皇太子を止めるのは至難の業4
「菫華さん・・ですか?」
珍しく一人できた青河に呼ばれ、聞かされた名前に、心当たりはない。
風砕のところの、と言われて、ようやく翠花の頭には一人の女性が浮かんだ。
「確かに女性がいました。お孫さん、でしょうか?」
青河は頷く。
今回の一件が海里の仕業だと分かり、顔色を変えたのは縁者だけではなかった。
念のため、翠花が訪れていた風砕のアトリエに話を聞きに行った時に、彼女は胸騒ぎが収まらなくなり、噂で海里の事件を聞いて愕然とした。
記憶を手繰れば容易に、海里の情報源は自分であると気づく。
詳細を確認しにやってきた青河を呼び止めて、自分のしたことを告げ、翠花に謝りたいと訴えた菫華を無下にもできず、青河見守りのもとという条件で連れてきてもいいか、という確認だった。
「謝るなんて・・彼女は悪くないですよ?」
そう言う翠花に、それは違う、と青河は顔をしかめる。
顧客の情報だ。簡単に話していいものではない。
本来ならば、共犯扱いで、罰を受ける可能性が高いのだ。
ただ、彼女の祖父、風砕が翠花に渡した品のおかげで事なきをえたのも事実。
今回の件については、厳重注意にとどめている。
「謝罪を受けるかどうかは、委ねます。お会いになるなら立ち会いますし、会いたくないと思われるなら自分が責任をもって伝えます。」
そう告げる青河に、翠花は少し考えてから、
「お会いします。今回の件で傷つく人は少しでも少ない方がいいです。」
と答えた。
ちゃんと謝罪を受け入れて、許す方が、お互いの気持ちが晴れる気がした。それに、
(私が知らない海里君の姿が見えてくるかもしれない。)
翠花の周りで、海里の立場から話をしてくれそうな人物が、他に思い浮かばなかったのだ。
◇◇◇◇◇
町の食事処にある個室に、場がもうけられた。
青河曰く、碧龍の同席は翠花の様子を見て遠慮してもらったとのこと。
苦笑いしていたところをみると、説得は大変だったのだろう。たぶん。
「・・菫華さん?」
青河に連れられてやってきた女性には、確かに見覚えがあった。
表情が翳っているため、あの時とは雰囲気は違うが。
「・・ごめんなさい! まさか、海里があんなことをするなんて。・・ううん。むしろ、海里ならあり得るかもしれないって、気づくべきだった。・・無事で良かった・・。」
翠花と目が合い、潤んだ目で言葉を連ねる菫華からは、安堵と後悔が伝わってきた。
その様子に、緊張で少しこわばっていた体の力が解れる。
「大丈夫です。菫華さん。ちょっと怖かったですけど、傷ついていません。気に病まないでください。」
準備していた言葉をできるだけ柔らかく口にすると、菫華の表情が和らぐ。
「本当に無事で良かった。翠花さんに何かあったら、藍玉さんに顔向けできない。」
「母が・・何か?」
そう言えば以前も、母のことを話していた気がする。
「前も少し話したけれど。私は、藍玉さんと知り合いで、大好きだったから会えばいつもついて回っていたの。翠花さんが生まれたときも、だっこさせてもらったのよ。あなたたちはわりとすぐに王都に帰ってしまったけれど。」
母の出産がここに里帰りしてのものだったのは聞いている。たが、それと、ここの人たちとが結び付いていなかった翠花は少なからず驚いた。
菫華は優しく目を細めた。
「藍玉さんは、あなたのことをすごく大事にしてた。あの時、お願いされたの。もし、いつか大きくなったあなたに会うことがあったら、仲良くなってあげてねって。あなたにはお兄さんだけだったから、お姉さんみたいにいろいろ話してあげてって。」
きっと、そんな風に翠花のことを頼んでいたのは、菫華にだけではないのだろう。
翠花は自分が藍玉の娘と知って、優しい目になった人たちを思い出す。
「謝ってもなかったことにはならないのは分かってる。でも、昔から海里は可哀想な人で、あの時、あなたならもしかしたら、って思っちゃってた。」
「もしかしたら?」
「藍玉さんにどことなく似てたから。あなたなら彼を救えるのかもしれないって。」
翠花は母とは違う。
でも、母の影響は想像以上に大きく、それによって人生を変えた人が何人もいたことを翠花は思い知っていた。
母の記憶はそんなに多くない。
でも知りたいことは山ほどある。
(一体どんな風に考えて、悩んで、選びとったんだろう。)
領主の家の一人娘で。
他国の王族に求められて。
でも選んだのは王都の商人である父。
勝手なことを、と言われても仕方がないのに、藍玉を悪く言う者はいない。
「菫華さん。」
翠花は意を決して菫華を見上げた。
「話しに来てくださってありがとうございます。もし、できるなら、私のお願いを一つ聞いていただけませんか?」
「お願い?」
意外だったのだろう。菫華の綺麗な目が見開かれる。
「私に、海里君のこと、母のこと、教えてください。」
今回の件は、かつての母の選択から始まっている。
今、知りたい。
翠花もまた、恋の答えを見つけなければならないのだ。




