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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
一章

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恐怖

「何が起きてんだよ、まったく」


 塹壕の中で、敵兵と打ち合いながら、シス伍長が呟いていた。

 彼も、今の状況に頭がついていけてないようであり、今までの経験が役に立たない事態だと言うことを示していた。


「繋がらねェ、連絡を諦めるぞ」


 シス伍長から通信機を受け取っていたグレン小隊長が、短く吐き捨てるように言った。

 怒りっぽく、感情を見せることが多いグレン小隊長であるが、戦場で焦りを見せることは、ほとんどない。にもかかわらず、今この瞬間に、彼は焦りというものを表情に浮かべていた。


 そのせいで、一瞬だけ手が止まりそうになってしまう。

 でも、それをしてしまうと、死が近づいてくることはわかっているため、何とか踏みとどまって引き金を引き続けた。


「グレン小隊長、何か起きたんだと思いますか?」

「知るか! ただ、これは通信機が壊れたんじゃねェ。何かが起きて、本部がそれどころじゃねェんだ!」


 グレン小隊長でさえ、これなんだ。

 他の人たちの心境がどんなものであったのかは、言うまでもない。


「撤退するのは!?」

「無理だ! 上からの命令がねェ限り、それだけはしてはならねェ! チッ、何してんだよ。ダズのクソじじい、こんなことすらできねェほど、老耄してしまったのかよ」


 グレン小隊長の言い分は正しい。この戦場で何が起きているのか分かっていない以上、勝手に撤退することが許されないのだ。それは、軍規の仕組み上、出来ないことであり、どうしようもないことだったのだ。

 でも、それは理屈の話だ。感情では、今すぐに撤退して、安全な所で身を隠したかった。


「けど、いつもよりは敵兵が少な――いや、魔導隊がいるぞ!」


 ルークさんの叫び声と同時に、空から赤い炎の玉が落ちてくる。

 魔導隊が使用する強力な魔法――この塹壕を一瞬で壊すことが出来るモノが、わたしたちの塹壕に何個も迫って来てたのだ。


「相殺しろぉぉ!」


 シス伍長の叫び声と共に、この小隊の中でも古参の猛者たちが、タイミングを合わせて手榴弾を投げる。

 ソレは、赤い星にぶつかる直前に爆発し、何とか相殺することに成功した。けれど、問題はまだ終わってはいない。魔導隊は、いまだ健在であり、また次の魔法を使う準備をしている。このままでは、手榴弾が尽きるほうが、ずっと早い。


 でも、一つだけ。

 わたしでもわかる違和感があった。


「なんなの、これ……」

「セラも気付いたか」


「当然です。人数が少ないのもそうですけど、何より盾兵がいません!」


 そうだ、この世界の魔導隊を運用する常識とは、かけ離れた戦法で、敵が攻めてきているのだ。

 魔導隊が使う魔法には、詠唱という物があり、どうしても隙の時間が発生する。そのため、その時間に突撃したり、側面からの奇襲が主な攻略法だ。


 けれど、それを防ぐために、大抵の魔導隊は、盾兵を集め、彼らを防護するように配置する。鉄をバターのように斬ることが出来るグレン小隊長には意味が無いものの、一般の兵にはそれだけで、突破するのがほぼ不可能になるほど固く、このセットの運用を攻略する手段は、こちらも魔導隊を用意するしかないのだ。


 もちろん、そのせいで、制限される部分もある。

 一つ目は、一点集中しか出来ないこと。盾兵で突撃を伏せぐというコンセプトがあるため、隙を作らないように多くの盾兵がいる。だから、その盾兵を最大限活用するために、魔導隊側もかなりの人数をそろえることが多い。

 そのため、広範囲で攻めることには向いておらず、ある一点を強引に突破することしか出来ない。


 二つ目は、移動速度。

 盾兵という、金属の盾と鎧を着用している兵は、移動速度が他の兵と比べると、圧倒的に低く、前線を上げるのに時間が掛かるという問題がある。これについて、解決する手段なく、せいぜい歩兵を用意することで、何とか誤魔化しているだけだ。

 魔導隊自体も動く必要が無い隊である以上、魔導隊=速攻が無いという方程式があると言っても過言ではない。


 なのに、これらすべての常識が、今の敵兵に当てはまらないのだ。


「どういうことだ? あんなの、側面から攻撃されたらどうするんだ?」

「まるで、いち早く敵を塹壕を抑えることだけを考えて、防御のことはどうでもいいとでも思っていそうですけど……。そんなこと、ありませんよね?」


 一般的に考えて、そんな馬鹿な戦法を使うわけがない。

 長年戦争しているんだ、わたしだけじゃなくて、敵国側も兵士が少なくなっているはず。なのに、このような兵士が死ぬ確率が高い戦法なんてしてしまったら、それこそ自国の敗北に直結してしまうはずだ。


「いや、まて――。だが、そんなこと、上手くいくのか?」


 しかし、わたしの言葉を聞いたグレン小隊長は、何か思い当たることがあったのか、深く考え込んだ。

 どうやら、グエン小隊長が想像したことは、決して口に出していい種類のものではないらしかった。


 眉間に深い皺を刻み、歯を食いしばり、何かを否定するように首を振る。

 その仕草が、逆にわたしの背筋を冷たくした。


「……いや、ありえねぇ。そんな真似、普通は……」

「小隊長……?」


 わたしが恐る恐る声をかけると、グレン小隊長はわたしを見ず、前方の煙の向こうを睨みつけたまま、低く呟いた。

 

「突撃する準備をしろ」

「突撃をしないはずじゃ……」

「うるせェ! 今はそれどころじゃねェんだ! さっさと準備をしやがれ!」


 怒鳴り声が塹壕の壁に反響する。だが、その声には、怒りよりも、焦りのほうが、より強く滲んでいた。

 兵士たちは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに訓練通りに動き始め、銃を構えて、弾倉を確認し、呼吸を整えている。

 グレン小隊長の様子から、今は今後の予定などを気にしている場合では無く、何かが決定的におかしいということだけが伝わってきた。


「よし、準備が終わったな。さっさと出るぞ!」


 グレン小隊長が、魔力の盾を貼りながら、塹壕から飛び出した。

 敵兵もそれにいち早く気付き、銃弾の雨を浴びせるが、その程度でグレン小隊長が死ぬはずもない。

 そして……


「セラ、行けるか?」

「はい」


 わたしやルークさんも、ソレに釣られるように、塹壕から飛び出した。

 わたしたちは、グレン小隊長のように魔力の盾を貼ることが出来るというわけではないが、グレン小隊長が盾で銃弾を弾いたり、両腕で持っている二本の軍剣で銃弾を叩ききっているため、その後ろの地点だけは安全地帯となっている。


 あとは、出来るだけ前傾姿勢で走ることにより、身体の面積を小さくする。

 このおかげで、死ぬときは死んでしまうものの、ある程度の生存率を保つことが出来る。少し兵士の命を軽視している部分もあるが、この方法が一番戦果を挙げることが出来るため、全員がそれを受け入れて、グレン小隊長の後ろを走るのだ。


「狂鬼が来たぞ!!」

「何とか抑えろ! その隙に魔導隊が――」

「ダメです! 止まりません!」


 わたしたちの突撃を見て、敵兵が悲鳴を上げている。当然だ、グレン小隊長は、わたしが知っている兵士の中で、一番強い人なんだ。だから、敵が悲鳴をあげる理由も、心の底から理解できる。

 ただ、共感できるからと言って、手を緩めるつもりは微塵も無いけど。


「撤退! 撤退をしろ!!」

「馬鹿、逃がすかよ!」


 グレン小隊長の軍剣が、敵兵の喉元に届く。

 赤い鮮血が、空中に細い弧を描いた。


「セラ!」

「わかってます!」


 グレン小隊長の突撃によって、敵兵の注意が引き攣られた瞬間、わたしはルークさんの呼び声と同時に引き金を引いて、その敵兵の頭蓋骨を撃ち抜いた。

 その反動が、わたしの手を痺れさせてくるが、それを気合で耐え続け、また次の敵兵に向けて発砲する。何度も繰り返した行為、罪悪感はあれど、躊躇わずに人を殺せるようになっている。


「最後の一押しだァ! 続けェ!!」


 グレン小隊長は止まらず、敵兵を食らい尽くしていく。魔導隊も、歩兵も、そのどちらもグレン小隊長に傷をつけることが出来ない。


――ここまでは、いつも通りのはずだった。


 だが。


(……おかしい)


 胸の奥に、冷たいものが広がる。

 グレン小隊長の突撃が上手くいくことは、これまでにも無数にあった。だから、順調に攻めていること自体に違和感を覚えているのではない。


(もしかして、敵兵が……少ない?)


 そうだ。今まで、数えきれないほど敵兵と戦っていた。でも、そのこれほどまでに、敵兵が少ないことは一度も無い。

 ルカが死んだ、あの夜襲の時すらも、ここまで敵兵が少なくなかった。他の兵は、いったいどこに?


 答えが分からない。

 わたしは軍学校に行っていないし、前世でも戦争に関する勉強は、義務教育レベルしかしていなかった。

 だから、どれだけ考えても、答えを見つけることが出来ず、嫌な予感が全身を蝕んでいくだけ。


「敵兵は残っているか?」

「いいえ。敵兵を制圧しました」


 グレン小隊長とシス伍長がそのような会話をしている。

 けれど――


 戦いには勝ったはずなのに、この恐怖は決して消えなかった。

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