知らないはずの顔
月曜日が始まった。アキラは鏡の前で髪を梳かし終えるところだった。
ブラシを下ろし、制服がきちんと着られているか確認した。
部屋を出てドアを閉めると、リビングで在と顔を合わせた。
「準備できた、在?」
「これで全部払えるのか、まだ疑っているが」
「ルール2番」
……
アキラはドアまで歩き、開けるとため息をついた。
「行くわよ、二人とも長い一日になるから」
「お前もか」
「栞に会いに行かないといけないの」
「毎日ジュースを渡さないといけないと言っていたが」
(それ、私に請求する気ね……今日はポテトとジュース、持っていかないと。これはケイコに請求してやる)
二人は部屋を出た。道中ずっと、アキラはいろいろな場所を指差した。
昨日の公園。ある建物。ある店。
目印の説明が、明らかにやり過ぎだった。
電車に乗るために上るべき、正確な階段を指し示した。方向を間違えれば街の反対側まで行ってしまうと、何度も念を押した。
電車が動き出すと、窓の外に見慣れない景色が広がっているのに在は気づいた。
「ギルドとは逆方向に進んでいるが」
「よくできました」
彼女は誇らしげに頷いた。
「ギルドは中心部の近くにあるの。学園は街の外れよ。乗り過ごさないように、駅を覚えておいて」
在は窓に意識を向け続け、地形を覚えようとした。
電車が停車駅を告げた。境界学園。
降りると、彼女は案内表示を指差した。一つ残らず。
駅を出ると、在は遠くに学園を見た。
あたりはずっと静かだった。ビルはなく、いくつかの家、簡素な道、一日を始めたばかりの小さな店が並んでいた。
迷うことなどほぼ不可能だったが、アキラは場所を指差し続けた。
学園の壁につながる門まで、彼女は彼に付き添った。
「いい、授業が終わったら、ここで待ってて」
「待つのか? なら、なぜあれほど熱心に道を教えたんだ」
「明日、自分で来られるようにするためよ。今日、勝手に帰るためじゃなくて」
「帰り道で迷うとは思えないが」
「あんたのこと、完全には信用してないの」
「一人で戻ることくらいできる。それに、武器はほとんどお前の縄張りに置いてきた」
「だからこそ言ってるの」
アキラは振り返って彼を見た。
「誰も攻撃しないこと、在」
「向こうが攻撃してこない限りは」
「そういうこと」
在は眉をひそめた。
「別の条件を期待していたが」
「まあ……この学校、普通じゃないから」
顔を傾けた。彼にとっては当然のことだった。
「それでも! 子供を殺して回るのはナシだからね」
「俺と同じ年齢のはずだろう」
「だから子供なの」
「お前はあまり大人には見えないが」
「私は二十歳よ。敬意を払いなさい」
在はわずかに笑みを浮かべた。
「やめてよね……」
「俺への命令は何だ」
「もう伝えたでしょ。ただ……ちゃんとしてて。ほら、入って、迎えに来るから。絶対に帰らないで。待ってること、わかった?」
「わかった」
在は門をくぐり、学園へと歩いていった。
「何かやらかしたら、ケイコのせいにしよう。さて……栞ね……」
もう一度在を見てから、彼女は踵を返し、駅へと向かった。
帰りの道のりは静かに感じられた。静かすぎるほどに。電車が生きているかどうかなんて、馬鹿げた質問もなかった。
現実離れした発言も一つもなかった。
(やっと……力を抜ける)
その考えは、彼女自身を完全には納得させなかった。これから向かう先を思い出せば、なおさらだった。
残接ギルドに着いた。今回は、前の店名の跡を見て微笑んだ。
「しあわせ寿司」
中に入ると、ちょうどアオキが琥珀色の液体をジョッキに注いでいるところだった。
「朝の九時よ、アオキ」
それを聞いた瞬間、まるで現行犯で捕まった犯罪者のような仕草をした。
「これは……朝食だから」
「それを朝食にしないでよ!」
「後でサンドイッチ食べるから」
「それが先でしょ……栞に会いに来たの」
「聖域にいるわよ」
「わかった、ありがとう」
アオキは、彼女が階段へ向かい、急に立ち止まるのを見た。それからアキラは出ていった。ヒールの音が、一歩ごとに床を打ち鳴らしていた。
訳がわからないまま、ジョッキをあおった。
何人かの組合員が入ってきて、色のついたプラスチック製ベンチに座りに行った。
数分後、アキラがジュースとポテトを手に、再び入ってきた。
何かをつぶやきながら階段を上っていった。
天井から差し込む光のカーテンの下で、栞は目を閉じて座っていた。
聖域の扉が勢いよく開いた。
「栞お姉様。ポテト持ってきました」
栞は微笑み、自分の木を指差した。アキラは荷物を渡すと、水をやりに行った。
「私を苦しめるの、本当に好きよね?」
「もぐもぐ。違うわよ、アキラちゃん。私の木に水をやれるのは、あなただけなの」
「知ってる……」(少なくとも、あなたは戻ってきてもそんなに変わらなかったわね……)
木に水をやり終えた。
(ただ、今は大げさすぎるだけで)
ジュースを飲んでいる栞に近づいた。
「栞お姉様、説明してほしいことがあるの」
「私は何もしてないわよ」
「え?」
「んんっ……何が必要なの、アキラちゃん?」
「土曜日、在について何も言ってくれなかったでしょ」
栞は口に入るだけのポテトを詰め込んだ。
「んふぁ、ふぁん、はふぁふぇことふぁ」(「何のことかわからないわ」)
「口いっぱいで喋らないで。前にも真情在を明らかにしてたって話よ」
「あら、そうだった?」
「そうよ! 忘れたなんて言わないでよ」
栞はジュースでポテトを流し込み、ドレスをなびかせながら立ち上がった。
「私が今まで、何人のリターナーに真視を使ってきたか知ってる?」
「たくさん……」
「そういうこと。全員覚えてるなんて期待しないで。みんながみんな、食べ物を持ってきてくれるわけじゃないし」
アキラは携帯を取り出し、源のプロフィールを栞に見せた。
「この子、覚えてる?」
栞は携帯を受け取り、画面をじっと見つめた。
……
「覚えてない」
「栞お姉様!」
「叫ばないで、アキラちゃん。忙しい日々だったの」
名前とクラスを何度も読み返した。
「うーん……クラスを明らかにした時、何を感じたかも覚えてない……休みなく真視を使い続けないといけなかったから」
「……じゃあ、これが何を意味するか、何か見当はつく?」
「もう一つの人生の名前が、珍しくないってことね」
「同じ名前は二人しかいないのに」
栞は素早く携帯を確認した。
「アーサーだって何人もいるわ。それに、その中には向こうの世界で元の名前を使っていた人も何人かいるし」
「でも、名字も違うし、クラスも違う」
栞は携帯を返すと、光の筋の下に立ち、胸に手を当てた。
「残接の偉大なるオラクルが間違いを犯したとでも言いたいの?」
「真面目に考えて」
「いいえ、あなたが真面目に考えなさいよ」
アキラは両手で顔を覆った。
(だから来たくなかったのよ)
「源と直接話した方が、話が早いんじゃない?」
「あ。まあ……理屈の上ではそうね」
「じゃあ解決ね。この相談には、最低でもあなたの大好きなホットドッグが一つは必要になるわ」
「疑われたことに怒ってるの?」
「全然……最低でも二つね」
「生徒を巻き込みたくなかったの。もっと複雑な話になるかもしれないし」
「都合のいい時に連れてきて、アキラちゃん」
「ケイコに連絡させるわ」
「よし、貢ぎ物が何かは、あの子ならもうわかってるでしょうね」
(だから私は連れてこないの)
アキラは窓の方を向き、在が初日をどう過ごしているのか気になった。
残接の偉大なるオラクルを訪ねている間、彼はすでに境界学園の学園長と対面していた。
四十歳前後の男で、右目に眼帯をつけ、髪は中央から両端にかけてターコイズとオレンジの二色に分かれていた。
口髭も同じように分かれていた。
在は、その男が自分のプロフィールを丹念に確認するのを見ていた。あの男の職業的な表情を真剣に受け止めるため、これまでの訓練のすべてを使った。
「年齢からして、お前は2組だ」
その声は妙に太かった。
「了解した」
「ここには、お前が武装していて、クラスがただの暗殺者だと書いてある」
「正しい」
「戦闘の授業でない限り、校内での暴力は許可していない」
「もう三回説明された」
「なら……どうでもいい。ここには、お前はまだ元の記憶を取り戻していないと書いてある」
「今のところは」
書類を机に下ろし、在を見た。
「武器を見せろ」
在は短剣と双剣を見せた。小さなナイフは出さなかった。
「よこせ」
「断る。ここでは能力によって武器を持つ者もいると聞いている」
「その通りだ。今のは……前の人生がしゃべっただけだ」
「盗賊か」
「近いが、完全にではないとしておこう」
在は、学園長の背後にかけられた、髑髏の刺繍が入った長いジャケットに目をやった。
「以上か」
「入学は認める、祝賀会は期待するな。さあ、教室に行け、もう出席は取り終わっているはずだ」
在は向きを変え、出口へ向かった。教室は自分で探さなければならないと理解しながら。
出ていく前に、学園長が最後にもう一度口を開いた。
「そうだ……俺は鳴海海斗だ。ここにいる間は、俺のことを『船長』と呼べ」
海斗が彼を見もせずに手で追い払うのを見て、在は頷き、部屋を出た。
「なぜ同じことを三回説明されなかったのが、そんなに奇妙に感じるのか自分でもわからない」
教室を一つずつ調べた。どの扉の横にも、何組かを示す紙が貼られていた。
見つからないよう控えめに中を覗き、それぞれの教室に誰がいるかを確認した。
そうして2組を見つけるまで続けた。
教室に入ると、雑誌を読んでいる教師と、言い争う二人を見つめる何人もの生徒が目に入った。
アイスリンは、机の上に立ち、目の前に剣を立てかけている青年を指差していた。
金髪、堂々とした立ち姿、まるで教室で一番の英雄だとでも言いたげな笑み。
「今日持ってくるはずだったもの忘れておいて、それで王族を名乗るつもり?」
「王は菓子など持ち歩かない」
「先週の賭けに負けたでしょ、アーサー!」
「何も負けてない! お前がズルしたんだろ」
「私の近衛隊長にあなたをねじ伏せてもらったのは、ズルじゃないわ」
「それなら俺も同じことができたはずだ」
「俺を巻き込むな、アーサー」
アーサーの後ろに座る、灰色がかった髪、四角い眼鏡、退屈そうな表情の青年がそう言った。
「ほら見ろ! ウーサーだって、俺が何もしなくても勝てたって分かってるんだ」
「俺はあの獣とは戦えない」
「私の近衛隊長を獣呼ばわりしないで」
「倍賭けだ、アイスリン」
「たった今、自分の王国を滅ぼしたわね、アーサー。源、このなんちゃって英雄をねじ伏せて」
……
「アイスリン……源は……点呼が終わった時に……逃げたわ……」
エルフは、今しゃべったばかりの少女の方へ、憤慨した様子で振り返った。
「なんでもっと早く言わなかったの、アリア?」
桃色の巻き毛の少女は、両手を合わせた。
「あの子……何も言わないって……約束させられたの……」
「あなたをその役目から解放できるのは、私だけなのに」
教師がつぶやいた時、在は彼女の方へ顔を向けた。
「クラス替え、受け入れるんじゃなかった」
それを聞くと、彼はゆっくりと立ち去ることに決め、ドアを閉めた。
(また別の日にしよう)
教室から離れた。あれほどのエネルギー、あれほどの混沌には、長くは耐えられないだろうと思った。
階段を見つけ、その状況から頭を切り替えるために屋上へ上った。
事故を防ぐために設置された柵まで歩いた。おそらく、力を持つ若者たちが逃げ出さないようにするためのものでもあるのだろう。
指で、柵の隙間をいじり始めた。
(俺の任務のどこにも、あの授業に出ろとは書いていなかった)
高い場所にいるおかげで見える景色を眺めながら、数分間そこに留まった。
在は、屋上にいたもう一人の人物に気づかなかった。
巨大な貯水タンクの上に寝そべり、源はうとうとしていたが、柵の音を聞いて目を覚ました。
(アイスリンがもうここを見つけたのか? 逃げないと)
音を立てずに、身軽に地面まで降りた。
背を向けた青年と、あまりに新品らしいコートが目に入り、リターナーの誰かが見せびらかすために買いに行ったのだろうと思った。
見つからないよう、ゆっくりと動きながら、階段へ向かった。
ドアに着きかけたところで、瞼が完全に見開かれた。素早く振り向き、首へと向かってくるナイフを指でつかみ取った。
後ろへ跳びのきながら、指の中でナイフを回転させ、柄を握り直した。
在はその動きを分析し、その腕前に気づいた。
(気配に気づかなかっただけでなく、俺の攻撃を止められた)
彼女は青年の視線を探したが、その顔を見た瞬間、完全に固まった。
その髪、顔の形。どうやって自分を始末するか決めようとしている、あの強烈な金色の瞳。
その口がゆっくりと開いた。ナイフが地面に落ちた。
「そんな……何してるの、ここで?」




