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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
二章

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片腕

「チッ、あれはヤバかったな」

「グレン小隊長、大丈夫ですか!?」


 敵兵を追い返した後、わたしはすぐにグレン小隊長の方へと駆け出した。

 あの散弾銃によって、グレン小隊長は致命傷こそ避けたものの、腕と脇腹に深い傷を負っている。そのせいで、血が、軍服をじわりと濡らしていた。


(まずい……! このままじゃ……!)


 わたしは膝をつき、すぐに応急処置の準備を始める。

 けれど――


「あっ」


 それは、当然のことだった。麻酔を入れていたはずの入れ物が割れ、使い物にならなくなっていたのだ。

 普通の塹壕での戦いなら、きっとこんなことにはなっていなかっただろう。しかし、ここに至るまでの撤退戦は、いつもよりも激しく、瓶が割れていてもかしくは無い。


「どうした?」

「ま、麻酔が……」

「何だ、その程度のことか。麻酔などいらん、さっさとやれ」


 しかし、グレン小隊長は、わたしの動揺など気にも留めていないようだった。

 血が流れ続けているのに、まるで自分の身体ではないかのように平然としている。


「で、でも、仮縫いを……」

「あァ? オレがその程度の痛みに耐えられないとでも思ってんのか? 文句を言う暇があったら、さっさとやれ!」

「は、はい!」


 グレン小隊長に怒鳴られ、わたしは針と糸を取り出した。

 手が震えているのが自分でも分かる。けれど、止めるわけにはいかなかった。


(……痛いよね。でも、やらないと)


 傷口は深く、散弾が掠めた部分は肉が裂けていた。

 血がまだ滲み続けている。早く縫わないと、動けなくなる。


「いきます……っ」

「さっさとしろ」


 わたしは針を通し、裂けた皮膚を寄せるようにして縫い始めた。

 麻酔が無いから、当然痛いはずだ。それなのに、グレン小隊長は眉一つ動かさない。


 ただ、わずかに呼吸が荒くなったのを、わたしは見逃さなかった。


「……っ、痛かったら……言ってください」

「言わねぇって言っただろ。集中しろ」

「……はい」


 針を通すたびに、皮膚が引き寄せられ、血が滲む。

 そのたびに、わたしの胸が締めつけられる。


(こんな傷で……さっきまで戦ってたんだ……)


 縫い終わる頃には、わたしの手は汗で湿っていた。

 最後の結び目を作り、布で押さえる。


「……終わりました」

「そうか」

「次は、腕の傷を見ます」


 そうして、脇腹の傷を治し、次は腕の傷を見た時だった。


「ぐ、グレン小隊長! 腕の感覚はありますか!?」

「ねェな。撃たれてからも無理やり剣を振り回していたが、途中で言うことを聞かなくなった」


 その言い方があまりにも普通で、逆に恐ろしかった。腕の感覚が無いのに、さっきまであの速度で剣を振っていたなんて――。


 わたしは慌てて腕を持ち上げ、袖を裂いて傷口を確認した。

 わたしは衛生兵では無いから、専門の知識があるわけではない。それでも、ある程度のことを教わっていて、最悪なことに、その知識が役に立ってしまった。


「……おそらく、これは神経に大きな傷が入っていると思われます」


 グレン小隊長の腕の傷は、散弾が掠めたというより、神経の通り道を正確に断ち切ったような深さだった。


「神経……か。そりゃ動かねぇわけだ」


 あまりにも普通に言うから、逆に怖い。神経を断ち切られているはずなのに……なんで、ここまで平然と出来るのだろうか。


「セラ、布の用意はあるか?」

「ありますけど……何に使うつもりなんですか?」


 そう言った瞬間だった。


「――ッ!」


 グレン小隊長が、自分で自分の片腕を切り落とし、動かない腕を身体から取り外した。


「な、何を!」

「さっさと縛って止血しろ」

「……っ」


 そう言われて、わたしは急いで布を取り出し、グレン小隊長の腕を必死に縛った。そのおかげで、何とか血は止まり、一命をとりとめることが出来たが、こんな状況でこのようなことをしてしまったら、グレン小隊長の腕はもう二度とくっつかない。

 神経が断ち切られただけだったら、まだ治る可能性があったのに。


「な、なんで! こんなことをしたんですか!?」


 わたしの怒号に、グレン小隊長は平然と答えた。


「邪魔だっただけだ」


 その精神性が、何よりも怖かった。

 不要だと判断した物を、一瞬の躊躇いも無く切り捨て、眉一つ動かさない、その精神性が。


「邪魔って、もう二度と戻らないんですよ」

「はっ、オレはこれから死ぬってのに、後のことを考えて何になるってんだ」

「それは……」


 そうだ、わたしたちの役目は、たった二人で敵兵を食い止めること。

 この作戦が終わった時には、わたしたちが生き残っている可能性なんて、ほとんどない。だから、グレン小隊長の判断は、正しいんだ。


(なんで、ここまで正しさを追求できるの?)


 グレン小隊長は、非情だ。

 でも、その判断はいつも正しい。正しすぎて、怖い。

 わたしが震える手で布を結び終えると、グレン小隊長は片腕を固定したまま、ゆっくりと立ち上がった。


「よし。これで十分だ」

「十分じゃありません……!」

「十分なんだよ。お前がやったんだ。信じろ」


 そう言って、グレン小隊長が立ち上がり、一振りの軍剣をわたしに渡してきた。


「持ってろ。いざという時は使っても構わん」

「なん……あ、片腕になったからですか」

「そうだ。だが、こっちの軍剣がいかれた時に、もう一振りが無いのは致命的だからな」


 グレン小隊長は、片腕で軍剣を扱うために、わたしへともう一振りを押しつけるように渡してきた。

 その動作は、片腕になったとは思えないほど迷いがなく、むしろいつもよりも鋭かった。


「……でも、小隊長が持っていた方が……」

「バカ言え。片腕で二本振り回せるか。お前が持っとけ」

「わ、分かりました……」


 軍剣の重みが、手のひらにずしりとのしかかる。

 その重さは、わたしでは両手でぎりぎり扱えるかどうかという重さであり、これを持ち運ぶのは少しだけ大変だった。


 けれど、わたしはすべての面で、グレン小隊長の格下なんだ。

 だから、彼が疲れるよりも、わたしが疲れたほうが、戦闘能力の低下が少なく、より長い時間戦い続けるためには、こっちのほうが良い。それが分かっていたから、わたしは文句を言うことは無かった。


「セラ、弾はどのくらい残っている?」

「十数発ぐらいですね。ちょっと足りないと思います」

「なら、敵兵から漁っておけ。バリエーヌとスレブルクでは型が違うから、銃も一緒に取っとけよ」

「えぇ……」


 思わず声が漏れた。

 敵兵の銃を漁るなんて、やりたくないに決まっている。何度も人を殺したけど、未だ死体に触れるのも怖いし、その人がわたしが殺した人かもしれないと思うと、罪悪感が溜まっていくのだ。


 でも、レン伍長たちを守るためだ。心を鬼にして、何とかしないと。


「これは……」


 あのグレン小隊長に傷を与えた散弾銃を持ってみたが、わたしの手の中で、ずしりと重く沈んだ。


「それはやめとけ。銃弾の減りが早すぎる」

「そうですよね」


 散弾銃は強力だが、扱いが難しく、弾の消費も激しい。わたしのような素人が使えば、あっという間に弾切れになる。


(……こんなもの、わたしには扱えない)

 

 わたしは散弾銃をそっと地面に置き、別の銃を探し始めた。敵兵の死体に触れるたび、胸がぎゅっと痛む。


(この人……わたしが殺したのかな)


 考えないようにしても、どうしても頭に浮かんでしまう。罪悪感が、じわじわと胸の奥に溜まっていく。

 その時、とある銃が視界に入って来た。


「拳銃……?」


 それは、敵兵の腰についていた銃だった。

 散弾銃のような重さもなく、長銃のように扱いが難しいわけでもない。わたしの手の中にすっぽり収まる、小さな鉄の塊。


「拳銃? なるほど、ネーミングセンスがあるな」

「あ、いや、その……」


 わたしが見つけた銃を見て、グレン小隊長がそんなことを言ってくる。

 そう言えば、わたしには前世の記憶があるんだった。だから、拳銃のような今世で見たことが無い武器についても知っていて、ついその名前を言ってしまったのだ。


「それでいいじゃねェか? 射程距離に何がありそうだが、どうせ軽くて小回りが効きやすそうだ」

「そうですね、これを使ってみます」


(ごめんなさい、使わせてもらいます)


 そうして、わたしは敵兵の死体から、拳銃と銃弾を奪い、身に着けた。

 もちろん、罪悪感はあるけれど、レン伍長たちを救うためだから、許してほしい。……もちろん、この人が敵兵であることは、分かっているけどね。


「いくぞ、問題はここからだ」

「はい、わかってます」


 そうして、わたしたちはレン伍長たちが逃げた方向と、反対の方向へと足を進めた。

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