死刑宣告
「チッ、起きたか」
「グレン小隊長……?」
目が覚めると、目の前に見慣れた顔があった。けれど、その表情は、苛立ちを隠そうとして隠しきれていない顔であり、わたしがまた何かをしてしまったのかと思ってしまう。
「……どれだけ手間かけさせりゃ気が済むんだ、お前は」
吐き捨てるような言い方なのに、声はどこか低く、掠れていた。
怒っているというより――疲れている。
「す、すみません……」
反射的に謝ると、グレン小隊長は舌打ちをして視線を逸らした。
「ふん。これからは、もっと体力をつけろ。この程度で気を失ってたら、これから苦労するからな」
「は、はい」
(グレン小隊長……やっぱり、少しおかしいよね)
訓練の時に倒れただけで、殴ってきた人だとは思えないほど、今のグレン小隊長は優しかった。
もちろん、脱水症状で倒れた人に、こんなことを言うのは十分酷いことだとはわかっているけど、それでも今までされてきたことと比べると、優しい対応だと思えてしまう。……DV彼氏って、こんな感じなのかな?
少し、周りを見渡してみる。
すると、そこにはレン伍長や先輩方が、みんな寝ており、周囲を警戒しているのはグレン小隊長だけであった。
(……どうして、小隊長だけが起きてるの……?)
普段なら、交代で見張りをするはずだ。しかも、グレン小隊長が見張りをすることなんて、滅多にない。
それは、グレン小隊長が疲れてしまうと、実戦で支障をきたす可能性があるため、小隊長と言う権限を使って、部下に見張りをやらせていたからだった。
なのに、そんな人が、一人で見張りをしている。もしかして……
「変な物でも食べました?」
「あァ? 何言ってんだ、お前」
普通に怒られた。
今のグレン小隊長なら、怒らないと思ったのに。
「いえ、グレン小隊長が見張りをするなんて、珍しいなと思いまして」
「たまにはいいだろ、まったく。オレに対して軽口を叩くなんて、シスの野郎に似て来たな」
「ルークさんも、軽口を叩いていたほうだと思いますけど」
「……チッ、黙ってろ」
口ではそう言っているものの、そこまで嫌がっている様子は無い。もしかしたら、グレン小隊長も、軽口を叩いてくる部下がいなくなって、少し寂しいと思っているのかもしれない。
……いや、それはないか。だって、あのグレン小隊長なんだから。
視線を上に向ける。枝葉に覆われて、太陽の位置を確認することは出来ないが、この明るさからして、まだ昼前なのだろう。
けれど、森の中は妙に静かだった。鳥の声も、風の音も、どこか遠い。
(……小隊長だけが起きてるなんて、やっぱり変だよ)
グレン小隊長は、合理主義者だ。
自分が疲れれば戦力が落ちることを、誰より理解している。
だからこそ、普段は絶対に見張りなんてしない。部下にやらせる。それが正しい判断だから。
なのに、今は――
「……小隊長、あの……」
「てめェら、さっさと起きろ! 今がどんな状況か分かっているんだろうなァ!」
わたしの声は、グレン小隊長の大声にかき消されてた。
その声で、レン伍長も、先輩方も反射的に身体を叩き起こしていた。みんなグレン小隊長の体罰を受けたことがあるんだ。そのせいで、寝ている時であっても、グレン小隊長の声ならば絶対に聞き逃さないようになっている。だから、こんなにも一瞬で、目を覚ますことが出来るのだ。
「グレン小隊長に……セラさん……?」
「さっさと出発する準備をしろ。時間はねェからな」
「は、はい!」
こうして、わたしたちは周りに散らかっているモノを集めたり、水筒の中に綺麗な水を入れたりこうして、わたしたちは周りに散らかっているモノを集めたり、水筒の中に綺麗な水を入れたりと、慌ただしく出発の準備を始めた。
レン伍長は寝癖のまま荷物をまとめ、先輩方はまだ半分眠そうな顔で装備を確認している。
でも、誰も文句は言わない。グレン小隊長の声が飛んだ以上、動くしかない。
「せ、セラさん、すみません。安静にしていてくださいって言ったのにもかかわらず、寝てしまうなんて……」
「い、いえ。わたしもついさっき起きたばかりで、それまでに見張りをしてたのは――」
「そこ、喋ってる暇があったら、手を動かせ!」
「「はい!」」
今日のグレン小隊長は、意味が悪いほど優しかった。
けれど、ソレについて考える時間は、もう残っていない。
追手がいる可能性がある以上、これ以上立ち止まっている暇は無いからだ。
「グレン小隊長、準備が終わりました」
「そうか、それなら撤退を開始する」
そうして、わたしたちは再び森の中を歩き始めた。
地面は湿っていて、足を踏みしめるたびにぬかるみが靴底にまとわりつく。けれど、しっかりと眠ったおかげなのか、身体が妙に軽く、足がぐいぐいと進んでくれた。
これなら、今日こそは撤退を終えることが出来るかもしれない。……そう思っていたんだ。
「走れ! 足を止めるな!」
その数時間後、わたしたちは森の中を必死に走っていた。
わたしたちが走る振動で、枝にとまっていた鳥たちが一気に飛び立ち、枝葉が激しく揺れる。
湿った土が跳ね、靴の裏にまとわりつく泥が重く感じるほど、全力で。
(どうして……? さっきまで順調だったのに……!)
胸が焼けるように痛い。肺が悲鳴を上げている。それでも足を止めたら、死ぬ。
「レン、敵影はあるか?」
「いいえ、まだありません。やはり、先ほどの音は聞き間違いでは?」
「馬鹿か、オレが聞き間違えるわけねェよ」
それは、十分くらい前の話。
わたしたちが、一歩ずつ、歩いた後を残さないように進んでいた時、グレン小隊長が敵兵の声が聞こえたと言って、急にわたしたちを引き連れて走り出したのだ。
正直、わたしたちには、物音一つ聞こえなかった。
でも、寝ている間に、銃とホルダーがぶつかる音がしただけで、目が覚めてしまうほど、グレン小隊長は耳が良いんだ。だから、わたしたちはグレン小隊長の判断を信用し、それに従って走り始めたのだ。
「なら、どこまで走るんですか?」
「オレが止まるまでだ、馬鹿」
けれど、それは簡単なことでは無い。森の中は、地面の凹凸や枝葉などによって、真っすぐに走ることでさえ難しく、走ることが出来たとしても、平地よりも体力の減りが早い。
そんな状況で、銃を持つ敵から逃げるなんて、不可能だ。
(木のおかげで、遠くからは撃たれないけど、それでも厳しいな……)
そもそも、敵の方が人数が多いはず。だから、正面から戦っても勝ち目はない。
逃げるしかない――それは全員が理解していた。
(いつまで、走れば……)
息が荒く、視界が揺れる。さっきまで軽かった身体が、今は鉛みたいに重い。
それでも足を止めたら終わりだ。
「――ッ」
「銃声か、近ェな」
後ろの方から銃声が鳴り、木に着弾した音が聞こえる。
姿はまだ見えないから、敵は勘で撃ったと思うけど、その銃の射程範囲には入ってしまっていることを理解してしまった。
「このままだとまずいです! 何か、手を打たないと」
「チッ、仕方がねェな」
グレン小隊長がわずかに速度を落とし、後ろを振り返った。
その目は鋭く、状況を一瞬で見極めている。
「レン、どこまで出来る?」
「どこまで、とは……?」
「部隊の運用だ」
レン伍長が目を見開く。レン伍長は、伍長ではあるものの、従軍して一か月も経っていない。だから、今までで一度も指揮を執ったことが無く、シス伍長から教えを受ける日々だった。
けれど、もうシス伍長はいない。 何かが起こっても、頼れる上官は――グレン小隊長しかいない。
(まさか……小隊長は……)
胸がざわつく。
嫌な予感が、喉の奥に張り付いた。
「レン、答えろ。どこまで出来る?」
「……っ、部隊の運用は……最低限なら……!」
「最低限で十分だ。お前は頭が回る。判断は少し遅いが、そこは今すぐ改善しろ。……シスの野郎が鍛えたんだ、出来ねぇわけがねぇ」
グレン小隊長の声は荒いのに、どこか信頼が滲んでいた。
レン伍長は一瞬だけ目を伏せ、そして強く頷いた。
「はい、分かりました。私はいったい何を――」
「まだだ、もう一人。意志を確認する必要がある」
グレン小隊長の視線が、すっと横へ流れた。
その先にいたのは――わたしだった。
「セラ、死ぬ覚悟はあるか?」
それは、何よりも冷酷な死刑宣告だった。




