共闘
「死ぬ、覚悟……ですか」
グレン小隊長からそう言われても、驚きのようなものは一つも無かった。
グレン小隊長は戦争に勝つためなら、なんだってするような人だ。自分と言う強い駒を生かすために、弱い駒を切り捨てることなんて、何のためらいも無いに決まっている。
(それに、死ぬのは嫌だけど、そこまで嫌じゃない)
ルークさんやシス伍長は死に、リナだって、生きているかどうかわからない。こんな状況でここから生き延びたとしても、一人ぼっちになる可能性が極めて高かった。
アインの死以来、自分から死にたいと思ったことは、一度も無いけれど、こんな感じで多数を生き延びさせるために死ぬのは、死に方としてそこまで悪くないんじゃないかと思えてしまう。
「あります。何でも言ってください」
だから、わたしは無意識のうちに、そんなことを口にしていてた。
でも、後悔はない。みんなを守るために死ねるのなら、胸を張って、アイン達に会うことが出来るし、彼らだって、わたしのことを責めないだろう。
この死は、後ろ向きな死じゃなくて、前向きな死なのだから。
「そうか、ならいい」
グレン小隊長は、わたしの言葉を聞いて、即座に指示を出し始めた。
「レン、お前は部下を率いて、近くの都市まで撤退しろ。地図が頭の中に入っていないとは言わせねェぞ」
「はい!」
「そして、セラだが……」
わたしは、黙ってグレン小隊長の言葉を待った。
セラとしての人生は、決して満足したというわけではないが、みんなを守るために死ねるのなら、生まれてよかったと思えてしまう。
……きっと、ルークさんたちもこのような気持ちだったのだろう。ルークさんは、わたしの命も守ろうとしていたから、ちょっとだけ申し訳ない気持ちがあるけれど……まぁ、しょうがない奴だなって、笑ってくれそうな気がする。
(みんな、会いに行くよ)
そして、グレン小隊長の言葉が告げられた。
「セラは、オレと一緒に、敵兵を殲滅する」
「え?」
それは、予想外の言葉だった。囮になるんじゃなくて、殲滅する? ……いや、そっちはどうでもいい。それ以上に――
「な、なんで、グレン小隊長も来るんですか!? 貴方のことだから、きっと……」
「あァ? 文句でもあんのか? 部品の癖に」
いや、文句があるってわけでは無いんだけど、言葉が喉につかえて出てこない。
だって、小隊長が死のうとしているんだ。殲滅するだと言っても、ここでわたしと二人で残ってしまったら、いくらグレン小隊長と言えど、生きて帰れる保証はどこにもない。
どれだけグレン小隊長が強かったとしても、無理な物は無理なんだ。
なのに、なんでここで残ろうとしているのだろう。この人は、もっと生きることに執着していると思っていたのに。
「そ、そうですよ。私たちにはグレン小隊長が必要で――」
「黙ってろ、レン。戦争に勝つためなら、これが最適なんだ。言っただろ、兵士の命は戦争に勝つための部品だって――――オレの命も、その部品の一つなんだからよォ」
グレン小隊長は、わたしたちの後ろ。まだ姿を見ることが出来ない敵兵たちを睨みつけて、獰猛に笑った。
こんな顔を見るのは初めてだ。グレン小隊長が敵兵を見て笑うことは、何度もあったけど、それらはここまで獰猛では無かった。一体何が、彼をここまで動かすのだろうか。
「それじゃあ、すぐに実行するぞ。セラ、ついてこい」
グレン小隊長は、有無を言わせず、二対の軍剣を構えながら、後ろに向かっていった。
最後の言葉を言うことも無く、レン伍長たちに、別れの言葉を言わせる隙すらも与えなかった。勝つために出来ることを、最速で成し遂げるグレン小隊長らしい別れ方だ。それを見ると、ちょっとだけ笑ってしまう。
「ぐ、グレン小隊長……」
「ははっ、あの人らしいなぁ。レン伍長。先に行ってきます」
「せ、セラさん!」
わたしも、それだけを言って、後方へと走り出した。
やっぱり、別れは苦手だ。いつまでたっても、慣れてくれない。
(でも、これで最後だ。だから、笑って別れよう)
ずっと、別れる時は笑えてなかった。もちろん、それは当然のことだけど、自分が死ぬ時くらいは、笑顔で別れたい。
だって、残された人がわたしを思い出してくれる時、それが笑顔だった方が、ずっと良いに決まっているから。
(わたしを連れ出した意味……ああ、そういう事か。なら、わたしの命を最優先にすべきかな)
武力という点で言うなら、わたしは最下位に限りなく近い。勘が鋭いから、役に立つ場面もたまにあるけれど、十四歳の少女という身体が、どうしようもなく足を引っ張っているからだ。
なのに、この作戦に選んだのは、他の誰でもなく、わたしだったのだ。その理由は、応急処置をすることが出来るからだろう。
グレン小隊長は強い。でも、一人で一部隊を無傷で制圧することは出来ないはずだ。
だから、わたしという存在を側に置いておくことで、経戦能力を上げようとしたのだろう。
「だとしたら、わたしは死んじゃ、だめだよね」
けれど、それだけだと満足は出来なかった。
何だろう、今は人生の中でも、トップクラスに楽しいのだ。死が迫ってきているはずなのに、どうしようもなく笑えて来る。
それはきっと、わたしが何かを成し遂げることが出来るからだろう。
「よし、行こう」
そうして、わたしは木の枝に手を引っかけて、その上へと登った。
「来いよ、くそったれ共がァ」
グレン小隊長が、軍剣を振るう。
振り下ろされた刃は、木の幹ごと敵兵の身体を断ち割り、湿った土の上に赤い線を描いた。
銃弾が雨のように降り注ぐが、くの字に展開された魔力の盾が金属音を響かせながら全てを弾き返す。
「ひっ……!? な、なんだあいつ……!」
「撃て! 撃てぇ!!」
敵兵たちは叫びながら引き金を引く。
だが、指は震え、照準はぶれ、弾は木々に吸い込まれていく。一人は弾倉を落とし、もう一人は後ずさりしながら転んだ。
その全てを、グレン小隊長は見逃さない。
「遅ェんだよ」
グレン小隊長が、近くの木を伐り落し、大木が敵兵を押しつぶす。
(やっぱりバケモノだよね……)
グレン小隊長は、個人の力で一部隊を抑えていた。
そんなの、普通にあり得ない。どんな熟練兵でも、基本的に二対一では勝ち目のない世界で、グレン小隊長の暴れ方は別格過ぎた。
この人が負ける姿なんて、少しも想像できない。
「おい! あれを用意しろ!」
「わかりました!」
そんな時、敵兵たちが何かを用意している気配がした。
(あれは? 何……?)
敵兵が背嚢から取り出したのは、見たことの無い形の銃だった。
わたしたちが使っている銃とは少し違う……銃身は妙に短く太く、わたしたちの細身のライフルとは用途が違うのが一目でわかってしまう。
そんな銃が、グレン小隊長に向けられた。
そして――
「放て!」
無数の弾が、空気を裂いた。乾いた破裂音ではない。耳の奥を殴りつけるような、重く濁った轟音。
短い銃身から放たれた散弾が、グレン小隊長に襲い掛かる。
「チッ」
グレン小隊長に舌打ちと共に、今まで一度も割れたことの無い魔力の盾が、破られてしまう。
ただ、何とか軌道は逸らしており、致命的な部分に飛んできた銃弾だけを切り裂いて、最低限のダメージに抑えていた。
「銃弾を……切った……? ば、バケモノ!」
「新型の銃か……。クソッ、スレブルクの連中はこんなものも作ってたのかよ。めんどくせェなァ!」
グレン小隊長も、敵兵にも笑顔が無い。
しかし、グレン小隊長はさらに戦意を高めたのに対して、敵兵は明らかに戦意を崩し始めていた。
「ま、まだだっ! 散弾銃は、アレにも通用したっ! もう一度使えばっ!」
「ごめんなさい、それは無理です」
敵兵がもう一度、銃を構えた瞬間、木の上を移動していたわたしが、上から銃を撃った。
乾いた銃声が森に響き、敵兵の手から散弾銃が弾き飛ぶ。
「うあっ!? な、なんだ……上か!?」
「敵から目を逸らすなよ、馬鹿が」
そして、グレン小隊長が、敵兵を切り殺す。
これが、わたしたちの初めての共同作業だった。
「セラ! お前は隠れてろ! お前の役目は――」
「応急処置ですよね、分かってます。でも、戦わせてください」
「……ふん、死なないなら、勝手にしろ」
「ありがとうございます」
わたしがそう答えた瞬間、グレン小隊長はもう前へ走り出していた。
その背中は、散弾銃を受けてもなお揺るぎなく、むしろさっきよりも速く、鋭く見えた。
「む、無理だ……! あんなの相手にできるかよ!」
「散弾銃でも止まらねぇ……! 撤退だ、撤退!!」
敵兵たちは完全に戦意を失っていた。
森の奥へ逃げ出す敵兵たち。その背中を追いながら、グレン小隊長が怒鳴る。
「セラ! 右に二人、左に一人! 逃がすな!」
「はい!」
追われる側と追う側、それらは逆転し、今度はわたしたちが敵を追い詰めていた。
けれど、それが今だけだってことは理解している。
だから、今だけはこの成功を、心の底から喜んだのだ。




