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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
二章

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ダズ少将

 あれから数日が経った。疲労も、怪我の痛みも消え、いつも通り動けるようになった。

 衛生兵は、わたしの身体を診て、妊娠が出来ない可能性が高いと申し訳なく告げたが、その機能は戦いに何の関係も無いのだから、どうでもいい。


 そして――


「ごめんなさい。こんなことになってしまって」

「大丈夫ですよ。これも、わたしの役目だと思っていますから」


 わたしはレン伍長に連れられて、臨時指令所へ向かっていた。崩れかけた建物の一角を無理やり使って作られた場所で、軍の偉い人たちが集まっているらしい。

 どうやら、レン伍長の祖父であるダズ少将もそこにいて、グレン小隊長の死について、詳しく知りたがっているのだという。


 偉い人たちに話すのは、少しだけ緊張するが、別に嫌だとは思っていない。

 何故なら、グレン小隊長の死について話すのは、わたし自身のしたいことでもあり、同時に責務にもなっているからだ。


「ここです、準備は出来ていますか?」

「はい、いつでも」


 指令所の前に立ち、己の為すべきことを胸の奥でそっと確かめる。

 グレン小隊長の死を語るのは、つらい。けれど、それを伝えられるのは、あの場にいたわたしだけだ。


 レン伍長が扉をノックすると、内側から短い返事が返ってきた。


「入れ」


 低く、よく通る声だった。命令というより、覚悟を促すような響きがある。

 レン伍長が扉を押し開けると、薄暗い室内に、地図と書類が散乱した机がいくつも並んでいた。


 そして、そこには三人の軍人がいた。

 一人は、中央の椅子に座っている白髪混じりの壮年の男。深い皺と鋭い眼光を持ち、軍服の肩章には少将の階級章が光っている。

 二人目は、グレン小隊長を思い出させるような、筋肉質で背の高い男だった。グレン小隊長よりは、少し歳を取っていそうだったが、同じように戦場で鍛えられた身体つきをしている。

 三人目は、炎のような赤い髪の毛の女性。女性でありながらも、平均的な成人男性くらいの伸長であり、その姿から、ただの後方勤務ではないことがすぐに分かった。


「おまえか、グレンの死を見届けたのは」


 すると、中央の男が、わたしに話しかけて来た。その声は、低く、深く、そして言葉に出来ないほどの重圧があった。


(あっ)


 そのせいで、無意識のうちに、一歩だけ後退してしまう。

 でも、何とか、その一歩だけで踏みとどまった。歯を食いしばり、拳を握りしめて、わたしは男と目を合わせる。


「……はい。わたしが、グレン小隊長に最後まで付き従った者です」


 声に震えはなかった。

 けれど、胸の奥では心臓が強く脈打っているのが分かる。それでも、わたしは目を逸らさなかった。


 ダズ少将は、わたしの返答を聞いても表情を変えなかった。

 ただ、深い皺の刻まれた目で、じっとわたしを見つめ続ける。

 

「……そうか、それなら、何故お前は生きている?」

「何故、とは?」

「グレンほどの男が死んだ状況で、お前が生きてこられるとは思えない。もしや、アイツを見捨てて逃げたのではなかろうな?」


 ダズ少将が、わたしのことを睨みつけてみる。いくら歳を取っていたとしても、長年の鍛えられた眼光は鋭く、その視線だけで胸の奥がひりつくほどだった。

 けれど、その問いに対する答えは、もう用意してある。


「グレン小隊長が死ぬほどの状況で、わたしが役に立つと思いますか?」

「……無理だな。アイツが死ぬ状況で、お前が役に立つとは到底思えん」

「それなら、わたしは一緒に戦えません。駒得になって死ねと命じられていますから」


 そうだ、わたしは駒得になって死ぬことしか許されていないのだ。

 グレン小隊長自身が、そう言ったのだから。


 その言葉を聞いた瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。


 筋肉質の男が、腕を組んだまま目を細める。

 赤髪の女性は、わずかに顎を引き、何かを察したように視線を落とした。

 レン伍長は、隣で拳を握りしめたまま、息を呑んでいる。


 そして――ダズ少将。


 彼の表情が、初めてわずかに動いた。

 驚きでも怒りでもない。あの男らしいとでも言いたげな、深い皺の奥に沈んだ痛みの色だった。


「はぁ、これだからあの馬鹿は……。まあいい、お前の言葉を信じよう。悪かったな、疑ったりして」


 ダズ少将が頭を下げてくる。

 わたしは思わず息を呑む。少将という立場の人間が、兵士一人に頭を下げるなど、本来あり得ない。なのに、そんなことをするなんて……


「あの、ダズ少将にとって、グレン小隊長は何だったんですか?」


 思わず、そんな質問をしてしまう。

 本来なら、わたしのような普通の兵士が、少将のような人物に質問することは許されないだろう。でも、つい――どうしても知りたくて、口にしてしまったのだ。

 

 すると、ダズ少将は、わたしのことを責めたりせず、静かに口を開いた。


「……馬鹿だ、大馬鹿者だ。戦い方を何度も戒めたというのに、一向に変えなかった馬鹿な部下だ」


 ダズ少将はそう言いながら、わずかに目を伏せた。

 その表情は、叱責の言葉とは裏腹に、どこか懐かしさと痛みが混ざっていた。


「命を粗末にするなと何度も言った。だが、あいつは戦争に勝つことしか考えてなかった。あの大馬鹿者のことだ、儂たちと別の場所を見据えてたのだろう。常に生き焦っておったよ」


 見間違いかもしれないけど、ダズ少将の目に涙が浮かんでいるように見えた。

 その涙は、決して大げさに流れるものではない。戦場で長く生きた者が、どうしても抑えきれなかった、にじみのような涙だった。


「なぁ、教えてくれないか。グレンが、どうして死んだのか」

「はい、全部話します。あの時に見たものを、すべて」


 そうして、わたしはグレン小隊長が、何を成し遂げたのかを話した。

 たった一人で、森の中の敵を殲滅しようとしていたことも、麻酔無しで仮縫いを耐え続けていたことも、そして――たった一人で、敵の指揮官を殺したことも。


 話しながら、胸の奥が何度も締めつけられた。

 あの時の光景が、鮮明に蘇る。血の匂いも、土の感触も、グレン小隊長の大きな背中も。


 そして――


「そうか、あの大馬鹿者は、とうとうそこまで頭かイカれてしまったのか。……そして、あの大馬鹿者のおかげで、今この瞬間があると言うのか」


 ダズ少将は、ゆっくりと椅子の背にもたれかかった。その動きは重く、まるで長い年月の疲労が一気に押し寄せたかのようだった。

 深い皺の刻まれた目が、机の上の地図をぼんやりと見つめる。だが、その視線は地図のどこにも焦点を合わせていなかった。

 彼の意識は、今この場ではなく――かつて共に戦った狂鬼の背中に向いていた。


「オーランド、アリサ、あの馬鹿のことをどう思う」

「はっ、アイツらしい最後だと思いますよ。俺の親友なだけはある」

「……はぁ、向こうは親友だと思ってなかったでしょ。まぁ、私も同意見ではあるんだけど。……ああいう所に、憧れたんだし」


 オーランドやアリサと呼ばれた人たちが、れぞれの想いを口にしたあと、室内には短い沈黙が落ちた。

 その沈黙は重かったが、決して気まずさではなかった。

 むしろ――グレン小隊長という存在の大きさを、全員が噛みしめているような静けさだった。


「あの……」


 その重みに耐えきれなくて……それと、これもしなくてはならないことだと思ってたから、わたしは意を決して口を開いた。

 オーランドもアリサも、わたしの声に反応してこちらを見る。

 レン伍長は、驚いたように目を瞬かせた。ダズ少将は、深い皺の刻まれた目をゆっくりとわたしへ向ける。


「これは……グレン小隊長から唯一受け取った物です」


 わたしは、グレン小隊長から受け取っていた剣を、ダズ少将に渡した。


「それは……アイツの剣か」


 低く、深く、胸の奥から絞り出すような声だった。


「くそっ、アイツめ……軍曹に昇格した時に送った物を、まだ使っていたとはな」


 ダズ少将は、剣を受け取ったまま、しばらく動かなかった。

 その手は大きく、戦場で幾度も武器を握ってきたはずなのに、今はまるで壊れ物を扱うように、そっと、慎重に剣を包み込んでいた。


「これだから、アイツは……。む、少し欠けているな」

「あっ」


 思わず声が漏れた。その欠けは、グレン小隊長ではなく、わたしがつけてしまったモノだったから。

 ダズ少将は、剣の刃先に指を添え、わずかに目を細めた。


「この傷は……銃弾でも弾いたか? だが、グレンはその程度のことで剣に傷をつけないはずだが……」

「それは……わたしがつけてしまったモノで……」


 言った瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。

 だが、ダズ少将は――怒鳴りもせず、責めもしなかった。

 剣の刃先に添えていた指をそっと離し、ゆっくりとわたしの方へ視線を向ける。


「どういうことだ?」


 その言葉には、怒りが含まれていなかった。

 だから、わたしは口を開くことが出来たのだ。……恐る恐るではあったのだが。


「その傷は……わたしが撤退している時に、銃弾を弾くのに使ったせいで……出来てしまって」

「銃弾を弾く……お前がか?」

「は、はい……。わたしの魔力では、盾で一回しか防げなかったので……」


 その言葉を聞いて、ダズ少将が目を見開いた。深い皺の奥に宿る光が、驚きと、信じられないという色に揺れる。

 そして、手が止まり、呼吸が半拍だけ遅れた。それでも、口を開こうとする――その前に



 銃声が鳴った。




とうとう五十話を超えました!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


面白いと思いましたら、感想や☆などをいただけると幸いです。

これからも、どうぞよろしくお願いします。



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