友達
「あと、今どんな状況なのか、教えてくれませんか?」
「暇では無いんだけど……ま、それくらいは話せるかな」
わたしの身体を見終わって、衛生兵がわたしから離れて行こうとした時、ついそんなことを口にしてしまった。
今の状況なんて、レン伍長に聞けばいいのは分かっている。けれど、衛生兵である彼女は、リナの居場所について知っているかもしれないって思ったんだ。
「今のバリエーヌは、かなり危機的状況なんだよ。何故かスレブルクの侵攻が遅くなったから、こうして誰かを治せるほどの余裕が出来たけど、この都市ももう少しで捨てる必要があるんだ。ある程度の兵士はここに集まってるけど、スレブルクの連中と戦うには少なすぎるからね」
衛生兵は淡々と説明しているように見えたが、その声の奥には、どうしようもない焦りと諦めが混ざっていた。
医療者として冷静であろうとしているのに、現実がそれを許していない――そんな声音だった。
「……じゃあ、この都市は……」
「うん。長くは持たない。撤退の準備も始まってるし、負傷者の移送計画も立ててる。でも、全部が間に合うとは限らない。あの一日で、軍の三割以上は死んでしまったからね」
驚きは無かった。
わたしは、敵の戦術をこの身で浴びた。だから、アレを受けて、三割以上の兵士が死んだと聞いても、むしろ――少ない、とすら思ってしまった。
けれど、わたしが知りたいのは、そっちじゃない。
兵士たちの死ではなく、わたしの友達の生死を知りたいんだ。
「あの……リナって衛生兵はいますか? わたしの友達なんですけど」
「リナ? どこの所属か教えてくれない?」
わたしがそう言うと、衛生兵は、わずかに眉を寄せた。
さっきまで淡々としていた彼女の表情が、ほんの一瞬だけ固まる。
「所属……あ、わたしはグレン小隊長って人の下で戦ってたんです。そこの近くの野戦病院で、リナは働いていました」
「あー、あの戦闘狂の。ちょっと待っててね。場所が分かったから調べてくる」
(戦闘狂って……まあ、否定はできないけど、そんな風に思われてたんだ)
そう言えば、あの野戦病院でもグレン小隊長は嫌われていたな。グレン小隊長は、部下のことをちゃんと見ている人ではあったけど、その戦い方は無茶ばっかりだったから死傷者が多かった。
戦果は少なくなるものの、やろうと思えば死傷者はもっと少なくできるはずであり、そういう所が嫌われていたんだろう。
(衛生兵と、わたしたちの常識は違うから、わたしはグレン小隊長のことを嫌ってないんだけどね)
そんなことを思っていると、リナのことについて調べ終えたのか、衛生兵がわたしのところへと戻って来た。
しかし、その顔はあまりにも重く、沈んでいた。
口元は固く結ばれ、目はどこか迷っているようで、わたしを見るのをためらっているようにすら見えた。
「……セラちゃん」
名前を呼ぶ声が、ひどく優しくて、ひどく苦しそうだった。
その声音だけで、胸の奥がざわつく。
「リナのこと、なんだけど……」
「分かりました。言わなくて、大丈夫です」
だから、リナが死んでしまったことを察することが出来たんだ。
「……分かってましたから。撤退している途中に、燃えている野戦病院を見て」
「そうだったんだ……。その……」
衛生兵は言葉を続けようとしたが、喉の奥でつかえたように止まった。
きっと、どのように言葉を掛けたらいいのか分からなかったのだろう。それもそうだ、友人が死んでしまったことを伝えるのは、とても辛い役目なんだから。
(そっか、死んじゃったんだね。リナは)
今までは、わたしの側で、大切な人たちが死に続けた。目の前で、手の届く距離で、わたしが守れなかった人たちが。
でも、今度は違う。わたしが知らないところで、わたしの知らない瞬間に、大切な人が死んでしまった。
その事実は、胸の奥に静かに沈んでいくようで――けれど、沈んでいくほどに、痛みは濃くなっていった。
これはこれで、また違う辛さだ。わたしが何をしていても、どれだけ必死に戦っていても、リナは――その時、わたしのいない場所で死んでいた。
知らないうちに、気づかないうちに、わたしの世界からいなくなっていた。こればかりは、どうしようもない。
「少し一人にさせてくれませんか?」
「診断は終わってるから、少しなら大丈夫だけど……」
「はい、ありがとうございます。友人の死と、向き合いたいので」
「……そっか、何かあったら、呼んでね」
衛生兵は、それだけ言って、今度こそわたしの側から離れていった。
この部屋にいるのは、わたし一人。静かだった。外の喧騒も、負傷者の呻き声も、ここまでは届かない。まるで、世界から切り離されたみたいに。
(……リナ)
名前を呼んでも、返事はない。 その当たり前の事実が、胸の奥をじわりと締めつけた。
わたしはベッドの上で膝を抱え、額を乗せた。
涙は出なかった。泣きたいのに泣けない、そんな空虚な感覚だけが残っていた。
(わたしが戦っている間に……死んじゃったんだ)
その言葉を頭の中で繰り返すたび、胸の奥に沈んでいた痛みが、ゆっくりと形を持ち始める。
ただ、それを……わたしはずっと、噛みしめていたんだ。




