迷い猫と王女
二人は駅に着いた。
「よし、ここで待ってて」
「機密情報か?」
「あー……まあ、内密な話ってことにしておいて」
「機密情報だな」
「在、悪いことを言うつもりはないの。ただ……」
「別に気にしていない」
アキラは報告書を握りしめた。
「今日はもっと美味しいもの食べようね、約束する」
「また泊めるつもりなのか」
「当然でしょ! 迷い猫……じゃなくて、迷子を放っておくと思う?」
「きっちり返済すると誓う」
「請求なんてしてないから。もう言わないで。すぐ戻るから」
アキラは建物に入ろうとしたが、足を止めた。振り返ると、在は歩道でじっと立ったままだった。
「あそこの向かいに公園があるの。緑地よ、そこに座って待ってて」
「わかった」
アキラが建物に入っていくのを見届けてから振り返ると、緑地など見当たらなかった。
(情報収集も、この指示の一部というわけか)
少し歩いて路地を見つけると、姿を消した。
あまりの速さに、この世で最も美しい生き物のように扱われたコートが一秒足らずで消え去ったことに、誰一人気づかなかった。
一つの影が、音もなくいくつもの窓の前を通り過ぎていった。
在はすでに、再導入部隊の施設から五棟離れた四階建ての建物の屋上にいた。
縁まで歩き、公園を探した。
(俺の恩人が出す命令は変だ。緑地で待っているだけで、どうやって宿と食事の代金を払えるというんだ)
その位置からでは、公園を見つけられなかった。
(なぜ建物がこんなに大きいのか理解できない。まるで迷路を作るために設計されたようだ)
屋上から屋上へと、正確かつ静かに移動し、中くらいの大きさの緑地を見つけた。
その場にいる人の数を観察し、それから見られずにたどり着く方法を計算した。
これは自分の能力を試す試練に違いないと、彼は完全に確信していた。
目で経路を描いていくと、障害物にぶつかった。
建物に吊るされて窓を拭いている男。死体をどこに隠せるか探した。
(いや……誰かを排除しろとは言われていない)
その頃、アキラは笑みを浮かべながらエレベーターを降りていた。
(歩いて上らずに済んだわね)
……
在がすでに建物の間を飛び移りながら降りていることなど、彼女は知る由もなかった。発見されないよう、彼は遠回りをする羽目になっていた。
ゴミ収集箱の陰から、頭を覗かせた。
街灯へ飛び移り、次に信号機、そして木の枝に着地した。
枝の上で体勢を整え、観察を続けていたが、ふと迷いが生じた。
(座って待てという指示も、気配を消せるかどうかの試練なんじゃないか?)
空いているベンチを探そうとした。
一つには家族が昼食をとっていた。別の一つには、子供が遊ぶのを見守る母親。完全に一人だけのベンチもあったが、隅の方にあった。
やがて完璧なベンチを見つけた。一人の若い女性が座り、目の前の木々を眺めながら、完全に気を抜いていた。
水色の髪が、風にわずかになびいていた。
在は任務を続行することにした。木から降り、誰にも振り返られることなく公園を移動した。
ベンチに着くと、できるだけ彼女から離れて座った。
そのまま数分が過ぎた。
在は彼女を見もせずに、あらゆる反応に注意を払っていた。実際、同じ場所を見つめていた。
横目で見ると、耳が長く尖っているのに気づいた。
彼女は一度ため息をつくと、優雅な仕草で立ち上がった。
「十分以上も私を待たせるなんて、どういうつもり?」
落ち着いた声、洗練された言葉遣いにもかかわらず、風が彼女を包み始めた。
胸に手を当て、木々の方へと歩いていった。
「王女の怒りを侮ってはいけないわ」
勢いよく振り返り、声を張り上げた。
「力ずくで連れてくるしかないわね」
彼女は在を見た。在も彼女を見た。
……
「あなた、誰?」
「人だ」
「ここは使用中よ」
「ここで待てと命令された」
……
「よく聞いて。誰かの隣に勝手に座って、何でもないふりをしていいわけじゃないの」
「禁止されているとは知らなかった」
「禁止はされていないわ。でも、そのルールは私には通用しないの」
「なぜだ」
若い女性は目を閉じ、胸に手を当てた。
「なぜなら、私は厳粛で高潔な、王族の血を引く種族の出だから」
在は首をかしげた。
「この世界には、他の種族なんて存在しないと思っていたが」
彼女の瞼が完全に見開かれた。
「あ……それはその通りね……」
自分の耳を指差した。
「でも見て! 私、同調率が高いの。それには理由があるに決まってるでしょ」
(さっきまでの洗練された口調はどこに行った?)
「理由とは何だ」
「疑問を挟まないで」
優雅な仕草をして、名乗った。
「神楽かぐらアイスリン」
「変な響きだな」
「もう一つの人生の名前を、そのまま残すことにしたの。で、あなたは?」
「真情 在」
「それで私の名前が変なの? あなたもリターナーなんでしょ?」
「そう説明された」
「あなたも、もう一つの名前を残すことにしたのね」
「覚えているのがこれだけだからだ」
「知り合いの鬱陶しい奴と、まったく同じ喋り方をするのね」
「その人も、全部は覚えていないのか」
「あなたと同じくらい、うんざりする喋り方をするの」
神楽はベンチに座り、しようとしていたことを完全に忘れていた。
「あなた、前に見たことないわ」
「昨日戻ってきた」
「テレビでそんなニュース見なかったけど。だからって特別だと思わないでよ」
「機密情報だ」
「それ、どういう意味?」
「知らない」
神楽は髪を耳の後ろへとかき上げた。在はそれに気づいた。わざとらしいと感じた。
「ねえ……あなた、学園に入るの?」
「そうなるらしい」
「じゃあ、そこで会うことになりそうね」
座ったまま、彼の方へと体を向けた。
「知っておくべきルールがあるの。先輩として教えてあげるんだから、感謝しなさいよ」
「先輩?」
「なるほど、あなたは戻ってきた時に全部思い出せなかったタイプね。記録は四日よ」
(アキラは二日だと言っていたが……もう少し仕事を真面目にやるべきだな)
「全部思い出すまでは、私の方が経験豊富だと思って、敬意と礼儀を持って接しなさい」
「俺より経験があるには、随分若く見えるが」
「体は17歳に戻ったけど、あっちの世界では100年以上生きたのよ」
「わかった。それで、お前のことは何と呼べばいい?」
神楽は立ち上がり、厳かなポーズを取った。
「アイスリン先輩」
「相手にしなくていいから、在」
アキラが二人のところへ歩いてきた。
「アキラさん……どこから聞いてたんですか?」
「あなたが従者を欲しがってるってわかる程度には」
「知り合いなのか」
「うん、私が分類したの。エルフの王女の体に入って、世界を天災から救ったのよ。今でも自分を王族だと思ってる」
「尊敬され、慕われていたの。100年も生きたのよ」
「それで今は子供並みの精神年齢なのね」
(まあ……本当に成熟した人間には、まだ会ったことがないが)
「アキラさん、真情さんは学園に入るんですか?」
「ちょうどケイコとその話を片付けたところなの。月曜から始まるわ。あんたのクラスに入るのよ、アイスリン・せ・ん・ぱ・い」
「もうわかったわよ」
「よろしくね。行くわよ、在」
「わかった」
神楽は、二人が公園を出て遠ざかっていくのを見送った。
「また変な子が増えるのね」
ベンチに座り、自分の髪を撫でた。
「あ、そうだった! アイス食べに行くところだったのに。バカみたいにまだ待ってるじゃない」
「もう待たなくていいわよ、アイスリン」
彼女は声のする方へと振り返った。
「なんでそんなに待たせるのよ、源みなもと」
肩までの長さの赤褐色の髪と、金色の瞳を持つ若い女性が微笑んでいた。
「遠くに住んでるし、電車代使いたくなかったから」
「前もって言ってよ。王族を待たせちゃダメでしょ」
「携帯、好きじゃないの」
「相変わらず慣れないのね」
「退屈なだけ。行こう、アイス食べたい」
アイスリンは優雅な仕草で立ち上がった。
「お店は二区画先よ」
歩きながら、アイスリンは微笑んだ。
「月曜日は面白くなりそうね」
「学校が面白くなることなんてない」
「あなたには何も面白くないんでしょ。新しいクラスメイトが来るみたいなの」
「また別のリターナーか。放課後にでも教えてくれればいい」
「先生に、もう授業を抜け出すのはやめろって言われてたでしょ」
「あの授業、下手な冗談みたいなものよ」
アイスリンは足を止め、チェリー味のアイスを二つ注文した。
「まあ……それは一理あるわね。授業っていうより、あの人の武勇伝を聞かされてるだけだもの」
「しかも下手くそ」
「王族を退屈させるなんて、恥じるべきだわ」
「それ、もう言うのやめて、アイスリン」
「嫌よ! これは私という存在の一部なんだから」
「はいはい」
アイスリンはアイス代を払い、お礼を言ってから受け取ると、一つを源に渡した。
「私にとっては大事なことなの。忘れられない」
「私が忘れられるなら、そうしてる」
「あ……そうだったわね。ごめん」
「気にしないで。あの人生はもう終わったことだから」
源はアイスを一口食べて微笑んだ。
「まあ、完全にじゃないけど」
「うん、その方がいいわ。私の王国の隊長なら、自分の腕前を誇りに思ってるべきよ」
「私はあんたの従者じゃない、アイスリン」
「じゃあ、なんでアーサーを屈服させたの?」
「あいつがバカだから」
二人はアイスを食べながら歩いていった。
空が暗くなった頃、街の反対側にあるホットドッグ屋が、赤毛の女性と、相変わらず輝くコートを着た青年を迎えていた。
「玉ねぎ、たっぷりお願いします!」
「もちろんだよ、アキラちゃん!」
「ふふ。天国を知ることになるわよ、在」
「スープの時も同じことを言っていたが」
「それなら、天国に戻ることになるわね」
出来上がると、アキラはそれを受け取り、在に二つ渡した。
「もっと欲しかったら、頼んで」
「わかった」
彼女は、まるで初めて食べるかのような勢いで頬張った。
食べながら、彼女は在に学校について説明した。彼はそれを、次の任務のための情報だと解釈した。
在に確認もせず、アキラは彼の分をもう一つ注文した。
食べ終えると、二人は部屋へ向かった。彼女はまた、階段を上らないといけないことに文句を言った。エレベーターがないことは百も承知の上でだった。
部屋に着くと、彼女は明日が休みであることを喜んだ。おやすみを言い合った後、アキラはベッドに倒れ込み、携帯を見始めた。
メッセージが一件もないことに、ほっとしながら。
日曜日の朝が来た。アキラはまだ眠っていた。アラームは切ってあった。
満足そうに何かをつぶやきながら、体を丸めた。
そこで携帯が鳴った。
アキラの手が伸び、着信を切った。
また鳴った。また切った。
ケイコはオフィスで座り、自分のコーヒーを見つめていた。
苛立った顔で、かけ続けた。
「アキラ……出ないなら、迎えに行くわよ」
アキラはようやく出た。
「今日は休みなんだけど……」
「来てほしいの」
「嫌よ」
ケイコはノートパソコンを見つめ、鼻筋をつまんだ。
「来てほしいの。昨日は見落としてたものがあるから」
「月曜まで待てないの?」
彼女の目が画面を見た。
真情在という登録が、二件あった。
「ううん、待てない」




