狂鬼
「はっ、まさかこんなことになるとはな」
「なんですか? グレン小隊長」
しばらく歩いていると、急にグレン小隊長が笑い出した。
腕を斬った痛みで、頭がイカれてしまったのだろうか? いや、頭がイカれているのは元からか。
「変なことを考えなかったか?」
「いいえ、なんでも。それで、なんで急に笑ったのですか?」
グレン小隊長が、無駄に勘が鋭いせいで、わたしの内心がバレかけたが、何とか話を逸らし、問い返す。
すると、グレン小隊長は、前を見きながら、確かに笑顔を見せたんだ。
「オレとおまえが二人で共闘するってことだよ。アインの野郎に守られていたおまえに、今の姿を見せてやりたいぜ」
足が止まった。
今、グレン小隊長は何て言ったんだ?
聞き間違え出なければ、今……確かに、アインと口にした気が……。
「あァ? 何で、足を止めてんだよ」
「だって……今……アインって」
アインがグレン小隊長の下で戦ったのは、わずか四日間しかない。
それも、活躍なんてほとんどしていなくて、わたしを庇って死んだだけ。わたしにとって、一番の英雄であったけど、他の人から見れば、何もせずに死んだ、ただの新兵。……それを、グレン小隊長が覚えていたなんて。
「覚えて、くださっていたんですか?」
「当然だろ、部品の名前を覚えずに、どうやって戦争に勝つんだよ」
ああ、なるほど、ルークさんたちがこの人に付き従っていた理由が、ようやくわかった。
この人は、確かに非情だ。いっつも無茶な突撃をして、そのせいでより多くの犠牲者が出る時だってある。この人のいいところは、戦果を挙げるところだけだと思っていたが、それだけじゃなかったんだ。
グレン小隊長は、わたしたちを覚えてくれている。
わたしたちは、何も残すことは無く、戦場で息絶えていく兵士に過ぎない。けれど、誰よりも強くて、誰よりも生き永らえてくれるグレン小隊長は、わたしたちのことを絶対に忘れないのだ。
それが、わたしたちにとって、どれほどありがたいことなのか。そんなの、言うまでもない。
「グレン小隊長って、兵士に向いていませんね」
勘違いかもしれないけど、グレン小隊長の本質は、優しい人なんだと思う。
戦場で、部下の命を守ることなんて不可能だ。だから、その代わりに、兵士の命を最大限に活用し、名前をずっと覚えていてくれる。もちろん、体罰を受けたことも、無茶な突撃を繰り返していたことも、ちゃんとわかっているけれど、 それでも――この人は、わたしたちを、ただの消耗品として扱っているわけじゃない。
「今度はルークの真似事か? 喧嘩を売ってんのなら、今すぐに斬ってやるが」
「はいはい、分かりましたよ。もう言いません」
「そんな目で、オレを見るな」
グレン小隊長が、わたしの方をちらりと睨む。でも、グレン小隊長の本質が分かった今、それは全く怖くなかった。
とはいえ、これ以上怒らすのはやめたほうが良いだろう。幾ら本質が優しい人だと言っても、短気であることには変わりないし、わたしたちが役目を全うするためには、グレン小隊長の機嫌を取っておくことは重要だから。
「それで、これからはどうするつもりなんですか?」
「はぁ、変な所がアイツらと似やがって。まぁいい、こっからは一度森の外へ向かう」
「森の外……ですか?」
わたしたちは、二人しかいない。この状況で、無数の敵兵と戦うには、障害物が多い森の中で戦うのが一番だと思っていた。
なのに、グレン小隊長は、わざわざ森から出て、敵の部隊と戦おうとしている。正直、狂ってしまったのかなと思ってしまった。仕方がないでしょ、これは。わたしじゃなくたって、こう思ってしまうはずだ。
「なんで、ですか?」
「何でもいいだろ。……いや、気が向いた。少しだけ説明してやる。まずは、何故オレたちがここまで追い込まれているのか、おまえは理解しているのか?」
「後方が襲われたからでは?」
「それだけだと足りないな。後方が襲われないように、警戒していたに決まっているだろ」
グレン小隊長の声は淡々としているのに、どこか苛立ちが混じっていた。
わたしは思わず息を呑む。
(……確かに。後方が簡単に襲われるなんて、おかしい)
「じゃあ……どうしてなんですか?」
「これは推測だが、複数の分隊規模の突撃隊を作り、前線の弱いところを同時にぶち抜いたんだろう」
「弱いところ、ですか……?」
「ああ。正面からぶつかるんじゃなく、守りが甘い場所だけを狙って突破する。で、突破したらそのまま後ろへ回り込む。前線なんざ相手にしねぇ」
グレン小隊長は、片腕のまま淡々と歩きながら言う。
「そんな……そんな戦い方、聞いたことがありません」
「だろうな、オレも知らねェよ。セオリーは、一点に兵を集中させて、強引に突破することだったしな。だが、こうでも考えねェと説明がつかねェ」
(そんな……方法が……)
今までの常識とは違う、完全に新しい戦術。それに対応できず、わたしたちは追い詰められた。
もし、その戦術を思いついたのが、わたしたちの国の方が先だったのなら、追い詰められるのは敵国だったのだろう。先か後か、たったそれだけの違いで、ここまで戦況がひっくり返るなんて――そんな理不尽があるだろうか。
「それで、これからは何をするつもりなんですか?」
「簡単なことだ。この戦術では、都市を落とすことは不可能だ。だから、敵は絶対に戦術を変えてくる。そして、これだけの成功を収めた指揮官だ。それなら――」
どこからか、歓声が聞こえた。
わたしは思わず息を呑んだ。森の奥から、風に乗って届くような、しかし確かに――人の声だ。
(……敵? こんな近くに?)
胸の奥がざわつく。
けれど、グレン小隊長は足を止めなかった。むしろ、わずかに口元を歪めて笑った。
「ほらな。言った通りだ」
わたしは、木に隠れながら、森の外を見た。
――息を吞む。
そこには、無数の敵兵がいた。
今まで戦ってきた、どんな小隊よりも多い敵兵。
何十とか、何百とかではない……少なくとも二千、いや三千はいると直感で分かるほどの密度だった。
灰色の軍服が草原を埋め尽くし、銃剣が陽光を反射して一面に光の粒が散っている。隊列は半円状に広がり、まるで巨大な壁のようだった。
その兵たちが、レン伍長たちが撤退している方角へ、ゆっくりと、しかし確実に進んでいた。
(なに、これ……)
「セラ、これをやる」
「えっ、望遠鏡……ですか? こんな物を持っていたんですか?」
「さっき、死体から奪った」
「いつの間に」
レンズを覗き込む。すると、敵軍の中央に、無駄に良い服装をしている男がいた。
深緑の将校服に、潰れたクラッシュキャップ。胸には双眼鏡、肩には金糸の肩章。革のサム・ブラウンベルトが斜めに走り、腰のホルスターには拳銃が収まっている。
一目で、この軍の総大将だと分かった。
馬に乗って、兵たちの指揮を執っている。それだけで、どれほどの格式が高い人なのかを察することが出来た。
「これは……」
「この作戦を考えた奴だろうな。あの若さでこの作戦を思いつくなんて、少し悔しくもあるが……まだ甘いな」
グレン小隊長は、この軍を見て、そんなことを口にしていた。
けれど、わたしたちにはどうすることも出来ない。敵兵は千を超えるほどいるにもかかわらず、わたしたちは二人しかいないのだ。頑張れば、十数人は殺すことが出来るかもしれないが、この軍全体に比べれば雀の涙程度の人しかおらず、傷にすらならない。
でも――
でも――
あの狂鬼は――
「セラ、今からアレを殺すぞ」
理性のある目をしながら、狂気に染まった言葉を口にしていた。




