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【一章完結】TS兵士が戦場で生き残るには~平和な世界で生きていたわたしが、どうしてこんな戦場に!?~  作者: 月星 星成
一章

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異変

「ほんと、大丈夫なのよね?」

「はい、この決断は自暴自棄とかじゃなくて、わたしが冷静にするべきだと判断したことですから」

「うーん、前みたいに自分を追い詰めてるとかじゃないってことは、わかっているんだけどね……。でも、危険だよ?」

「わかっています」

「ならいいけど……」


 あれから何日か経った後、わたしは衛生兵のお姉さんを何とか説得して、仮縫いのための器具を貰うことが出来た。その説得は、簡単だったかと聞かれると、簡単と言えるわけも無く、その説得にはかなりの時間がかかり、最後には、お姉さんが深いため息をついて、わたしの肩にそっと手を置いた。


「一つ、これは絶対に覚えておいてね」

「覚えておくこと、ですか?」

「そう。それは、自分の命を一番大事にするということ。誰かの命を救おうとするのは、とても立派なことだけど、それは生きてるから出来ることなの。誰かを救おうとして、自分が死んでしまうのは本末転倒なんだから」

「わかりました」


 そう答えた瞬間、お姉さんはほんの一瞬だけ目を細めた。その表情は、安心でも納得でもなく――心配という、どうしようもない優しさが滲んでいた。

 でも、それ以上追求してくることは無かった。わたしの目を見て、この決意を変えることが出来ないと察したのか、それとも、呆れて何も言えなくなっただけなのか。それは、今の私には分からなかった。


(心配してくれているのは、わかっているけど……)


 申し訳ないけど、この決心は、もう変えられないんだ。グレン小隊長に誓ってしまったことだし、わたしがするべきだと判断したことなんだ。だから、どれだけ反対されたとしても、やって見せる。


「セラちゃん、本当に大丈夫なの?」

「うん。それに、決して、銃弾の雨の中で応急処置をするわけじゃなくて、ちゃんと、塹壕の中に隠れるんだから」

「それならいいけど……」


 ごめんね。これは嘘になるかもしれない。

 塹壕の中は、塹壕の外に比べると安全だ。だけど、手榴弾を投げられたり、敵兵が突撃してくる可能性もある。だから、安全な場所とは決して言えず、死にかけたことだって、何度もある。


 でも、リナのような衛生兵の人たちは、前線のことを知ることが出来ない。

 だから、この嘘で、何とか誤魔化すことが出来たんだ。


「もうそろそろ、ブリーフィングが始まるから戻るよ」

「そっか。それなら、また今度ね。ずっと、待ってるから!」

「うん、絶対に帰ってくるよ!」


 言葉を交わし、わたしは野戦病院を出て、雨の匂いが薄くなった外へと足を踏み出した。

 いろいろなことが起きた、あの二日間の大雨は、もう跡形もなく消え去っており、地面にある水たまりしか、その名残を留めていなかった。空気はまだ湿っているのに、あの時の重苦しさはどこにもない。

 ただ、静かで、少しだけ冷たい風が吹き抜けていく。


(……戻らないと)


 今日から、わたしたちはまた前線に戻る。

 その事実を思い出した途端、胸の奥がひやりと冷たくなった。風が頬を撫でていくのに、どこか呼吸が浅くなる。


(……大丈夫。やるって決めたんだ)


 器具の入った袋を握りしめる指先に、自然と力が入り、わたしは一度だけ深呼吸をして、足を前に踏み出した。



――この時のわたしは知らなかった。いや、誰も知らなかった。

 今までの戦争は、地獄でも何でもなく、これから始まるものこそが、本当の地獄だったということを。







「すみません、遅れました」

「チッ、やっと来たか」

「グレン小隊長、まだ集合時間の五分前ですよ。セラは、何も悪いことはしていません」


 ブリーフィングをする場所に、わたしが戻ると、グレン小隊長が舌打ちでそれを迎え、ルークさんが何とかそれを和らげようとしてくれた。

 正直、グレン小隊長の舌打ちには慣れているから、別に怖くも無いんだけど、それをしてくれる優しさが、本当にありがたかった。


「ふん。そんなことより、さっさと ブリーフィングを始めるぞ。今日は――」


 そうして、ブリーフィングが始まる。どうやら、今日は突撃などせずに、塹壕に戻って、敵の突撃を耐え続けるだけら。ただし、その代わり、今日から数日間、塹壕の中で耐え続ける必要があるらしい。

 まぁ、そんなことは何回も経験しているから、別につらいとは思わない。


 でも、経験しているからと言っても、死なない保証はどこにもない。

 戦争では、どんな人であっても、死ぬときは死ぬ。だから、安心なんてものは、どこにもなかった。


「じゃ、さっさと行くぞ」


 グレン小隊長の短い号令で、場の空気が一気に動き出した。

 わたしたちは最低限の準備を整え、それぞれの装備を確認しながら、塹壕へと続く泥道を歩き始めた。


 雨は止んでいるのに、地面はまだぬかるんでいて、足を踏み出すたびに、ぐちゅり、と嫌な音がする。

 空気は湿っていて、冷たくて、どこか重い。


(……また、ここに戻るんだ)


 何度も往復した道なのに、今日はいつもより遠く感じた。

 器具の入った袋が、歩くたびに小さく揺れる。その重みが、これからの数日間の現実を突きつけてくる。


 前を歩く兵士たちは、誰も口を開かない。

 ただ、装備の擦れる音と、泥を踏む音だけが、静かに続いていく。


 ふと、隣に並んだルークさんが、小さな声で言った。


「……セラ、無理はするなよ」


 その声は、雨上がりの空気よりも優しくて、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「はい。大丈夫です」


 本当は、大丈夫じゃない。怖いし、不安だし、胸の奥はずっとざわざわしている。

 でも、覚悟はとうの昔に決めている。


 塹壕の縁が見えてくる。







 今まで聞いたことが無い、音がした。






 ソレは、大地を震わせる警報の音だった。

 わたしがこの戦場に来てからの二か月間、たった一度も聞いた音が無い警報が、戦場に鳴り響いたのだ。


「る、ルークさん……」


 経験したことの無いことに驚いてしまい、わたしはルークさんの方を見た。

 しかし――長年従軍しているルークさんでさえ、目を見開いて、この警報に絶句しているだけだった。


 ルークさんでさえ、知らない警報。

 嫌な……とてつもなく嫌な予感がする。今まで命の危機に接した時に感じていた感覚とは違う、心臓が握りつぶされたような、どうしようもない嫌な予感。


 アインの死とか、ルカの死とか、個人にとっての嫌な予感レベルではない。

 むしろ、これは国の……


「シス!! さっさと通信機を使えェ!!」

「は、はい!!」


 グレン小隊長の怒号が、警報音をかき消すほどの勢いで響いた。

 だが、その声に焦りはない。怒っているようでいて、実際は冷静に状況を切り分けている声だった。


 シス伍長が慌てて通信機を取り出し、冷汗をかきながらも操作を始める。

 けれど、ツーツーと無慈悲な機械音がするだけで、その通信機から返答が来ることは無い。そのこと自体が、ただならぬことが起きたのだと示していた。


「つ、繋がりません!」

「チッ、なら――――ッ!!」


 銃声と、それを弾く鋭い音がした。乾いた破裂音ではなく、もっと近い。

 グレン小隊長の魔力の盾が、飛来した弾丸を弾き飛ばしたのだ。


「お前らァ! 塹壕の中に入れ!!」


 怒号が響く。

 その声に釣られて、わたしたちは塹壕の中に駆け込んだ。


 グレン小隊長が守ってくれたおかげで、怪我人こそいなかったものの、突然の展開に、頭がついていかない。


「セラ、撃つぞ!」

「はい!」


 でも、そんなことは、どうでもいい。

 今は、この瞬間を生き延びるために、耐え続けないといけないんだ。

 

 

 

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