ダズ少将
あれから数日が経った。疲労も、怪我の痛みも消え、いつも通り動けるようになった。
衛生兵は、わたしの身体を診て、妊娠が出来ない可能性が高いと申し訳なく告げたが、その機能は戦いに何の関係も無いのだから、どうでもいい。
そして――
「ごめんなさい。こんなことになってしまって」
「大丈夫ですよ。これも、わたしの役目だと思っていますから」
わたしはレン伍長に連れられて、臨時指令所へ向かっていた。崩れかけた建物の一角を無理やり使って作られた場所で、軍の偉い人たちが集まっているらしい。
どうやら、レン伍長の祖父であるダズ少将もそこにいて、グレン小隊長の死について、詳しく知りたがっているのだという。
偉い人たちに話すのは、少しだけ緊張するが、別に嫌だとは思っていない。
何故なら、グレン小隊長の死について話すのは、わたし自身のしたいことでもあり、同時に責務にもなっているからだ。
「ここです、準備は出来ていますか?」
「はい、いつでも」
指令所の前に立ち、己の為すべきことを胸の奥でそっと確かめる。
グレン小隊長の死を語るのは、つらい。けれど、それを伝えられるのは、あの場にいたわたしだけだ。
レン伍長が扉をノックすると、内側から短い返事が返ってきた。
「入れ」
低く、よく通る声だった。命令というより、覚悟を促すような響きがある。
レン伍長が扉を押し開けると、薄暗い室内に、地図と書類が散乱した机がいくつも並んでいた。
そして、そこには三人の軍人がいた。
一人は、中央の椅子に座っている白髪混じりの壮年の男。深い皺と鋭い眼光を持ち、軍服の肩章には少将の階級章が光っている。
二人目は、グレン小隊長を思い出させるような、筋肉質で背の高い男だった。グレン小隊長よりは、少し歳を取っていそうだったが、同じように戦場で鍛えられた身体つきをしている。
三人目は、炎のような赤い髪の毛の女性。女性でありながらも、平均的な成人男性くらいの伸長であり、その姿から、ただの後方勤務ではないことがすぐに分かった。
「おまえか、グレンの死を見届けたのは」
すると、中央の男が、わたしに話しかけて来た。その声は、低く、深く、そして言葉に出来ないほどの重圧があった。
(あっ)
そのせいで、無意識のうちに、一歩だけ後退してしまう。
でも、何とか、その一歩だけで踏みとどまった。歯を食いしばり、拳を握りしめて、わたしは男と目を合わせる。
「……はい。わたしが、グレン小隊長に最後まで付き従った者です」
声に震えはなかった。
けれど、胸の奥では心臓が強く脈打っているのが分かる。それでも、わたしは目を逸らさなかった。
ダズ少将は、わたしの返答を聞いても表情を変えなかった。
ただ、深い皺の刻まれた目で、じっとわたしを見つめ続ける。
「……そうか、それなら、何故お前は生きている?」
「何故、とは?」
「グレンほどの男が死んだ状況で、お前が生きてこられるとは思えない。もしや、アイツを見捨てて逃げたのではなかろうな?」
ダズ少将が、わたしのことを睨みつけてみる。いくら歳を取っていたとしても、長年の鍛えられた眼光は鋭く、その視線だけで胸の奥がひりつくほどだった。
けれど、その問いに対する答えは、もう用意してある。
「グレン小隊長が死ぬほどの状況で、わたしが役に立つと思いますか?」
「……無理だな。アイツが死ぬ状況で、お前が役に立つとは到底思えん」
「それなら、わたしは一緒に戦えません。駒得になって死ねと命じられていますから」
そうだ、わたしは駒得になって死ぬことしか許されていないのだ。
グレン小隊長自身が、そう言ったのだから。
その言葉を聞いた瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。
筋肉質の男が、腕を組んだまま目を細める。
赤髪の女性は、わずかに顎を引き、何かを察したように視線を落とした。
レン伍長は、隣で拳を握りしめたまま、息を呑んでいる。
そして――ダズ少将。
彼の表情が、初めてわずかに動いた。
驚きでも怒りでもない。あの男らしいとでも言いたげな、深い皺の奥に沈んだ痛みの色だった。
「はぁ、これだからあの馬鹿は……。まあいい、お前の言葉を信じよう。悪かったな、疑ったりして」
ダズ少将が頭を下げてくる。
わたしは思わず息を呑む。少将という立場の人間が、兵士一人に頭を下げるなど、本来あり得ない。なのに、そんなことをするなんて……
「あの、ダズ少将にとって、グレン小隊長は何だったんですか?」
思わず、そんな質問をしてしまう。
本来なら、わたしのような普通の兵士が、少将のような人物に質問することは許されないだろう。でも、つい――どうしても知りたくて、口にしてしまったのだ。
すると、ダズ少将は、わたしのことを責めたりせず、静かに口を開いた。
「……馬鹿だ、大馬鹿者だ。戦い方を何度も戒めたというのに、一向に変えなかった馬鹿な部下だ」
ダズ少将はそう言いながら、わずかに目を伏せた。
その表情は、叱責の言葉とは裏腹に、どこか懐かしさと痛みが混ざっていた。
「命を粗末にするなと何度も言った。だが、あいつは戦争に勝つことしか考えてなかった。あの大馬鹿者のことだ、儂たちと別の場所を見据えてたのだろう。常に生き焦っておったよ」
見間違いかもしれないけど、ダズ少将の目に涙が浮かんでいるように見えた。
その涙は、決して大げさに流れるものではない。戦場で長く生きた者が、どうしても抑えきれなかった、にじみのような涙だった。
「なぁ、教えてくれないか。グレンが、どうして死んだのか」
「はい、全部話します。あの時に見たものを、すべて」
そうして、わたしはグレン小隊長が、何を成し遂げたのかを話した。
たった一人で、森の中の敵を殲滅しようとしていたことも、麻酔無しで仮縫いを耐え続けていたことも、そして――たった一人で、敵の指揮官を殺したことも。
話しながら、胸の奥が何度も締めつけられた。
あの時の光景が、鮮明に蘇る。血の匂いも、土の感触も、グレン小隊長の大きな背中も。
そして――
「そうか、あの大馬鹿者は、とうとうそこまで頭かイカれてしまったのか。……そして、あの大馬鹿者のおかげで、今この瞬間があると言うのか」
ダズ少将は、ゆっくりと椅子の背にもたれかかった。その動きは重く、まるで長い年月の疲労が一気に押し寄せたかのようだった。
深い皺の刻まれた目が、机の上の地図をぼんやりと見つめる。だが、その視線は地図のどこにも焦点を合わせていなかった。
彼の意識は、今この場ではなく――かつて共に戦った狂鬼の背中に向いていた。
「オーランド、アリサ、あの馬鹿のことをどう思う」
「はっ、アイツらしい最後だと思いますよ。俺の親友なだけはある」
「……はぁ、向こうは親友だと思ってなかったでしょ。まぁ、私も同意見ではあるんだけど。……ああいう所に、憧れたんだし」
オーランドやアリサと呼ばれた人たちが、れぞれの想いを口にしたあと、室内には短い沈黙が落ちた。
その沈黙は重かったが、決して気まずさではなかった。
むしろ――グレン小隊長という存在の大きさを、全員が噛みしめているような静けさだった。
「あの……」
その重みに耐えきれなくて……それと、これもしなくてはならないことだと思ってたから、わたしは意を決して口を開いた。
オーランドもアリサも、わたしの声に反応してこちらを見る。
レン伍長は、驚いたように目を瞬かせた。ダズ少将は、深い皺の刻まれた目をゆっくりとわたしへ向ける。
「これは……グレン小隊長から唯一受け取った物です」
わたしは、グレン小隊長から受け取っていた剣を、ダズ少将に渡した。
「それは……アイツの剣か」
低く、深く、胸の奥から絞り出すような声だった。
「くそっ、アイツめ……軍曹に昇格した時に送った物を、まだ使っていたとはな」
ダズ少将は、剣を受け取ったまま、しばらく動かなかった。
その手は大きく、戦場で幾度も武器を握ってきたはずなのに、今はまるで壊れ物を扱うように、そっと、慎重に剣を包み込んでいた。
「これだから、アイツは……。む、少し欠けているな」
「あっ」
思わず声が漏れた。その欠けは、グレン小隊長ではなく、わたしがつけてしまったモノだったから。
ダズ少将は、剣の刃先に指を添え、わずかに目を細めた。
「この傷は……銃弾でも弾いたか? だが、グレンはその程度のことで剣に傷をつけないはずだが……」
「それは……わたしがつけてしまったモノで……」
言った瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。
だが、ダズ少将は――怒鳴りもせず、責めもしなかった。
剣の刃先に添えていた指をそっと離し、ゆっくりとわたしの方へ視線を向ける。
「どういうことだ?」
その言葉には、怒りが含まれていなかった。
だから、わたしは口を開くことが出来たのだ。……恐る恐るではあったのだが。
「その傷は……わたしが撤退している時に、銃弾を弾くのに使ったせいで……出来てしまって」
「銃弾を弾く……お前がか?」
「は、はい……。わたしの魔力では、盾で一回しか防げなかったので……」
その言葉を聞いて、ダズ少将が目を見開いた。深い皺の奥に宿る光が、驚きと、信じられないという色に揺れる。
そして、手が止まり、呼吸が半拍だけ遅れた。それでも、口を開こうとする――その前に
銃声が鳴った。
とうとう五十話を超えました!
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