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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
二章

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怒り

(ん? ……あっ、まずっ)

 

 音を立てないように歩いていると、どこからか足音が聞こえて来た。

 さっきみたいに、枝上に逃げようとしても間に合わない。わたしは、反射的に近くの木の幹の裏へ身を滑り込ませた。

 呼吸を殺し、体を縮め、気配を消す。


 けれど――


「なぁ、音がしなかったか?」


(遅かった!?)


 その音が前から戻って来た敵兵の一人に聞かれてしまっており、その恐怖で身体が固まってしまう。

 なんで、ここまで戻ってきたのだろうか? 索敵をしているのなら、一度確認した場所に戻ってこないでよ!


「そうか? 俺には何にも聞こえなかったが」

「いいや、絶対に音がした。ちゃんと確認しないと」

「はぁ、お前がそこまで言うなら従うよ」


 二人の足音が、ゆっくりと近づいてくる。落ち葉を踏む音が、ひとつ、またひとつ。隠れる場所なんて、ここには無く、このままでは見つかってしまう。

 けれど、ここから出来ることなんて何もなく、わたしはただ木の幹にしがみついたまま、息を止めるしかなかった。


(どうしよう……どうしよう……!)


 心臓の鼓動が、耳の奥でうるさいほど響く。

 この音さえ聞こえてしまうんじゃないかと錯覚するほどだ。


「……この辺りだと思うんだがな」

「もう少し奥まで見てみるか」


 足音が、すぐ近くを通り過ぎる。

 けれど、完全に離れていく気配はない。むしろ、周囲のあちこちから別の足音が増えていく。


(え……なんで? なんでこんなに……)


 右の茂みが揺れた。

 左の方でも、金属の触れ合う音がした。背後からも、複数の足音が土を踏みしめる気配が伝わってくる。


(包囲……されてる……?)


 敵に見つかったわけではない。なのに、周囲には敵が集まって来る。

 喉がひりつくほど乾き、呼吸が浅くなり、逃げ道が、どんどん消えていく。


 判断を間違えた。


 こうなるくらいなら、限界まで走り、敵兵との距離を開けておくべきだったのだ。

 体力を温存した判断は、結果的に最悪の選択になってしまった。


 (どうしよう……いや、覚悟を決めないといけないのかな?)


 選択肢の一つとして、敵兵を奇襲し、混乱している内に逃げるという手がある。

 しかし、それはわたしの存在を敵に知らせてしまう上に、逃げている方角さえバレてしまうのだ。出来るだけ、その方法は使いたくない。


 でも、それ以外の方法なんて、存在しない……。

 だから――


(グレン小隊長……見ててください。覚悟は、決めましたから)


 足音が近づいてくる。

 ガサリ、ガサリ……そして、すぐ横に。


 パァァァン


 乾いた音が、森の中で響き渡る。

 わたしの拳銃の銃口から、白い煙が細く立ちのぼる。


「な、なんだ!?」

「敵か!? 周りを見ろ!」


 すぐ横まで迫っていた敵兵が、わたしに撃ち殺され、残った敵兵たちが混乱状態に陥る。

 その隙に―――


(すみません、貰います)


 わたしに撃ち殺された敵兵の身体が地面に倒れるよりも早く、その腰から手榴弾を引き抜いた。

 冷たい金属の感触が、汗ばんだ指先に吸いつく。

 スレブルクの手榴弾は、わたしたちのものと少し構造が違う。けれど、あの塹壕で暮らしていた日々で、敵兵が使うところを何度も見てきた。安全ピンの向きも、レバーの癖も、全部頭に入っている。


 だから――迷いはなかった。


 カチン。


 ピンが抜ける乾いた音が、やけに大きく響いた気がした。


「いたぞ! バリエーヌの兵だ!」


 ようやく敵兵が、わたしの姿を捉える。

 でも――すでに、わたしは手榴弾を投げている。


「しゅ、手榴弾――!」


 叫び声が上がる。その瞬間、空気が一気に張り詰めた。

 爆炎と衝撃波が、敵兵の身体を飲み込み、森の一部を食らい尽くした。


 轟音が空気を裂き、熱風が背中を押し飛ばす。木の葉が焼け、枝が折れ、土が跳ね上がる。耳の奥がキーンと鳴り、世界の音が一瞬だけ遠のいた。

 でも――その一瞬の静寂こそが、生き残るための隙だった。


(今……!)


 敵兵たちの視線は爆発の中心へと吸い寄せられている。誰も、わたしを見ていない。誰も、わたしの動きを追えていない。

 わたしは地面を蹴り、手を頭上へ伸ばした。指先が、揺れる枝の一本にかろうじて触れる。


(届いて……!)


 汗で滑りそうになる指を必死に引っかけ、腕に力を込める。

 全身の力を使って身体を引き上げ、枝から枝を跳びながら、わたしは必死に木の上へと逃れた。


 足場なんて安定していない。枝は細く、湿っていて、踏み外せばそのまま地面に落ちる。

 でも、下にいるよりは何倍もマシだったし、グレン小隊長と戦った時に、同じようなことは経験している。だから、根拠こそ無いものの、このまま逃げきることが出来ると確信していた。



 が



「兄さん、木の上」


 冷たい声が、森の空気を切り裂いた。

 次の瞬間、ヒュッ――と空気を裂く音がして、弾丸が頬をかすめた。


「――ッ!」


 熱い線が顔に走り、バランスを崩して木から落ちてしまう。

 何とか、受け身は間に合ったものの、身長よりも高いところから落ちてしまったせいで、肋骨付近には鈍い痛みが走った。


「すまん、外した」

「大丈夫、木から落とすだけでいい」


 銃弾が飛んできた方を見れば、剣と銃を持った青年と、指示を出した同年代くらいの少女が、複数の兵を引き連れて木々の間から姿を現した。


「一人……まだ隠れている可能性は?」

「無いよ。もし他にもいたのなら、あんなぎりぎりの逃げ方をする必要は――」


 少女の言葉を待たずに、わたしは拳銃の引き金を引いた。

 だが――


「ゾフィア、危ないから下がってろ」

「兄さんなら、守ってくれるでしょ。それに、わたしが生き残ることよりも、敵兵を殺す方が重要だよ」


 青年が、魔力の盾を作り出し、ソレを防いだ。

 その魔力の盾は、グレン小隊長のモノよりかは柔らかそうではあるものの、わたしの銃では傷が入らないほど固く、敵もそれが分かっているため、一瞬たりとも焦りを見せなかった。


(まずい……)


 ここには、グレン小隊長も、ルークさんも、シス伍長もいない。わたし一人だけで、あの青年と、複数の兵士たちから逃げないといけない。

 胸の奥が冷たくなる。

 肋骨の痛みが呼吸のたびに刺さり、足は震え、視界の端が揺れる。


 そんなわたしを見て、少女――ゾフィアは、まるで壊れた玩具を観察するような目で言った。


「兄さん、動きが鈍い。落下の衝撃でどこか痛めてる。でも、兵士の損傷は最小限にして」

「わかった。みんな、アイツを囲め。だが、怪我をしないように注意しろよ!」


 青年の声が森に響くと、周囲の兵士たちが一斉に動き出した。落ち葉を踏む音が四方から近づき、わたしの逃げ道をひとつずつ塞ぎ、銃弾を浴びせてくる。


「まずっ」

 

 人員に被害が出ることを避けようとしているのか、彼らはわたしに近づこうとせず、遠くから撃っているだけ。そのおかげで、何とか木の幹などを壁にして生き残ることが出来ていたが、その代わり、包囲網に隙が無く、抜け出すことが出来ない。

 今はまだ生きているが、死ぬのも時間の問題であり、どうにかして抜け出さないと、生き残ることは出来ない。


(いったい、どうすれ――っ!?)


 嫌な予感がして、頭を下げる。

 直後、わたしの頭があった空間を、鋭い光が横切る。


「避けられたか!?」

「くっ……」


 いつの間にか、あの青年がすぐ近くまで迫っていた。

 気配をほとんど感じさせないまま距離を詰め、わたしに向けて鋭い一撃を放っていたのだ。


(速い……! 気づけなかった……!)


 わたしは地面を蹴り、必死に身体をひねって、懐目掛けて引き金を引く。

 が、その銃弾は、青年の身体に届くよりも先に、魔力の盾に逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいく。

 これが、当たらない以上、わたしはこの青年を殺す手段が存在しない。


 そして――


「右、退路を防ぐように撃って」


 ゾフィアの声が落ちた瞬間、周囲の兵士たちが一斉に動いた。

 わたしが逃げようとしていた方向へ、ためらいなく銃口が向けられる。


(まずい……!)

 

 木の幹を盾にしていたはずなのに、わたしの動きが完全に読まれている。

 青年の剣が前から迫り、兵士たちの銃撃が横から退路を塞ぐ。逃げ道が、音を立てて閉じていくようだった。


「こうなったら……」


 再び、わたしは森の中という地形を生かして、枝の上へと登ろうとした。

 痛む肋骨を押さえながら、手を伸ばし、指先が枝に触れ――


 その瞬間。


「兄さん、敵じゃない。枝を切って」


 その言葉と共に、掴んでいたはずの枝が切り落とされた。

 わたしの身体は、枝に体重を預ける直前だった。上へ逃げるために、足を地面から離し、身体を宙へ浮かせてしまっていた。

 だから、枝を失った瞬間、支えが消えた身体は、そのまま落ちるしかなかった。


「しまっ――!」


 身体は、地から離れ、身動きが取れない。

 そんな状況で、わたしの身体に銃口が向けられている。




 死




 避けることも、隠れることも、もうできない。

 そして、銃弾が放たれた。


(ごめんなさい)


 脳裏に、わたしを庇って死んだ、アインが浮かび上がる。


(ごめんなさい)


 次は、助けることが出来なかったルカが。


(ごめんなさい)


 その次は、囮になったルークさんやシス伍長たち先輩方が。


(ごめんなさい)


 最後に、偉業を成し遂げたグレン小隊長が。

 走馬灯が、流れる。

 意識が遠のき、世界の輪郭が薄れていく。胸の奥が冷たくなり、視界の端が暗く沈む。


(ああ……ここで終わるんだ……)


 そう思った瞬間――胸の奥で、何かが弾けた。


『死を受け入れるの?』


 それはきっと、心の片隅でいつも思っていたことだろう。

 前世の幸せだった世界から、この地獄のような世界に転生して。前世の記憶があるせいで、女になった身体に中々適応することが出来ず、女であることを受け入れた時には、友人って物が数えるほどしかいなくて。

 その友人ですら、戦争に殺された。


 理不尽だ、理不尽だ。あまりにも、理不尽だ。


(なんで……わたしだけ……)


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 怒りとも悲しみともつかない感情が、熱となって込み上げてくる。


(なんで、こんな世界で……!)


 わたしは、ただ生きたかっただけだ。

 誰かを救いたかっただけだ。誰かに救われたかっただけだ。


(なんで、死ななきゃいけないの……!)


 頭の中で何かが切れた。

 大切な幼馴染が死に、慕ってくれていた後輩が死に、尊敬していた先輩たちが死に、どこか憧れてしまっていた小隊長が死んでしまう、この理不尽な世界に対して――尽きることの無い怒りが、次々と湧き上がってくる。


 ここで死んでしまっても、かまわない。わたしの身体には、数えきれないほどの罪がのしかかっているから。

 でも、死んでしまったら、この理不尽な世界に殺された仲間たちが報われない。

 だから、だから――



「こんなところで、死んでたまるかァ!」


 わたしはこの世界に、怒りを叩きつけた。


 

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