この警官はすごく変だ
太陽が沈み始めた頃、二人は建物を出た。アキラには隈ができているようだった。
「あんたのことで報告書一式書かされるなんて、信じられない」
「俺には退屈だっただけだが」
「それは、あんたがずっと壁を見てただけだからでしょ」
「だから退屈だったんだ」
……
「もう、行くわよ。早く横になりたい」
アキラは歩き始めた……というより、歩道を滑るように進んでいった。少し経って、在がついてきていないことに気づいた。
「何してるの? こっちよ」
振り返ると、在は街から目を離せずにいた。点灯した車のライトがアスファルトを照らしている。広告は今や自ら光を放っていた。
大勢の人々が、互いに気に留めることもなく歩いていく。中には、手に光るものを持っている者もいた。
金色の瞳の中央に、緑から赤へと変わる信号の光が映り込む。金属の馬車が止まるのを見つめ、それから物音がして顔を上げた。
ある窓では、女性が布を振っていた。やがて広告の映像が切り替わり、アニメーションが流れ始めた。ハンバーガーのコマーシャルだった。
在はあまりの光に、目を細めた。アキラは普通に歩いて戻ってきた。
「在さん。何か思い出せそう? 見覚えのないものをまた目にするのは、変な感じでしょう」
「こんなもの、見たこともなかった」
「あなたが生きてた世界には……こんな技術はなかったのよね?」
「ない」
「魔法もなかったの?」
「あった……だが、使えるのはごく一部の者だけだった」
「そう……もう少しここにいたい?」
「いや……光のない場所がないというのが、落ち着かない」
「あるにはあるけど、街の真ん中じゃ珍しいだけよ」
在は、何の警戒もなく歩く人々にもう一度目をやった。
「奪われたり、殺されたりするのが怖くないのか?」
アキラが咳き込み始めた。
「ここでは、そんなの普通じゃないから」
「そうか……」(なら……俺は何のためにここにいる?)
……
アキラは彼をじっと見つめた……かなり長く……
……
「行くわよ。ちゃんとした夕飯、約束する」
在は目を閉じ、彼女の方を向いてから、再び開けた。
「わかった……」
彼女は微笑み、しばらく後ろを振り返りながら歩いた。
「そんなに遠くないの。電車で三駅よ」
「電車?」
「ああ……そう。見ればわかるわ」
五分ほど歩いたところで、それが見えた。とんでもない速さで動く、巨大な何かが目の前に現れた。
彼は手を入れ、ナイフの一本を握りしめた。
「この電車は街の半分を通ってるの。再導入研究所にも停まるし、ギルドにも停まる。街の端っこまで行けるのよ!」
「わかったのは、ギルドと街の端という言葉だけだ」
「とにかくついてきて」
耳障りな音の後、扉が開いた。アキラは完全にリラックスした様子で乗り込んだ。
在は警戒しながらついていった。彼女と同じように、手すりを掴んだ。
電車が駅を出ると、すぐにとんでもない速度に達した。在は、こんなに大きなものがこの速さで動くはずがないと思った。
「これは……生き物なのか?」
「もちろん違うわよ……馬車と同じ、電気を使ってるだけ」
「電気とは何だ?」
「それは、別の日に、別のタイミングで、別の人が説明してよ、在さん」
在の視線が窓へと移り、眼下に広がる街を眺め始めた。高さはさほどでもなかったが、それでも光や人々は小さく見え、あっという間に流れ去っていった。
「どんどん現実味がなくなっていくな」
彼女が近づいた。
「わかるとは言えないわ。私はイベントを経験してないから。でも、いくつかは説明できる。電気については無理だけど」
在の目は、変わらず景色に向けられていた。
「ギルドについて説明できるか?」
「それならできる。ギルドは、社会に再導入されたリターナーのための機関よ」
「役割は何だ?」
「残留接続って呼ばれる扉を閉じること。あなたが心配することじゃないわ。他にもいろんな仕事があるし」
「暗殺という仕事はあるのか?」
アキラは目を見開き、あたりを見回した。誰も聞いていないのを確認して、ほっと力を抜いた。
「ない……誰かを暗殺してくれなんて頼む人はいないわよ」
「……そうか……」
「在さん……もしかして、あなた……」
在は横目で彼女を見た。
「あなたの家族は、そういうことの被害者だったの?」
彼は笑みを浮かべ、握っていたナイフから手を離した。
「ああ……俺が経験したことだ」
「じゃあ、もう心配しなくていいから。ここではそういうことはめったに起きないの。そのために私たち警察がいるんだから」
「お前は再導入部隊の人間だと思っていたが」
アキラは歯を食いしばり、子供っぽく壁を二回蹴った。
「今のところは、ね……」
三つ目の駅に着き、二人は電車を降りた。駅を出ると、在はあたりを見回した。
静かな場所だった。光も、音も、車も、人も少ない。ようやく風の音が聞こえた。
その道のりは、不思議と心が落ち着くものだった。特に、木々の茂る一角にある、金属の構造物が置かれた小さな空間を通り過ぎた時は、なおさらだった。
夜であるにもかかわらず、あたりが照らされていることも、今回は気にならなかった。
二人は扉がいくつも並ぶ大きな建物までたどり着いた。中に入ると、アキラが立ち止まった。
「なぜか、エレベーターがないことにホッとする……それと同時に、腹が立つ」
「お前はここに住んでいるのか?」
「そうよ……豪華ではないけど、この辺りじゃかなりいい方なの」
「変な奴だな」
「はぁ!? 部屋を持ってることの、どこが変なのよ!? まともな家賃のところ見つけるのに、どれだけ苦労したと思ってるの!?」
「今言ったことは何もわからなかったが。俺が言ったのは、住んでる場所に拷問部屋がないことに苛立ってるのが変だ、という意味だ」
「そのうちエレベーターが欲しくなるわよ。三階まで上がらないといけないんだから」
「拷問に慣れていることと、それを望むことは別だ。それに、さっきの軍の施設でも三階分上がっただろう」
「軍じゃないから……もういいわ。行くわよ、もう夕飯食べたい」
一階を上がり、二階を上がり、三階に着く頃にはアキラはもう文句を言っていた。
「お前の仕事は、体力がいらないのか?」
「意味もなく体力を使うのは好きじゃないの」
「自分の家に上がってるだけだろう……」
(パパ、ママ……この中世人を殴らない力をちょうだい)
彼女は自分のドアまで歩き、鍵を取り出すと、ため息をつきながら部屋を開けた。
「くつろいでいいから……でも何にも触らないで」
彼女は中に入り、小さな段を上がる前にヒールを脱いだ。
「何をしている?」
「これも説明しなきゃいけないの? とにかく……靴を、ブーツを脱いでから入って」
「……だが、罠があったらどうする」
「私の家に罠なんてあるわけないでしょ」
在はブーツを脱ぎ、ヒールの隣に並べて置くと、しばらくそれを見つめた。
「今度は何?」
「気づかなかったが、お前は妙な履物を使っているな」
ヒールの片方を掴み、調べ始めた。
「先端に武器が隠されているのか?」
「隠し武器なんてない。それ床に置いて、変な奴」
それを床に置くと、在は小さな段を上がり、敷居をまたぎながら部屋の中をじっくりと観察した。
右手にはソファと、ガラスのテーブル、それに大きな黒い機械。左手には金属製のキャビネットと、奇妙な机、そして彼には理解できないものが並んでいた。
アキラは奥へと歩き続け、あるドアの前で足を止めた。
「そこにいて。何にも触らないで、動かないで、息もしないで」
彼女が中に入りドアを閉めると、在はその場に立ち尽くした。
(自分の持ち物がある場所に、見張りもつけず俺を置いておくとはな)
彼は待った……かなり長い時間。やがて彼女は、違う格好で出てきた。長めのシャツと、ショートパンツ。
彼が一センチも動いていないことに気づいた。
「座っててもよかったのに」
「動くなと命令しただろう」
「あ……そう……ちゃんと従うなんて、意外」
「お前の縄張りで眠らせてもらう立場だ。無視できるわけがない。隠れた護衛がいるかもしれないだろう」
アキラは両手を顔に当てた。
……
「お腹すいてる?」
「ああ」
「へえ、『腹は減ってない、戦士たるもの弱さを見せぬ』とか言うと思ってたのに」
(厳密に言えば、俺は戦士じゃないが……)
「食糧は乏しいものだ。食える時に食わないのは愚かだ」
「筋は通ってるのに……なんかすごく悲しく聞こえる」
アキラは冷蔵庫まで歩いていき、開けるといろいろな物を取り出し始めた。
「これはもう賞味期限切れ……この残り物は、温めればまだいけるはず。ご飯はまだ大丈夫。このハンバーガー、半分呼吸してるみたいだけど……」
(あの箱、食べ物を保存しているのか)
在は、彼女がカウンターに食べ物を並べていくのを見ていた。
「たくさん食べるでしょうね。今日は満足するまで食べさせてあげる」
「待て。世話をされるわけにはいかない。食事を作る使用人はどこだ?」
「そんな人いないわよ。私がお金持ちに見える?」
「何?」
彼女は、完全に落ち着いた様子で手を止めた。
「じゃ、これ温めて、あとインスタントスープを二つ作るわね」
コンロに火をつけ、水を沸かし始めた。
在は炎を見た。それから反対側に目をやると、ソファは座った時にちょうど火を眺められるように置かれているようだった。
「つまり……この世界の家は、快適に拷問を楽しむものなんだな」
アキラはゆっくりと振り返った。
「在さん……この世界では拷問は違法です。黙って座っていていただけますか?」
(また敬語になった……)
彼は向きを変え、ソファへと歩き出した。
「待って……それ、脱いで。家具を汚されたくないから」
「いや……護衛の姿がまだ見えていない」
「いないから!」
「つまり、ここにはお前しかいないと言いたいのか」
「一人暮らしよ……」
「この世界の人間は、生きることを気にしないのか!?」
「それを文明的って言うのよ、変人!」
「異常なのはお前らの方だ、女!」
「私の名前は渡辺アキラ。ちゃんと呼びなさいよ!」
「……異常なのはお前らの方だ、渡辺」
アキラの顔に、ものすごい嫌悪感が浮かんだ。
「アキラ……アキラって呼んで。渡辺はやめて」
「だが、それはお前の姓だろう」
「どうでもいいから……言わないで」
「わかった、アキラ。異常なのは……」
「もう聞いた、黙って。それと、それ脱いで」
「嫌だ。家具を汚さないよう、立っておく」
水はもう沸いていた。
「好きにすれば」
アキラは二つのスープを用意し、電子レンジで料理を温めてから、二枚の皿に分けた。
「座らないなら、カウンターまで来て」
彼女はスツールに座った。アキラは温かい料理を見つめていた。
「あの箱、あっという間に料理を温めたな」
「何も説明してあげない。あんたの記憶が早く戻ることを祈るだけ」
彼はフォークを手に取り、一口食べると、ゆっくりと噛んだ。
「そうだといいが。こんな生活を送っていたと知りたいものだ」
アキラは少し柔らかい表情で彼を見た。
「もう戻ってきたんだから。これからは、こういう生活を送れるわよ」
在は答えなかった。しばらく無言で食べていたが、やがて彼女がスープの蓋を開けた。
「食べてみて。温めた残り物より美味しいから」
在は一口食べると、動きを止めた。
「美味しいでしょ……まあ、食べ過ぎには気をつけないとだけど」
彼の視線が食器棚へと向いた。そこには、とんでもない量のインスタントスープが並んでいた。
「からくりが分かったぞ」
「え? 何の話?」
在は、滑稽なほどの速さでスープを食べ終えた。
「準備はできた! この食事の代金として何をすればいいか言え」
……
アキラは本気で答える気はなかったが、ふと目を輝かせた。在はそれに気づき、危険を感じた。
「も……もしそれが望みなら……やる」
彼女は首をかしげた。彼は真剣な表情で、コートに手をかけた。
「手を出す」
アキラは目を見開き、たちまち顔を赤くした。
「頭おかしいの!?」
「それが望む代金じゃないのか?」
「違う、この獣! ただ、服を洗わせてほしいだけよ!」
「なら、俺に裸になれと言いたいのか」
「ベッドも家具も汚さないでほしいだけ!」
「ああ……だが、来る途中に洗う川なんて見なかったが」
「コートと、他の服が入った袋、それだけ渡して」
「それはできない。その借りをどう返すことになるのか、想像もしたくない」
「いいから……渡して。そんな形で回収したりしないって約束するから……」
在は袋を取りに行き、服を渡した。
「次はコート」
……
「ほら、私といる分には何も起きないから」
「それ以外は持っていてもいいか」
「いいわよ、その汚いコートを洗いたいだけだから。それと、貸してあげるベッドに入る前にお風呂も入って。それで食事代は払ったことにする。それでどう?」
「約束しろ」
「はいはい。約束する」
在はコートの中身を出し始めた。ナイフが何本も出てくるのを見て、アキラの表情が変わっていった。続けて長い剣が二本。最後に、長い針が何本も。
「一体どうやってコート一枚にこんなに詰め込んでるのよ? これ、普通に道を歩けるレベルじゃないでしょ」
「約束しただろう」
「こんなに隠されてるなんて知らなかったのよ」
「約束しただろう」
「ぐぬぬ……」




