真実には敵わない1
「・・っあの!碧龍様!ちょっと離れて・・っ!」
「逃げない?」
(だから、耳!)
必死に頷けば、腕が外されて、そのまま碧龍は向かいに腰かける。
いつの間にか茶うけも飲み物も下げられ、新しいものが並べられた。
「ずっと翠花に話がしたかった。でも、翠花は逃げるから、逃げずに聞きたくなるような話を準備しなくちゃと思って、いろんな人から話を聞いたんだ。」
海里の行動の裏にあったもの。
書物にはならない、現実の物語。
「人払いをした。少し、聞いていかない?君のご両親のこと。海里の両親のことも。」
翠花は躊躇いながらも、こくりと頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「海里の母、鈴麗と、君の母、藍玉は血の繋がりはなかったが、よく雰囲気が似ていて、姉妹に間違われることもあったようだ。それぞれに恋人がいて、まあ、ラウの横やりもあったものの、そのままいけば藍玉さんが婿をとって領主になるはずだった。」
その事情が変わったのは、海里の両親がどちらも居場所を失うことになったからだ。
当時、海里の父は、商家を営んでいたが、大きな失敗をして借金を作った。親戚の封家に金の無心にきたことで分かったらしい。
鈴麗はもともと身寄りがなく、食堂で働いていたが、店主が店を畳むことになり、仕事がなくなった。
その相談を受けていた藍玉が、各方面を説得して、今の形におさまった。
形式としては、王都で商売をしたいと思っていた翠花の父に、藍玉が付いていくことを決めてしまい、困った封家が海里の父を養子として迎える代わりに借金を肩代わりする、というものだった。
真実を知っているのは、当事者のみ。
それでも、なんとなく察した人も多くいて、藍玉が悪し様に言われることはなかった。
「それぞれに家庭を持ち、子宝にも恵まれて、うまくいくはずだったんだ。でも・・藍玉さんが亡くなってしまった。」
たぶん、その前から、少しずついびつになっていた関係が、藍玉の死からさらに歪んでいった。
鈴麗は自分を責め、藍玉の替わりになろうとし始めた。
彼女の好きだった花を飾り、彼女の好きだった装いをして。そうすることで、自分が奪った藍玉の人生を替わりに生きようとし始めた。そして、
誰もそれを止められなかった。
「海里は、その辺りの事実を知らないまま、いろいろな思いが重なって、藍玉さんを憎んでしまった。そこから、今回の件は始まったんだよ。」
「・・それなら、やはり責任は私にもあります。」
翠花は呟くように言った。
「私が来なければ、海里君がこんなことを考え付くことなんてなかったのだから。」
海里のスイッチを、自分が押してしまった。
知らなくても、その罪はのしかかる。
「・・それを言うなら、僕もだよ。君を追い詰めて、逃げるしかないようにしてしまった。」
謝ろうとする碧龍に、翠花は首をふる。
「碧龍さまは、真っ直ぐに心を下さったのでしょう?混乱して、受け入れられなくて、逃げたのは私です。そして、今も。」
自分だけのことではないのだ、と今は強く思う。
人は繋がっている。
知らないところで。気づかないところで。
そのつながりが、思いもよらない運命を引き寄せるのは、小説の中だけとは限らない。
「碧龍様。私はやはり、あなたの思いには応えられません。・・今は、まだ。」
「今は?」
碧龍は心臓が締め付けられるような思いで、それでも、一縷の望みを抱いて続きを待つ。
「見限ってもらっても構いません。でも、もしまだ待ってもらえるなら、今、私の中にある貴方への気持ちにちゃんと向き合う時間をいただけませんか?逃げたくないのです。ちゃんと自分の道を決めたい。」
周りのことを一生懸命思いやっても、歪みは生じる。身を引いても、思いのままに動いても。
ならば、せめて後悔だけはしないように。
その選択の中に、自分との関係も含まれることに、碧龍は人知れず胸を撫で下ろす。
(まだ、迷いがあるなら、チャンスはある!!)
それなら、切り札を出すのは、今に違いなかった。




