貼り続け、魔力が尽きたら走り込み、走り込みが終わったら、時間経過で回復した魔力を使って盾の訓練というサイクルを続けていた。
この訓練は、魔力だけではなく、体力や集中力なども削られる訓練であり、今までした訓練の中でも、上位に近いほどのキツさだった。
……ただ、途中に飲まされた魔力を回復させる薬が、身体に悪そうな雰囲気をしていたことが、気になるのだが。
「あれって……飲んで大丈夫だったものなんですか?」
「ああ、あの薬のことか。グレンのところに居たんなら、知らなくて当然だよな。アレは魔力を回復させる薬で、主に魔導隊や衛生兵が使用している物だぞ」
「そんなものがあったんですか……。便利ですね」
今思えば、うまく適正ごとに分かれているよう気がする。
オーランド軍曹が率いる小隊は、魔力の盾を扱う兵が集まり、話を聞く限りアリサ軍曹は魔導隊を率いているのだろう。
それに対して、グレン小隊長の率いる兵士は、あまり魔法を使っていなかった。もちろん、使っている人もいたのだが、補助的に使う程度であり、魔力切れになった人は見たことが無い。
良くも悪くも、グレン小隊長の下には、魔法の才能が無かった人が集まっていたのだろう。
その代わり、身体能力や武器の扱いが優れていたんあと思う。そうでなきゃ、あの戦場で生き残れるはずが無いんだから。
「だが、あの薬には依存性があるから、あまり飲みすぎるなよ」
「……依存性、ですか?」
わたしは思わず顔を上げた。
あの独特の苦味と、喉の奥に残る妙な熱さ。身体に悪そうだと思ったのは、あながち間違いではなかったらしい。
「ああ、そのせいで、俺たちは新兵時代か、よほどの時しかアレを使わん。衛生兵は、よく使っているらしいがな」
「……黙って、それを飲ましたんですか?」
「ははっ。悪い、許せ。一本程度じゃ、そこまで害は無いから、安心していい」
「はぁ、分かりましたよ」
オーランド軍曹は、少し杜撰な人らしい。別に、文句があるわけでもないし、グレン小隊長もそういうところがあったから、気にしているわけでもないんだけど、頭に入れておくべき情報だろう。
「はぁ……はぁ……終わりましたよ、オーランド軍曹」
すると、わたしと同じ訓練をしていたジグが肩で息をしながら近づいてきた。
顔は汗でぐしゃぐしゃで、髪も額に張りついている。さっきまでの喧嘩腰の雰囲気はどこにもなく、ただひたすらに疲れ切った少年の顔だった。
「お、ジグも終わったか。なら、今日の訓練はこれで終わりだ。さっさと飯を食いに行こうぜ」
それを見て、オーランド軍曹は頷き、すぐに配給所へと向かい始めた。
訓練のせいで、身体が重く、もう少し横になっていたかったが、そうする時間もくれないらしい。さっさと立ち上がって、オーランド軍曹についていかないと。
「ジグ、いつまで横になっているんですか? 早くいかないと食べ物が無くなりますよ」
「俺は……お前と、違って……今、横になった……ばかり、なんだ!」
「そうですか、置いてきますね」
「おい、待て……バカ女」
疲れ切って、地面で横になっているジグを置いて、わたしも配給所へと向かい始める。
背後で、ジグの怒っている声が聞こえるが、聞くつもりも無い。
わたしはそのまま歩き続け、夕暮れの訓練場を後にした。
足は重く、身体のあちこちがだるい。でも、配給所の灯りが見えてくると、ほんの少しだけ気持ちが軽くなる。
今日の訓練は本当にきつかった。けれど、終わったという事実だけで、少しだけ救われる。
「お、来たか。ジグはどうしたんだ?」
「寝てるんじゃないんですか」
配給所に着いた時には、もうオーランド軍曹が温かいスープを食べていた。
そして、その横には二つのスープが置いており、そのうちの一つを、わたしに差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「気にすんな。ただ、ジグの分は冷えちまいそうだな」
「はぁ……はぁ……いますよ、ここに」
びっくりした。いつの間にか、背後にジグが立っていて、明確に怒りをわたしに向けていた。うーん、何でだろうか。わたしは、別に恨まれrうようなことをしていないはずなのに。
「いつの間に。ずっと寝てるかと思いましたよ」
「おまえな、俺を舐めすぎなんだよ。あと、その形ばかりの敬語をやめろ、気蜀悪い」
「はぁ、仲がいいな。二人とも」
オーランド軍曹が呆れたように笑った。
その一言で、わたしもジグも同時に顔をしかめる。仲がいいなんて、そんなわけがない。少なくとも、わたしはそう思っている。
「まあ座れ。あれだけ訓練したんだ、疲れているだろう?」
「そう、ですね」
わたしたちは、おとなしくオーランド軍曹の側に座り、温かいスープを受け取る。
器を両手で包むと、じんわりとした熱が指先から腕へと広がっていき、疲れ切った身体に、その温かさが染みていった。
「ほら、食え。冷める前にな」
「いただきます」
スープを一口すすると、疲れが少しだけ溶けていく気がした。
味は特別おいしいわけではない。でも、今のわたしには十分すぎるほどのご馳走だった。
隣では、ジグがまだぶつぶつと文句を言いながらスープをすすっている。
怒っているのか、疲れているのか、よく分からない顔だ。けれど、その表情はさっきまでの喧嘩腰とは違っていた。
「……おまえ、ほんと置いてくとか性格悪いよな」
「初対面で喧嘩を売ってくる方が悪い」
「その分絞められたんだからノーカンだろ」
「肘打ちしてきたんだから、それと相殺してる」
ただ、口喧嘩はし続けていたけど……
「おまえらなぁ、よく喧嘩してて飽きねぇな」
「……アリサ軍曹と、喧嘩してませんでしたか?」
わたしたちを見て、オーランド軍曹が呆れてくるもんだから、ちょっとだけ反撃してしまう。
いくらわたしたちの喧嘩がくだらない物だとしても、オーランド軍曹もアリサ軍曹と上官の前で喧嘩し続けていたのだから、このくらいの反撃はしていいはずだ。
「いいや、俺とアリサの喧嘩は、おまえらみてけなじゃれ合いじゃない。アレは本気で喧嘩してんだよ」
「……俺らも本気で喧嘩してるんですけど」
ジグがむすっとした顔で言い返す。けれど、オーランド軍曹には、その顔が面白かったのか、思いっきり笑い始めた。
わたしも、ジグと同じ意見だったせいで、ジグがオーランド軍曹に笑われたことは、かなり不服だ。上官だから、喧嘩を売ることは出来ないけど。
「はははっ、やっぱり面白れぇな。おまえら。ま、この話はここまでにしようぜ。どうせ、同じことの繰り返しだからな」
「そうですね……不服ですけど」
「何を話そうか……あぁ、これからのことについて話すか」
オーランド軍曹は、さっきまでの笑顔から真剣な表情へと変わった。
その変化は急ではないのに、空気が一気に張り詰める。わたしもジグも、思わず背筋を伸ばしてしまう。
「ジグには言ったかもしれねぇが、ここに居るのはあと三日だけ。それが終わり次第、俺たちが殿となって、ここから撤退する」
「撤退、ですか?」
「ああ、今はこの都市に住んでいた民間人が、首都の方へと撤退していて、それが終わるのが三日後くらいだからな。本来は、それよりも先に、あの古くせぇ帝国どもが攻めてくると思ったんだが、グレンのおかげで時間を稼げた」
軍曹の声は淡々としているのに、その内容は重かった。
民間人の撤退、それは今の状況では、この都市を守り切れないというどうしようもない事実を証明していることであり、この国は未だ危険な状態になっているということだった。
待って、今……知らない単語が……。
「あの……帝国って何ですか?」
その質問に、オーランド軍曹は驚いたように、わたしの方を見る。そして、すぐにジグの方を見たのだが、ジグもわたしと同じような表情をしていて、帝国と言う言葉を聞いたところが無いようだった。
そして、オーランド軍曹は、私達の反応を見た後、深くため息をついた。呆れたというより、どこか納得したような表情だった。
「……おまえら、本当に知らねぇのか。」
「知らないです。」
「聞いたこともないです。」
わたしとジグは同時に答えた。
軍曹はしばらく無言で二人を見比べ、それから頭をかいた。
「なるほどなぁ、今は戦うことだけしか教えられねぇのか。兵士不足と聞いたが、ここまでだったとは。帝国ってのは、敵国のことだ。あそこの正式名称は、スレブルク帝国って名前で、未だ皇帝制の古くせぇ国なんだよ」
そんなこと、初めて聞いた。
でも、そんな国がわたしたちの国よりも優れた銃を開発したのは、皮肉なもんだなって思ってしまう。
「この国は、大統領制でしたっけ?」
「お、それは知ってんだな。選挙権は、ニ十五歳以上の男に渡されてる」
「ジグ、理解してる?」
「……いや、まったく」
わたしに選挙権が無くて、将来コイツが選挙権を手に入れると思うと、ほんと腹立つな。ま、この時代で、この状況だと、ジグのような人が生まれるのは当然のことだと思うけどな。
「他の国って、どんな感じなんですか?」
「お、セラはそう言うのに興味があるのか。いいぞ、教えてやる。ジグも聞いとけ」
「えぇ、寝たいんですけど」
ジグは嫌そうな顔をしていたが、わたしたちは、オーランド軍曹から世界の国々について教えてもらった。
その話を聞いて、いつか他の国に行ってみたいなと思ってしまう。もちろん、前世とは違って、今の時代の人々が、そう簡単に他国へと行けないことは理解しているし、一緒に行く人がいないことなんて分かり切っているけど、その思いだけは本物だった。
(まぁ、戦争が終わる日まで生き残れるイメージなんて無いんだけどさ)




