菫華の記憶1
「白い百合?」
翠花は確認するように呟いた。
「ええ。藍玉さんが好きだった花。まだ何色にも染まっていない、白い百合。染まらないことを選んだ花。・・藍玉さんは、不思議な強さを持った人だった。大好きだったわ。」
菫華は遠くを見つめるようにしながら言う。
翠花の母、藍玉の経歴は、小説のようにドラマチックに見える。
しかし、菫華から語られるのは、他愛もない日常だ。
林檎が好きで、よくおまけしてもらっていたこと。
歌や踊りが好きで、子供達にねだられては披露していたこと。
喧嘩の仲裁が得意だったこと。
「暗い顔をしていると、笑顔になるまで絶対ほっておいてくれない人だったわ」
まだ幼かった菫華にとっても憧れの人だった藍玉という女性が、自分の母であることに、実感はない。
楽しげに自分の知る藍玉の話をしていた菫華の顔がふっと翳る。
「・・海里のお母さんも、藍玉さんのことをすごく慕ってらしたと聞いているわ。詳しくは知らないけれど、少なくとも海里のご両親は、藍玉さんがここを離れて、自分たちが領主として務めること、受け入れていたと思う。でも・・。」
海里の気持ちを歪んだものにする状況があったのは間違いないのだ。
「海里は、藍玉さんを知らない。ご両親も、自分たちの事情をあまり話してないんだと思うの。父がね、以前海里のお父さんに言ってた。可能な限り全てを話し合わなければ、分かり合えないこともあるって。」
「可能な限り全てを・・。」
菫華の父が、説教をしていたくらいだ。海里は、きっと納得のいかないことが多くあったのだろう。
「海里はね。品行方正なタイプではなかったけれど、領主の息子であることにプライドがある。ご両親のことも大事に思っていたと思う。庇うべきじゃないのは分かってる。でも。」
「はい。単なる悪意ではないことは、分かっています。きっと、解かなければならないわだかまりがあることも。」
罪は消えない。消してはならない。
怖い気持ちもあったし、許せない気持ちもあるのだ。でも。
「海里くんの原動力は、悲しみだったと思うんです。それを溶かせたらいいのに。」
翠花の正直な思い。
たくさんの本を読んでも、一人の心を理解することすら難しい。海里の心も。碧龍の心も。・・自分の心さえ。
「・・似ているのね。」
不意に菫華が呟いた。
顔を向けると、目を細めて自分を見る彼女の顔がある。
「正直に言うとね。私、心のどこかであなたと藍玉さんを比べていたわ。見た目は面影があるけれど、あなたの中の藍玉さんを、あまり見つけられなかった。」
「私は、母のことをあまり知りませんから・・。」
「違うの。気を悪くさせてごめんなさい。逆なの。今、はっきりあなたが藍玉さんの娘だと理解したところよ。あなたは・・。」
菫華は言葉を探した。
「『言葉の裏、気持ちの奥、かたくなな部分を取り除いたら、本当の思いはみんな純粋で単純なもの』って、藍玉さんが、言っていたわ。」
「母が?」
「ええ。藍玉さんは、その本当の思いを包み込もうとする人だった。あなたもそうなのね。」
菫華は愛おしそうに翠花を見る。
そんな風に見つめられて、赤くなるのを感じながら、一方で不甲斐なさに焦れる。
「・・私はそんな力はありません。自分のことも分からないんです。」
「大丈夫。あなたは、きっと答えにたどり着けるわ。だって、今の翠花さんは、藍玉さんと同じ目をしてるから。きっと、答えはもう出ているのよね?」
菫華に言われてハッとする。
自分の中にある純粋で単純な思い。
自覚すれば、それは随分前から心の中にあった気がするのだ。
「・・私は・・。」
翠花が、心の内を、言葉にしようとしたその時。
「・・つかまえた。」
音もなく近づいたその人物の腕に、翠花は後ろからすっぽりと包まれた。
「!?」
力強いくせに、壊れ物を扱うような力の入れ方でしばらくそのまま動かない彼の名前を、どう呼べば正解なのかためらう。
「蒼麒さま。驚いておられますって。」
呆れたようにたしなめる青河の声に、その答えを理解するも、言葉が出てこない。
「・・そっとしておこうとも思ったんだけど、もう、限界。逃げないで、翠花。」
(近い!耳元はだめー!!)
身体中の温度が上がるのを自覚しながら、翠花は逃れることもできない。
青河が何か言っている。
菫華がなんだか訳知りがおで笑いながら、青河と席をはずすのをぼんやり見つめながら、
(あれ?私、今、碧龍様と二人きりなのでは?)
自覚した翠花は、自然と気を失うにはどうすればいいのかをひたすら考えて、とりあえずの現実逃避をした。
読んで下さった方、ありがとうございます。
息も絶え絶えに、なんとかハッピーエンドを迎えたくて頑張っています。
更新がなかなかままなりませんが、どうか最後までお付き合いいただけたら感涙です。
頑張ります!




