海里の独白1
父は、真面目で腰の低い人だ。
母は、我慢強くて優しい人だ。
・・・・俺は、そんな二人が歯がゆくて、もどかしかった。
父と母の仲は、悪くはない。
だが、いつからだったか。
母の言動の端々に、父への諦めのようなものを感じるようになった。
ささいなことだ。
両親は、誕生日に物を贈り合っていた。
仲がよい夫婦だとよく言われていたが、ある時ふと気づいたことがある。
父は、母の好きなものをあまり知らない。
ある時父は母に、赤い薔薇の花を贈った。
俺でも知っている。母は白い百合が好きだ。
華やかな、金色を基調とした髪飾りの時もあった。
母が好んでつけたのは、銀色の控えめな髪飾りだ。
美しいが、どこか見当外れな贈り物。
母は笑顔で受け取っていたが、それらはいつもしばらく飾られて、どこかにしまいこまれてしまう。
「あの髪飾り、使わないの?」
一度聞いてしまったことがある。
母は、曖昧に返事をして、寂しげに笑った。
触れてはいけない話題なのだ、と俺は悟った。
藍玉、という名を聞いたのは、いつが初めてだったか。
血の繋がらない祖母であることを、あの頃まだ知らなかった封家の奥様は、俺にたいして特に冷たくはなかったが、子どもなりに複雑な事情があることを察していた俺は、あまり彼女には懐いていなかった。
・・たぶん、何かの用事を頼まれて、奥様の所に行ったとき、聞いてしまったのだ。
「藍玉さんが懐かしい」
「藍玉さんが領主を継いでくれていたら」
初めて聞く名前。
領主、というフレーズを聞くと、全くの他人事にも思えず、興味が押さえられなくて封家の奥様に聞いてしまった。
『藍玉さんって誰ですか?』
奥様は、何とも言えない表情をした。
俺が何も知らないことにか。
言うべきか、言わないべきかの迷いだったか。
『私の娘よ。もう、この世にいないけれど。』
ぽつりと答えたその言葉に、思わず
『僕のおばさん?』
と聞き返すと、奥様は、否定も肯定もせずに
『家で聞きなさい。』
と俺に返した。
両親は、奥様から、何か言われたようで、その夜俺は真実を知らされた。
封家と、血の繋がりのない俺達領主一家。
分かってしまえば、身の回りで起こることへの理解も変わってくる。
意識すれば、藍玉という封家の一人娘の話題は、至るところにあった。
彼女は、死んでもなお、周りの人の心に住み着いている。
いや、もういないからこそ、それぞれの中で美化されて。
俺が藍玉さんの存在を知っていると分かれば、頼みもしないのに両親のことをあれこれ教えたがる大人もいた。
父が藍玉さんとの縁組みを期待したことも。
母が藍玉さんにどことなく似ていることも。
どこぞの王族に求められて、強引に連れていかれそうになり、思いを寄せていた恋人と逃げたという藍玉さん。
恋物語がどんなにロマンがあろうと、残された者の気持ちは報われない。
不思議なことに、一番の被害者とも言える両親は、藍玉さんのことを慕っているようだった。
母は、病で亡くなったが、とうとう最期まで藍玉さんのことを悪く言わなかった。
たぶん、この地で俺だけ。
俺だけが、封 藍玉 という女を、憎んでいたのだ。
父は、真面目に仕事をしていたと思う。
母の死後、あまりまともな会話をしていなかったが、それは分かっていたし、父を憎んではいない。
でも俺は知っていたから。
父の評価があまり高くないことも。
そのことと、封家の血筋ではないことは無関係ではないことも。
ずっともどかしかった。
だから、翠花ちゃんが来たときに、思ったんだ。
歪んだものは、戻せばいい。
封家の血筋を手に入れれば、なんの問題もなくなるって・・。
「・・ばかもの。」
父とまともに話したのは、牢の檻ごし。
思えば随分久しぶりのことだった。




