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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
二章

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「うっ……あ……」


 身体が、何かに当たったような気がして、自然と目が覚めた。

 目を開くと、わたしの身体は、川から打ち上げられていて、視界には無数の石と空を覆う枝葉、そして――わたしの腹部から繋がっている、赤い血の線が見えてしまった。


「な、なにこれ……止まらない……」


 血が噴き出しているわけではない。けれど、じわじわと流れ続けていて、止まる気配がない。

 身体の奥がじんじんと熱く、呼吸をするたびに痛みが波のように押し寄せる。


(このままじゃ……まずい……)


 ここには衛生兵もいない。味方の陣地がどこかも分からない。助けを呼ぶ声すら、森に吸い込まれて消えてしまうだろう。……というか、そもそも、近くには味方よりも敵兵がいる可能性の方が高いのだ。大声を出すなんて、絶対にしてはいけない。

 でも、このままでは、わたしは失血死してしまう。それを防ぐためには、何があっても止血しなくてはならず、躊躇っている時間は無いだろう。


 けれど、今のわたしに、止血する方法など……


「あっ……」


 あった。たった、一つだけ。リナたちに教えてもらった、仮縫いという方法が。


 けれど、それは簡単なことでは無い。確かに、針と糸は持っているが、自分の身を自分で縫うなんて、一度もやったことなど無く、そもそも――わたしは、麻酔を持っていない。

 麻酔を使わずに、自分の身体を縫う。普通の医者なら、卒倒するような話だ。


(……でも、わたしには、これしかない)


 喉の奥がひりつく。痛みを想像しただけで、胃がきゅっと縮むような感覚が走る。けれど、この方法しか、わたしが生き残る道は無く、躊躇う時間なんて一度も無い。

 だから、わたしは、一回だけ息を大きく吸って、針と糸を取り出した。


(大丈夫、グレン小隊長だって、麻酔無しだったじゃないか。あの人の部下の一人として、わたしがここで怖がってどうする……)


 覚悟を決めて、皮膚に針を突き刺した。


「――――ッ!?!??!?!?」


 銃で撃たれた時とは違う、生々しい痛みが、意識の奥まで直接叩きつけられる。

 それも、一瞬の痛みではない。針を動かすたびに、鋭い刺激が波のように押し寄せ、身体の奥からじわじわと力を奪っていく。


「っ……は……っ……!」


 全身から脂汗が滝のように流れ出す。手のひらが汗で滑り、針を落としそうになる。

 その震えがまた、わたしの身体に余計な刺激を与え、痛みが跳ね返ってくる。


(こんなのを……グレン小隊長は……)


 グレン小隊長は、麻酔無しで傷を縫ってもらっている時、眉一つ動かしていなかった。

 その時の痛みは、わたしと同じ――いや、もっと深くて、もっと重かったはずなのに、彼は文句ひとつも言わず、わたしが安心して縫えるように、我慢してくれていたのだ。


 その優しさが、痛みと同じくらい身に染みる。

 だから、わたしは、手を動かし続けることが出来たんだ。


「……ッ、ぎ……っ……!」


 痛みに耐えるために歯を強く噛みしめた瞬間、奥歯に鈍い衝撃が走り、口の中に鉄のような味が広がった。

 痛みと緊張で全身が震える。呼吸が乱れ、胸の奥がひりつく。視界の端が揺れ、木々の影が滲んで見える。


 それでも、手を止めるわけにはいかない。

 止まったら、そこで終わってしまう。



 痛い


 痛い痛い

 痛い痛い痛い痛痛い痛い痛い痛いイタイ痛いイタイ痛いイタイ痛いいイタイ痛いイタイ痛いイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ


 痛みが崩れていき、思考が狂気に染まり、何を考えていたのかすら分からなくなる。

 痛みが波のように押し寄せるたび、意識がふっと浮き上がり、世界の輪郭が遠ざかっていく。


 けれど、わたしは手を止めなかった。

 震える手と、痛みのせいで麻痺している思考を、フルスロットルで動かして、この傷を縫い続けたんだ。


 そして――


「おわっ……た……?」


 気づいた時には、傷を縫い終えており、出血が止まっていた。

 その事実が、すぐには理解できなかった。どうやって傷を縫っていたのか、わたしはいつ手を止めていたのか、そのすべては頭の中に残ってはおらず、どこかの誰かが、代わりにやってくれたのではないかと思ってしまう。


 けれど、周りには誰もいない。

 魚も、動物も、虫すらもおらず、今ここに居るのはわたし一人。だから、この傷を縫ったのはわたししかおらず、その事実がようやく胸の奥に落ちてきた瞬間、張り詰めていた何かがぷつりと切れたように、全身から力が抜けてしまった。


(おわったんだ……出来たんだ……)


 達成感や安堵とは違う、言葉では言い表せない感覚が身を包んでいく。

 それは、とっても優しくて、温かく、けれど同時にどこか心細くて、胸の奥がじんわりと震えるような、不思議な感覚だった。生き延びたという事実が、まだ身体のどこにも馴染んでいなくて、痛みの余韻と混ざり合いながら、ゆっくりとわたしの中に沈んでいく。


(軍剣……あった。すぐに、にげないと……)


 仮縫いが成功したことを実感すると、すぐにわたしは近くに落ちていた軍剣を持って、立ち上がった。

 出来ることなら、ここでずっと寝ていたい。でも、ここで寝てしまったら、次に目を覚ますことはもう二度と無いかもしれないという恐怖が、身体の奥底からじわりと這い上がってきて、わたしの背中を無理やり押し立てたんだ。


「はぁ……はぁ……」


 元々、敵兵に包囲されていた時点で、体力は限界に近かった。

 それに加え、川に飛び込んだせいで、全身が濡れていたし、しまいには麻酔無しで仮縫いしたせいで、体力と気力はとっくにすっからかんだった。


 そのせいで、まっすぐ歩くことは出来ないし、しっかりと前が見えているとは言い難い。

 さらに、川に流されたせいで、今いる場所がどこなのかさっぱりわからず、ただ木々の影が揺れる方向へ足を出すしかなかった。


(あたまのなか、ぐらぐらする……)


 前がしっかり見えないせいで、木の幹に何度も身体をぶつけてしまう。

 軍剣を支えにしていたおかげで、何とか倒れることは防げた。けれど、その衝撃が体内に蓄積されていき、限界がどんどん近づいてしまっていた。


 いっぽ、またいっぽ。

 いっぽ、またいっぽ。

 いっぽ、またいっぽ。

 いっぽ、またいっぽ。

 いっ――






 歩いているのか、自分でも分からない。視界はとうに失っており、足を動かしている感覚すらも消えてしまった。

 わたしをわたしだと定義する意識すらも、あると断言できるほど残ってはおらず、わたしと世界の境目すらも感じない。

 風が吹いているのか、木々が揺れているのか、地面を踏んでいるのか、何ひとつ確かなものがなく、ただ前へ進んでいる気がするだけの、曖昧で頼りない感覚だけが身体のどこかにかろうじて残っていた。


 そして、それすらも、消え去ってしまう。


 重力なのか、それとも別の力なのか。わたしの身体が、ナニカに引っ張られ、地面が近づいているのかどうかすら分からないまま、ただ暗く柔らかいものに包まれるように意識が沈んでいき、わたしはそのまま、静かに倒れ込んでいった。


(ああ……こんな……ところ、で……)


 




 すべてが、消えた。

 

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