偉大なるオラクル
二人は在を見つめていた。アキラは目を見開き、口を開けていた。栞は目を細めていた。
ゆっくりとアキラの方へ首を向けた。
「今の、ちゃんと聞こえた、アキラちゃん?」
彼女は頷いた。
「嫌だって言ったの」
……
「残接の偉大なるオラクルが分類するのは義務だって、説明した?」
「まだ……」
「なんでやってないのよ!?」
「怒らないで、私がどれだけ大変だったか知らないくせに!」
「まだ一日しか経ってないでしょ!」
「すごく長い一日だったの!」
栞はドレスを勢いよくなびかせながら振り返ると、自分の玉座へと歩いていった。どれだけ値が張ったかを堂々と見せつけるような椅子だった。
脚を組んで座ると、目を閉じた。
「あの子が、二回お願いしてくるまで真視は使わない」
「別にいいわよ。やりたくないなら、しない。興味ないもの。もうやりたくない」
(パパ、ママ……娘はもう頑張りたくない)
「……在さん。彼女に能力を使ってもらうことが必要なんです……」
「コホン!!」
「分類のために、オラクルは真視を使わなければならなくて……」
在は栞からアキラへと視線を移した。
「何のためだ」
「多くのリターナーが、普通の人間にはない能力や力を持って戻ってきてるの。みんなの安全のためよ」
「つまり、管理下に置くためだろう」
アキラは顔に汗をかき、壁の方へ目をそらした。
「あなたたちを……守るため……それに、どう助けたらいいか知るためよ」
……
「それなら、俺の人生を知る必要はないだろう」
「必要なの! どんな力があるか知ることが、社会に再導入する助けになるのよ」
「本当のことを言え」
「ぐぬ……」
アキラはまっすぐに立ち、彼の目を見た。
「あなたが別の世界でどう生きてきたか、少しでもわかれば、どんな社会的な振る舞いを身につけてきたかが理解できるの。栞お姉様は、あなたが生きてきたことを文字通り全部見られるわけじゃないから」
「さっき言ってたことと矛盾しているが」
「説明するのは難しいの……特に、この人が説明を拒んでる時は。彼女はあなたの人生を理解して、あなたがしてきたことを把握して、その能力がそれを要約するの」
「それはもっと悪い」
「は? だから、彼女はあんたの人生を見るわけじゃないって、今言ったでしょ。昨日の動画、覚えてる? あれとは違うの」
「余計に混乱するだけだ。俺が何をしていたか知られるのは、俺にとって都合が悪いとだけ言っておく」
「それは勘違いよ……」
栞は言い直そうと咳払いをした。
「アキラちゃん、勘違いだって教えてあげて。あなたが誰だったかを広めるためじゃないの。それはあっちの世界に置いてきたものだから」
在は信じられないという顔で彼女を見た。光の筋、輝く革張りの椅子。
「栞……手伝わなくていい」
アキラはため息をついた。
「在……隠さずに言うわ。戻ってきてから危険になった人もいるの。あっちの世界で持てなかったものを、こっちで力を使って手に入れようとしたリターナーも、少数だけどいた。何かを取り戻そうとする人もね」
「取り戻す?」
「そう……権力とか、富とか、女とか。奴隷とか」
最後の言葉を聞いて、在は拳を握りしめた。
「ほとんどの人は、そういう欲望が残っていても、それに流されたりしない。こっちの世界のルールや文化を理解してるから」
……
「在?」
「その分類とやらは、行動を制限したりするのか」
「全然しないわよ。みんな、自分が何者かを自由に示せるの」
「まだ納得はしていない」
「あああああ!! ここから帰れなくなる!」
「誰が止めるんだ」
「私の仕事が! 罰せられるかもしれないし、怒られるかもしれないし……それに……それに……ボーナスまでなくなるかもしれないのよ!」
……
「わかった、それならやる」
アキラはほっとした様子で微笑んだが、お礼を言う前に、栞が目を閉じたまま立ち上がり、赤毛の彼女を指差した。
「それと、自分だけ特別だと思わないでね、アキラちゃん。そのクラスの人を見たのは、あなたが初めてじゃないから」
(私を使って、あの子に話しかけてるの?)
(こいつは、他にも暗殺者を見たことがあるのか?)
(よし、私がやったことは誰にも疑われていない)
……
「よし、さっさと終わらせるぞ」
在は栞の方へ歩いていった。彼女は首をかしげた。
「それで、今度は?」
「在……彼女に、真視を使ってほしいってお願いしないと」
「俺に真視を使ってくれ」
(……)
「こう唱えないとダメなの。『残接の偉大なるオラクルよ、我が力をその瞳に映し出したまえ』」
「二回」
栞は目を開けないまま、指を二本立てた。
「二回……」
アキラが疲れた表情で繰り返した。
在はため息をつき、栞が望んだ言葉を猛スピードで唱えた。
彼女は腹立たしいほどの笑みを浮かべ、何も言わずに玉座の裏へと回り、小さな水晶玉を手に取った。
在のところへ戻ると、腕を伸ばし、水晶玉を持たせた。
それから目を開けると、前よりもさらに強く輝いていた。両手を合わせ、膝をついた。
アキラが近づいた。光の筋が部屋を眩しく照らし始めると同時に、甘い声が響き渡った。壁までもが、その旋律が漏れるのを押しとどめているかのようだった。
その詠唱は、発見と共感の感覚を生み出した。
栞から発せられていた。
その目は水晶玉に据えられ、唇の動きは抑制され、滑らかだった。
詠唱を終えると立ち上がり、まだ輝いたままの目でアキラを見た。
「アキラちゃん。よければ、情報は私一人で記入しておくけど」
「え? 私がやらないと。仕事の一部だから」
「ああ……わかってる。ただ……在さん。この子に見られるのは困る?」
「こいつがボーナスをもらえなくなるのは望んでいない」
……
「アキラちゃん、お腹すいた」
「は? 今!?」
「真視はエネルギーを消費するの」
「それ、初めて聞いたんだけど!」
「ハンバーガー」
「いやいやいや。ポテトはもう持ってきたでしょ」
「じゃあ、ハンバーガー。ポテト付きで」
アキラは指を一本立てたが、すぐに下ろした。
「すぐ戻るから……」
出ていく前に振り返った。
「でも報告書、書かないなんて思わないでよね。走って行ってくるから!」
「炭火焼きのやつ」
「それはもっと遠いのよ!」
アキラは出ていってドアを閉めた。次はケイコを連れてくるという愚痴が、遠ざかっていった。
「ケイコちゃんにはお菓子頼むから」
「なんでアキラを遠ざけたんだ」
「二人だけで話すことがあるの、在さん」
「俺のクラスについて、か」
彼女は水晶玉を受け取り、床に置いた。
「いろいろなことについて」
小さなウィンドウが現れた。ホログラムに文字と数字が書き込まれ始めた。
最初に書き込まれたのは「真情 在」。その下に「???」の記号が現れた。
「年齢:17歳」
「じゃあ本当に17なんだな」
「それが、あっちの世界での名前だったの?」
「ああ」
栞は「???」の記号を見つめた。
「そう」
名前の下に、クラスが表示された。
「奴隷暗殺者」
「同調率:100%」
「100%が何を意味するか、わかる、在さん?」
「あっちの世界と同じ力を持っているということだろう」
「正確には違うの。あっちの世界とほとんど同じ人間だっていう意味よ」
「『ほとんど』と『100%』は同じ意味じゃないが」
「わかってる、黙って」
能力が次々と書き込まれていった。
「ナイフの腕前:S+」
「剣の腕前:S+」
「毒耐性:S」
「隠密:S」
「暗殺の腕前:規格外」
「規格外?」
「なんでそう出たのかは、私にもわからない」
「拷問耐性:S」
「身体能力:S」
「速度:Sにしとくわね」
「お前の能力……鬱陶しいな」
「理解してない力について語らないで」
さらに能力が書き込まれていく中、栞は在を見た。
「在さん……この人生は何歳から始まったの?」
「俺の人生を見たんじゃないのか」
「アキラちゃんが三回くらい言ったでしょ……というか、感じただけって言った方が正しいかも。細かいことは知らないの」
「物心ついた時からだ。子供だった」
「奴隷だったのも、その頃から?」
「もう奴隷だった。両親が消されて、自分が売られたということしか知らない」
栞は目を閉じた。
「在ちゃん。それを聞いて、悲しいわ」
声を荒げたわけではなかったが、その「ちゃん」だけは、在にはやけに強く響いた。
「気にしなくていい。俺にとっては……それが俺の人生だった」
……
能力の記入が終わった。
「よし……じゃあ、書き換えるわね」
「制限しないんじゃなかったのか」
「この世界では、クラスそのものは変えられないの。他の人が読める部分を変えるだけ」
「スパイでも確保するつもりか」
「変なこと考えないで。私は祝福されたオラクルなの」
彼女はもう一度「???」の記号を見た。
「こんなことするの初めてなの。毎日ジュース持ってきてもらうから」
栞は、在の公開ステータスの書き換えを終えた。
「アキラちゃん、きっと取り乱すわよ」
「俺の情報が、やけに大人しく見えるが」
「理由はすぐわかるわ」
ちょうどその時、アキラが息を切らしながら入ってきた。片手にハンバーガー、もう片方の手に大きなポテトの袋を持っていた。
「思ってたより遠かった……」
二人の間にある巨大なホログラムに目をやった。
栞は手を伸ばした。
「ハンバーガー」
ハンバーガーとポテトを渡した後、アキラの目は在のステータスを追った。
「真情 在。17歳。???」
「???……栞お姉様……どうしてこんな記号があるんですか?」
「もぐもぐ。さあ、知らない」
「いやいやいや! なんで本当の名前が出てないんですか!?」
栞は食べ続けた。
「これじゃ家族を見つけられないじゃない……」
在のクラスを探す。
「暗殺者」……ただの暗殺者。
「ただの暗殺者?」
答えないために、栞はハンバーガーに大きくかぶりついた。
「ぐぬ……あなたのクラス……時々意味がわからないのよね」
栞は力強くハンバーガーを噛んだ。
「ああ……私には意味わかんない。ええと……力:A」
読み進めた。
「ほとんどA評価ね……」
(そろそろ気づく頃だ……)
「70%!!!」
(見たか)
「栞お姉様! 今まで見た中で一番高い割合です! お姉様の60%を超えてます!」
「んーむぐ、ふぇおうにゃ!」
「叫ぶ前に噛んで」
「私の60%はオラクルの力によるものなの。私の偉大さと比べないで」
アキラは在のクラスに視線を戻した。暗殺者……ただの暗殺者。
彼の武器のことや、部屋に罠があると思い込んでいたことを思い出し、彼女の視線がさまよった。お風呂のことを思い出して、うっすらと頬を赤らめた。
「恥知らずの暗殺者、って書くべきじゃないの」
「何か言ったか」
「何も」
彼女は台帳にすべてを書き記した。
「栞お姉様、彼にクラスの書かれた身分証を発行しますか?」
「うん、アオキちゃんにお願いして」
「じゃあ……もう行かないと」
「いつ戻ってくるの、アキラちゃん?」
「あー……わからない。忙しいから。在の家族を探さないといけないし……学園に連れていかないと……問題なく入れるように確認もしないと」
「月曜から始まるの?」
「たぶんね」
「じゃあ、月曜に会いましょう」
(俺には何も聞かれていないな。俺はギルドで働きたいんだが)
「い……行くわよ、在」
「どこに行くんだ」
「あんたの結果を提出して、境界への入学の準備をしに」
「それもお前の仕事の一部か」
「そうよ」
「なら構わない」
栞はポテトを食べながら目を細めた。
「行きます、栞お姉様」
「二日後にね、アキラちゃん。ピザが食べたいわ」
(あんたの好みを満たすために働いてるんじゃないんだけど……)
「わかった……」
二人が出ていこうとすると、栞が在に声をかけた。
「信じてるわよ、在ちゃん」
「わかった」
受付へと降りながら、アキラは在を横目で見た。
「在……ちゃん」
「その呼び方はやめろ」
「そのちゃん付け、とんでもないことの前触れなのよ、在」
「何?」
「容赦なく、いろいろ頼んでくるようになるから」
二人は、かすかによろめいているアオキの前で足を止めた。
「アオキ……在の情報が書かれたプレートをもらえる?」
「あはは……すぐできるって!」
瓶を軽く押しやると、木製のプレートを取り出した。
「月見様が明らかにしたクラスと能力、ちょうだい。あはは……あはは」
在は真剣な顔で彼女を見ていたが、アキラはそうではなかった。
「はい……」
赤毛の彼女は、記入した紙を差し出した。アオキの目には、文字が絶えず動いて見えていた。
間抜けな笑みを浮かべながら、片手をプレートに置き、もう片方の手で紙を顔のすぐ近くまで持っていった。
かすかな光が、すべての情報を刻み込んだ。
「できた」
アキラはそれを確認した。
名前:真情 在。
クラス:ただの暗殺者。
「なんで『ただの』ってついてるの?」
「ここにそう書いてあるから」
「変えられる?」
「月見様が承認すればね」
(聞くだけ聞いてみないと。迷い猫の方がまだしっくりきたのに)
アオキはプレートの刻印を終えると、堂々と瓶を呷った。
「はい、どうぞ」
「???を消したのね。それと、70%については何も言わなかった」
瓶を下ろさないまま、手を振った。
「地球人としての名前を思い出したら、刻んであげる。割合なんてどうでもいいわよ、私は50%で戻ってきたんだから」
「それは、あんたの力がそこまで大したことないからでしょ」
アオキは瓶を叩きつけ、彼女を指差した。
「私はギルドマスターだったのよ……ヒック。能力もほとんどそのまま戻ってきたの。可愛いプレート作ってるだけじゃないんだから。私のおかげで、この場所は形になってきてるのよ」
アキラはカラフルなプラスチックの椅子に目をやった。
「はいはい……」
「それに、割合を理解してるのは月見様だけなの。前に説明しようとしてくれた時なんて、二日間ずっと飲み続けないといけなかったんだから」
「その言い訳、自分でも信じてないでしょ……」
(それで傷のことは説明つくかもしれないけど……装備のことは説明つかないし。システムに外見の記録がないことも)
アキラはプレートを手に取った。
「在が本当の名前を思い出したら、また来るから。それと、ここをただの飲み会にしてないかも確認しに来る」
「新しい扉なんて出てきてないんだから。他にどうしろって言うの」
「安定部門を手伝うとかできるでしょ」
「あそこじゃお酒飲めないもの」
在が会話に割り込んだ。
「それは動画になかったが」
「そうよ、それは一般人に説明することじゃないから」
「アキラ、説明してあげなさいよ。この子はリターナーなんだから」
「……在、警察には『帰還者鎮圧班』っていう部署があるの。それは……」
「危険を排除する部隊だろう」
「いやいやいや。逮捕するためのよ!」
「無駄な人員配置だな」
「アオキ……彼の記録に『狂気の暗殺者』って追加してもらえる?」
「あはははは」
アキラはプレートを在に渡した。
「行くわよ、ケイコにあんたの分類を報告しないと」
「あのプロにか?」
アオキは瓶に残った最後の一口を飲み干すと、笑い始めた。
「あの人、再導入部隊のトップなのよ」
「リーダーには見えなかったが」
「それ、思い出させないで……」
別れを告げた後、アキラは建物を出て電車の方へ歩き出した。在がそれについていった。
「土曜日なのに、こんなに仕事があるなんて信じられない」
「一つ疑問がある」
(私には十個あるけど)
「言って、在」
「あの力を発動させるのに、オラクルが歌う必要があるのか」
アキラは足を止めた。
「ううん……あれ、やりたい時にやってるだけよ」
携帯を取り出し、音楽アプリを開いた。
「最悪なのは、あのメロディーがめちゃくちゃ人気だってことなの」




