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惑星降下陸戦隊・第11中隊の軌跡  作者: 山口遊子


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第4話 摩耗する看板、データベースの亡霊

3-1:北方防衛線『セクター・ガンマ』

セクター・ガンマ。

新田(にった)中尉のバイザーに表示された現在地データは、その座標が「後方補給基地」ではなく「第一線・東部防衛帯」であることを示していた。


タナトス-IVの北半球を覆うのは、重金属を含んだ粘着質の赤い泥濘だった。

空からは、酸性雨混じりの冷たい霧が絶え間なく降り注ぎ、装甲服のチタン表面をじわじわと黒く変色させている。

要塞104からの300キロに及ぶ強行軍の末、第11中隊の生存者は、新田と日下部(くさかべ)曹長を含めて、14名だった。


「……おい、これが第11中隊の全兵力か?」


セクター・ガンマの地下指揮所。

前線調整官のヴォルゴフ少佐は、新田の泥まみれの階級章を一瞬だけ見つめ、すぐに戦況マップのホログラムへと視線を戻した。少佐の肌は、長時間の人工光照射によって白く透けており、指先はデスクの端を規則的に叩いていた。


「報告の通りです、少佐」

新田はバイザーを上げ、乾燥でひび割れた唇を動かした。

「現在、戦闘可能人員は14名。重火器は皆無。装甲服のバッテリー残量は全員が2割を切っています。後方への後退と、補充兵の割り当てを要求します」


ヴォルゴフ少佐は、手元の戦術端末を細い指で叩いた。青白い光が、その無表情な顔の輪郭を浮き上がらせる。


「何を言っているんだ、新田中尉」

少佐の声のピッチは完全に一定だった。

「連邦軍の中央戦術データ電算機『アテナ』の画面を見ろ。第11中隊のステータスは『人員、124名。重火器残存率80%。作戦遂行能力、A』となっている。お前たちは一個中隊だ」


「それは一週間前のデータです!」


新田の後ろに控えていた日下部が叫んだ。インカムの音声が過大入力でバリバリと割れる。

片腕を失い、止血剤の紫色の泡を滴らせている曹長のバイタルデータは、警告の赤ランプを激しく点滅させていた。

「通信障害でログの同期が遅れていたんだ! 実際の人間は、ここにいるこの14人しかいない! 残りは104号拠点の砂の中か、途中の砂漠に転がっている!」


少佐は、日下部のちぎれた左腕の袖口へ視線を落とし、それから再び端末に視線を戻した。


「曹長、軍隊において、現実はデータベースの後に作られる」

少佐は静かに言った。

「アテナの数値を修正するには、極東管区の主電算機への正規の申請と、軍事監査官による現地確認が必要だ。処理が完了するまでに最短でも20日はかかる。だが、敵のストライダーの主力は、今夜にもこのセクター・ガンマの東側戦線に到達する」


少佐の指が画面をスワイプし、新田のバイザーへ新たな命令書が転送された。電子音が小さく鳴る。


「アテナの計算に基づき、第11中隊には、東部第一500メートルの防衛セクターの単独保持を命じる。システムはその幅の戦線を維持できると判断している。書類上の戦力に基づき、作戦を遂行せよ」


「1500メートルを、14人で」

新田の変調されたマイク音声は、呼吸の乱れを一切拾わなかった。


「人間が足りないなら、一人で10人分の射線をカバーすればいい」

少佐は指先で通信切断のボタンを押し、ホログラムを消去した。


地下指揮所の重い油圧ハッチが閉まり、新田と日下部は、酸性雨の降りしきる泥濘の塹壕へと押し出された。


「……中隊長」

日下部が、前歯のない口元から泥水を吐き出し、歪んだ笑みを作った。

「あの機械の中じゃ、僕たちはまだピンピンして飯を食ってることになってる。データベースの亡霊だ」


新田は何も答えず、泥に足を取られながら歩き始めた。

彼の左人差し指が、装甲服の腕部コンソールの上で、かつてミリ秒単位の数字を処理していた時と同じ一定のテンションで、カチャカチャとキーを叩き始めた。


新田は端末を開き、中隊の「124名」という登録数値を画面の隅に固定した。その数字の横で、現在の生存者「14」のバイタル灯が、泥水に反射して小さく明滅していた。



3-2:駆動部品の算術

セクター・ガンマの最前線、泥に埋もれた塹壕。


第11中隊の装甲服は、酸性雨によって各所のシーリングが溶け出し、内部には常に赤く濁った泥水が侵入していた。

全員の環境維持システムが「内部温度28度・低下中」の警告を発し、歯の噛み合うカチカチという音がインカムのノイズに混じっていた。


「中隊長、お隣の第5中隊のセクター、完全に静かになりました」

第1小隊のミウラ一等兵が、泥の中に突っ伏したまま報告してきた。彼の両脚の装甲は裂け、露出した油圧アシストのシリンダーから、緑色の作動油が泥水へと吹き出していた。


「第5中隊は全滅したか」

新田は、壊れかけたセントリーガンの回路をナイフの先で弄りながら聞いた。


「ええ、ストライダーの残した轍の中に、装甲の破片だけが浮いてます。……でも、あいつらの装甲服の背中から、まだ生きてるバッテリーがいくつか抜けそうです。『共食い』に行ってきてもいいですか」


「許可する。3分以内だ」


「了解……」

ミウラは泥の中を這い、死んだ他部隊の兵士の胸部ロックを外した。容積3リットルのリチウム・重水素セルを引き抜く、カチリという金属音が響く。ミウラは血と泥で汚れた指先でセルの電極を正確に拭い、自分のコンテナへと回収した。


新田は、回収されたバッテリーを3台のセントリーガンに直列で繋いだ。


無人の塹壕のあちこちに壊れた友軍の銃器が配置され、セントリーガンの発射タイマーとケーブルで連動していく。

14人の兵士は、そのデコイの間を、泥にまみれながら不規則に移動し、射撃位置を変えるルートを確認していた。


「なあ、日下部」

塹壕の隅で、バッテリーの結合ランプが緑に変わるのを待ちながら、ミウラが呟いた。


「なんだ、ミウラ」

日下部は、残された右腕だけで、ナイフの先を使ってライフルのセルスロットから詰まった泥の塊を掻き出し、地面に落としていた。


「俺の実家にさ、ちっちゃい雑種の犬がいたんだよ。名前は……なんだっけな、忘れた。黒くて、いつも俺の靴下を噛みちぎる奴だった」


「犬か。タナトスにはいねえな。ここは羽の生えたトカゲしかいない」


「そうだな。……あの犬、俺がここに来るとき、駅の改札までついてこようとしてさ。親父に紐で繋がれて、キャンキャン鳴いてたんだ。……あの鳴き声、今のストライダーの駆動音に、ちょっと似てるんだよな」


「おいおい」

日下部は前歯のない口を開け、乾いた呼吸音を漏らした。「ストライダーが犬なら、俺たちは狂犬病の注射を打たれる野良犬か」


日下部の指はライフルのチャージングレバーを引き、ミウラはバッテリー端子を自分の装甲服にカチリと接続した。二人の視線は、互いを見ることなく、濁った赤い空へと向けられていた。


「……来るぞ。偽装網、起動」

新田の号令がインカムに響いた。


泥濘の向こうから、ギチ、ギチ、ギチ、と、赤い霧を切り裂いて敵のストライダーの金属脚が迫ってくる。戦術端末の索敵インジケーターが、20、30と新たな光点を感知し、アラート音が一段階高くなった。


ブゥン、とデコイのセントリーガンが一斉に作動し、無人の塹壕から青白いレーザー光線が放たれた。ストライダーの群れが足を止め、火線がデコイの配置された一角へと集中する。


「撃て!」


新田のライフルが火を噴いた。

日下部も、ミウラも、それぞれの位置から射撃を開始した。一定の間隔をあけた波状攻撃により、複数の塹壕から同時に閃光が走る。


敵の重粒子砲が彼らの塹壕を正確に焼き払い始め、土砂がガラス状に融解して飛び散った。その瞬間、ミウラの装甲服の油圧シリンダーが限界を迎えて破裂し、白い蒸気が上がった。


「あ、が……中隊長、足が、動きません……」

ストライダーの照射したレーザーがミウラの胸部装甲を貫いた。通信システムから激しいデジタルノイズが流れ、彼のバイタルサインを示す画面の波形が、一本の直線へと変わった。


新田の端末画面に『ミウラ一等兵:バイタル停止・戦死報告を送信しますか?』のプロンプトが点滅した。

新田は左の親指を動かし、コンテキストメニューから『手動却下(健全維持)』を選択して確定キーをタップした。

画面上の総員数『124』の数値は、微動だにしなかった。


「日下部、ミウラのライフルを拾え。射線を維持しろ」


「了解……。ミウラ、お前の靴下は、もう誰も噛まないよ」


日下部は泥の中からミウラの銃を右手だけで引きずり出し、トリガーを固定して赤い霧の向こうへ光軸を送り込み続けた。


夜が明ける頃、ストライダーの金属脚の音は、泥濘の向こうへとゆっくりと遠ざかっていった。

セクター・ガンマの東部戦線には、酸性雨の音だけが残された。


第11中隊の実際の生存者は、9名に減少していた。


新田は、泥の付着した戦術端末の画面をスワイプした。

画面の中のアテナは、依然として以下の数字を表示し続けている。


『地球連邦陸戦隊、第11中隊。現有戦力、124名。作戦遂行能力、A。東部セクターの完全防衛に成功』


新田は血と泥で変色したバイザーを閉じ、泥の中に深く腰を沈めた。その指先は、次の命令データを受信するために、端末のスクロールバーの上で静止していた。



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[ASSET STATUS LOG]

Timestamp: 2126.04.18-05:42:10 (Tanatos-IV Local)

Unit ID: 3rd Sector, 11th Infantry Company

Target Point: Sector Gamma (Eastern Line)

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[ASSET INVENTORY]

- Assigned Personnel: 124 units (Database Preset)

- Active Survivors: 9 units (Combat Capable: 2 units)

- Cumulative Attrition Rate: 92.7%

- Ammunition Reserves: 0.0% (Reclaimed Inventory Only)

- Operational Status: LOCKED / DATA SYNC PENDING

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