配属
「へぇ、やるじゃねぇか」
わたしを見て、オーランドと呼ばれていた男が呟いた。
先ほど、この男はわたしに向けて、銃弾を発砲した。いつもの勘が働いてくれたおかげで、わたしは何とか魔力の盾をはり、それを防ぐことが出来たのだが、それが少しでも遅れていれば、間違いなくわたしの身体に命中していただろう。
「オーランド! 貴様、何をしている!」
それを見て、ダズ少将が怒号を飛ばした。
その時の彼の目は、尋常ではなかった。深い皺の奥に宿る光は、戦場で部下を守り続けてきた指揮官のそれであり、同時に、グレンの部下を傷つけることを許さないという、もっと個人的な怒りでもあった。
けれど、オーランドは飄々とした様子で言い返す。
「ただのゴム弾ですよ、当たったところで死にはしない」
「死なないからと言って、何をしてもいいというわけではない。貴様も、軍規を理解しているだろう!」
「軍規ですか。今の状況では、俺を殺せないでしょうに」
「貴様……」
「はぁ、グレンといい、オーランドといい、何で軍規を軽視しているのか……。怪我は無いか? 悪かったな、この馬鹿が勝手なことをして」
そんなオーランドの様子に、ダズ少将がより怒りを募らせ、アリサと呼ばれていた女性が、呆れながらわたしのことを気遣ってくる。
これらは一瞬のことであり、わたしの意識が付いて行けず、茫然と茫然と立ち尽くしてしまった。
耳に入ってくる声は確かに聞こえているのに、どこか遠い。
怒鳴り声も、呆れた吐息も、心配する声も――全部が混ざって、頭の中で反響していた。
「それにしても、お前さん、その歳で盾を作れるとは、中々の逸材だな。グレンにでも習ったのか?」
「え、あ……いえ、死にそうだったから、見よう見まねで……」
「見ただけでか! すげぇな! 魔力量が少ねぇのが玉に瑕だが、鍛えれば俺の部下ぐらいには使えそうだ!」
ダズ少将の怒りを受け流し、オーランドが話しかけてくる。
その目に、罪悪感などが含まれていないところが、少しだけ癪だけど、わたしの立場では、言い返すことすら出来ない。階級の差とは、そういうモノなのだ。
「しかも、反射神経……いや、勘が鋭いと来た! ダズ少将、コイツ貰っていいか?」
「え?」
思わず声が漏れた。わたしだけでなく、アリサもレン伍長も、そしてダズ少将までもが一瞬固まった。
その中心で、オーランドだけが本気とも冗談ともつかない顔でわたしを指している。
「おい、オーランド……貴様、何を言っている?」
ダズ少将の声は低く、怒りを押し殺したような響きだった。
「いやだって、見ただけで盾を作れて、銃弾を弾けて、勘も鋭い。こんな逸材、放っとくのはもったいねぇだろ? うちの隊ならもっと伸ばせるぜ。それに、グレンが死んだから、今はまだ浮いてるだろ」
「……レンのところに任すつもりだったのだが」
「つもりだろ? それなら、今はフリーってわけだ。これからよろしくな」
オーランドが、わたしに対して手を差し伸べてくる。何が起きているのか分からない、頭が追いつかない。
けれど、その勢いに押されてしまって、ついその手を掴もうとしてしまった。
――その瞬間。
「だーめ」
誰かが、わたしを後ろから抱き上げて、オーランドの手の届かない位置へと引き寄せた。
視界がふっと揺れ、足が床から離れる。
「えっ!?」
驚いて振り返ると、そこにはアリサと呼ばれていた女性が、わたしの身体を持ち上げていた。
「ちょ、ちょっとアリサさん!? お、下ろして――」
「だめだってば。えーっと、名前は……レン、教えて」
「……セラさんですよ」
「セラ! いい名前だね! 君は、私の部隊に入るべき人材なんだから、あんな盾馬鹿のところに行っちゃだめだよ!」
アリサは、目を輝かせて、わたしのことを見上げてくる。
いや、それだけじゃない。アリサは、私のことを持ち上げたまま、くるくると回転してくる。そのせいで、目が回ってきて、視界がぐらぐらと揺れ、頭の中の重心がどこにあるのかすら分からなくなっていく。
アリサは楽しそうに笑っているのに、わたしは必死に彼女の肩にしがみつき、落ちないようにするだけで精一杯だった。
「ちょ、ちょっとアリサさん、本当に……ま、回って……!」
「アリサちゃんは軽いねー、もっと食べて身体を大きくしないと」
「待てアリサ! お前は、魔導隊だろ! セラを入れるメリットなんて無いはずだ!」
オーランドが声を荒げた瞬間、アリサはぴたりと動きを止めた。わたしを抱えたまま、くるりとオーランドの方へ顔だけ向ける。その表情は、さっきまでの無邪気な笑顔とは違い、どこか呆れと怒りが混ざったような、鋭い視線だった。
「メリット? はぁ? あるに決まってるでしょ」
アリサはわたしを抱え直し、片腕で支えながら、もう片方の手でオーランドを指さした。
「セラの話をちゃんと聞いたの? グレンが最後の突撃の時に、遠くから狙撃されたって。おそらく、スレブルクは新型の銃を開発してる。うちは、盾魔法が苦手な人が多いから、敵から見れば、格好の的なんだよ」
その顔に、さっきまでの笑顔ではない。部下を率いる立場の人間として、相応しい顔つきに変わっていた。
アリサの声は明るさを残しながらも、芯の部分だけが鋭くなっていて、わたしを抱えた腕にも、さっきまでとは違う緊張が宿っているのが分かった。
「今から盾魔法を鍛えるとしても、かなりの時間が掛かる。そんなことをするくらいなら、セラを入れて、戦闘に使えるレベルで鍛えた方が早いよ。私達に時間が無いことくらい、君でもわかるでしょ」
「それはそうだが、どうやって鍛えるんだ? お前の隊は、盾魔法を鍛える環境が整っていないと思うんだが」
「そんなの、あんたの隊で鍛えて貰ったらいいだけでしょ。私のためにセラを鍛えて、私のためにセラを差し出して」
「てめぇ、ふざけんなよ!」
オーランドの声が一段低くなり、空気がぴりりと張り詰めた。
オーランドとアリサ、その二人の言い合いは、お互いに自分のことだけしか考えてなく、常に平行線で、どちらも一歩も引く気配がなかった。
アリサはわたしを抱えたまま睨み返し、オーランドは拳を握りしめて歯ぎしりし、二人の間に火花が散っているのが見えるようだった。
……そして、この間も、わたしはアリサにずっと抱えられている。
「れ、レン伍長……」
「すみません、私にはどうすることも出来なくて……」
近くでわたしを見ていたレン伍長に助けを求めたが、レン伍長は目を逸らして、わたしのことを見捨てた。きっと、オーランドとアリサに関わりたくなかったのだろう。この薄情者。
けれど、そんなことを思ったところで、事態は好転しない。どうにかして、この局面を切り抜けないと……
そう思った、時だった。
「ここがどこだか、分かっているのだろうな?」
ダズ少将の、低く、地を這うような声が響いた。その声は怒鳴り声ではないのに、アリサとオーランドの言い合いを一瞬で凍らせるほどの重みを持っていた。空気が変わった。
さっきまで火花を散らしていた二人でさえ、反射的に背筋を伸ばす。
「少将である儂の前で、そのような言い争いをするとは、なんとも嘆かわしい。ここは、儂の指示に従ってもらうぞ。セラも、それでよいか?」
静かで、淡々としているのに、逃げ場のない声だった。アリサもオーランドも、首根っこを掴まれたように動きを止め、ダズ少将の言葉を待っていた。
「は、はい……」
「それなら、セラの配属について決めるぞ。――アリサ、お前の部隊で、セラを運用しろ。ただし、その前に、オーランドの元で、盾魔法について学ばせろ」
「あっ」
「は?」
アリサとオーランドの声が、まったく同じタイミングで重なった。
アリサはわたしを抱えたまま固まり、オーランドは眉をひそめて少将を睨む。アリサの要望が全て通った形に、思考が追いついていないのがはっきり分かった。
「なんで、そんなことを俺が――」
「儂の決定だ、黙って従え。それに、理由もある。お前たちは、まだ新型の銃に対応できるだろう。だが、魔導隊はどうだ? グレンの腕を遠距離から狙撃した銃から身を守れるとは思えん。魔導隊は、良くも悪くも攻撃特化の隊だ。盾を用意するのは当然のことだろう?」
ダズ少将の声は静かだった。静かだったのに、胸の奥にずしりと響く重さがあった。
「だからこそ、セラを魔導隊に置くのは理に適っている。だが、未熟なまま放り込めば、守るどころか死ぬだけだ。まずは盾魔法を鍛えねばならん」
ダズ少将はオーランドを鋭く見据える。
「盾魔法の訓練環境があるのは、お前の隊だけだ。突撃隊は常に前線に立つ。盾の重要性も、盾の使い方も、誰より理解している。セラを鍛えるには最適だ」
「……ちっ」
オーランドは舌打ちを飲み込み、悔しそうに視線を逸らした。
「分かりましたよ、これ以上粘るのも、グレンの奴に叱られそうだし、その命令に従います」
そう言って肩をすくめると、オーランドはようやく拳をほどき、わたしから視線を外した。
その瞬間、張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
アリサはわたしを抱えたまま、ほっとしたように息を吐いた。
けれど、すぐにダズ少将の鋭い視線が向けられる。
「アリサ。そろそろセラ伍長を下ろせ。話が進まん」
「……はーい」
アリサは名残惜しそうにわたしをゆっくりと地面へ降ろした。
足が床に触れた瞬間、ようやく世界が安定した気がして、思わず膝が震える。
そして、レン伍長が慌てて駆け寄ってきた。
「セラさん、大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫……です……」
声が震えていたのは、回されすぎたせいか、緊張のせいか、自分でも分からなかった。
ダズ少将は全員を見渡し、短く頷いた。
「よし。これで決まりだ。セラは一時的にオーランド隊で盾魔法を学び、その後アリサ隊で運用する。異論は認めん」
こうして、わたしの行き先は強制的に決まり――同時に、逃げ場のない未来が静かに形を成し始めていた。




