第5話 Go East (東へ)
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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その地理に詳しいという鳥種族のワイアットは、栗助の食堂から歩いて10分くらいのところで理容室を営んでいた。
営業は不定期で、休みたい時は何週間も休む。
そんなときはもっぱら遠くまで飛んで行ってバカンスを楽しんでいるのだという。
ほどなくして、水色の看板が見えてきた。
『BARBER ワイアット』
やけに洒落ている。
この世界では店の名前に自分の名前を使うのが流行りなのだろうか。
入り口には、理容室によくある赤青白の丸いサインポールが立っている。
しかし、電気が通っていないのか回ってはいない。
「こんにちはー!」
テンが勢いよくお店のドアを押し開けると、チリンとドアベルが気持ちのいい音色を奏でた。
それと同時に、客の毛を切っていたワイアットがハサミを止めて振り返った。
「やあ、テンか、あいかわらず元気だな」
やや耳障りな甲高い声で迎えられると「こんにちは、はじめまして」と、ルナがペコリと挨拶をする。
「おっ、珍しいな、きゃわいいお嬢さんを連れてくるなんて。テンも隅に置けないね~」
この調子のよさが、村では意外と人気らしい。
「で? 髪を切りにきたのかい? お嬢さん? ますますきゃわうぃ〜くしちゃうよぅ!」
翼の先についた手でハサミを器用にチョキチョキしながら、大きな目でウィンクしてきた。
チャラいな、こいつ――とは、間違っても口や顔に出してはいけない。
「い、いや、そうじゃないんです。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」
「ほう、構わないけど、仕事しながらでいいかい?」
ワイアットは客の虎柄のモンスターの毛並みを整えながら言った。
「このへんで最近おっきなインセキが落っこちたとか聞かへん?」
テンの突拍子もない質問に一瞬ハサミの動きが止まる。
「いきなり何の話かと思ったら……ワイルドだね〜。隕石かい? 大きいってどれくらいの?」
「三十メートルくらいのクレーターができるほどです」
「ヒュ〜ウ……」
ワイアットは目を丸くして、クチバシを鳴らす。
だがルナの表情を見て、冗談ではないと察した。
「いや、そんな話は聞いたことがないな」
軽く肩をすくめて首を横に振る。
「仮にこの辺にそんなものが落ちたら、もの凄い音がしてわかりそうなもんだろ?」
確かに。いたって正論だ。
「ほんなら、この辺じゃなくてもええんやけど、大きな穴知らん?」
再びお客の毛をカットし始めながら答える。
「そこまで大きなクレーターだろ? う〜ん……まあまあ遠くまで飛んで行くことはあるけど……見かけたことはないね~」
どこか呑気な口調だが、適当に答えているわけではないのは顔の表情を見ればわかる。
彼は真剣に記憶を探ってくれている。
「それでは、あさひ山っていう名前の山は知りませんか?」
ルナが藁をも掴む思いで質問を変えた。クレーターはなくても、あさひ山がどこかにあるかもしれない。
「アサヒヤマ? ん~」
唸り声を漏らしながら、たっぷりと逡巡した後、彼は顔を上げて申し訳なさそうに首を振る。
「残念ながらそれも聞いたことないね~」
「そうですか……」と、がっくしと気を落としたそのときだった。
「アサヒヤマ?」
それまで黙って毛を刈られていた虎種族の男が、急に口を開いた。
顔はオレンジと黒の縞模様。
口は左右に大きく裂け、鋭い歯がぎっしりと並んでいる。
眼は血に飢えたハンターのように、バッキバキに血走っていた。
唯一、虎と違うのは、ホーランドロップのように耳が垂れ下がっているところだった。
「えっ、おじさん知ってるの!?」
ルナは前のめりになって声を上げた。
「いや、ごめんなさい。よく知らないのよ」
見た目とはずいぶん違うお姉口調に、ルナは拍子抜けした。
「何年か前……十年以上前だったかしら、東に住んでいるお友達が言ってたんだけど……。住んでる近くに『朝日が昇る山』っていう山があって、昔は『あさひ山』って呼ばれてたんですって」
「えっ⁉ ホントですか?」
「ほんまか⁉」
ルナとテンもこの急展開には驚いた。
「いや、ただね、あたしも自信ないのよね。朝日が昇る山……だったか、太陽が出る山……だったか、はたまた日が出る山……だったか、よく覚えてないんだけど」
「なんやねん、そのテキトーすぎる話は。そこが重要やないかいっ!」
テンがすぐさまツッコむ。
なんとも頼りない情報だった。肝心な山の名前がはっきりしない。
しかし、ルナは俄然この情報に興味が湧いた。
「それはどこにある山ですか?」
「そこまでは聞いてなかったわ。東のお友達が言ってるんだから東の方にあるんじゃないかしら?」
「おまえの話は、ほんまええかげんやな」
テンは呆れ果て、鼻をほじくりだした。
それでもルナは何か物思いに更けるように、じっとその場に立ち尽くす。
「朝日が昇る山……東の方……」
* * *
その日、二人は金獅堂の本堂に布団を敷いてもらい、今後のことを考えた。
「ルナ、どないすんねん! これから」
「そうね、どうしよう」
向かい合って座る二人の間に沈黙が流れた。
クレーターはなさそうだし、あさひ山に関しては情報が薄すぎる。
するとルナはいきなり立ち上がった。両手の拳はぎゅっと握られている。
「とりあえず東に向かって虎のお姉さんが言ってた朝日が昇る山を探す!」
「えっ、なんやて!」
突拍子もない発言にテンは目を丸くする。
「手がかりはこれしかないんだ。そこがあたしの知っているあさひ山なら大きなクレーターがあるはず。そこに入れば元の世界にきっと帰れる」
「せやけど、どこにあるかわからんし……。あったとしてもほんま帰れるんか?」
「マルコは北へ、三蔵法師は西へ向かったんなら、あたしは東を目指すわ」
「なにわけわからんことゆーとんねん」
「テン、いいよ。ここからはあたしひとりでいくから。いままでありがとね!」
ルナは感謝の意を示すようにウィンクした。
テンは呆れたように息をついた。
それと同時に胸のあたりになんだかぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。
その夜――
(パパ、ママ、助けて…… 寂しいよ……)
ルナは布団にもぐり込み、両親のことを思いながら泣いていた。
テンに気づかれないよう、声を喉の奥に押し殺して。
しかし、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
それほど、心も体も疲れ果ててしまっていたのだ。
* * *
次の日の朝。
金獅堂の境内は、ひんやりとした空気が満ちていた。
鳥の声が遠くで響き、東の空がゆっくりと明るみはじめる。
ルナは井戸水で顔を洗っていた。
冷たい水が眠気と不安を同時に洗い流す。
その背後から、ゆっくりと足音が近づいてきた。
「ルナ、これを持っていけ」
振り返ると、ゾーイが赤いリュックサックを差し出していた。
「中にはいくらかの食料と水筒、そして少しばかりの金が入っている」
「ゾーイお婆さん、どうして……?」
「テンから話は聞いたで。わしはおまえのことはよーわからんが、嘘をつくような悪い子ではないのはわかる」
その言葉は、飾り気がないぶん、まっすぐ胸に届いた。
「ありがとうございます、ゾーイお婆さん」
深々と頭を下げると、目から熱いものがこみあげてきた。
すると、ゾーイは真剣な眼差しで言葉をつなぐ。
「これからさまざまな試練が待っとると思うけどな、決してめげるんやないで。自分をしっかりともつんやで」
「はい、がんばります!」
「ほんで、どんな結末が待っとってもな」
「……ん?」
ルナはその言葉の意味をうまく掴みきれなかったが、特段気にも留めなかった。
「はい、ありがとうございます。――ところでテンは?」
お寺の庭をぐるりと見渡すと、遠くからテンの声がした。
「おーい、こっちこっちー」
テンがジャンプしながら手を振っている。
「止めたんやけどな、どーしても一緒に行くゆーて聞かへんで。困ったもんや」
ゾーイは、口を歪ませながら顎でテンを指し示した。
「テン!」
ルナは背中のリュックサックを左右に揺らしながらテンに向かって走っていく。
「二人とも気ーつけてなー」
ゾーイが小さく手を振る。笑顔だが、どこか寂しさがにじんでいる。
「ゾーイ婆ちゃん、いままでほんまありがと! 必ず帰ってくるよって、待っとってなー!」
テンが全力で手を振り返す。
「テン! あんた本当にいいの?」
「ええに決まっとるやろ。だって、俺たち友達やからな」
「テン――」
ルナはふっと笑った。
こうして、ルナとテンの冒険がついに幕を開けたのだった。
ゾーイは二人を見送った後、しばらく立ち尽くしていた。
やがて、懐から一枚の金貨を取り出し、それをじっと見つめた。
そこには、人類の横顔が深く刻みこまれていた。
エピソード I 運命への旅立ち 「了」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ルナとテンの冒険が、ここから始まります。
ところで、第一印象のテンはどうでしたか?
「かわいい」「うざい」「なんやこいつ(笑)」など、一言だけでも感想をもらえるとうれしいです!
次のエピソードも、ぜひよろしくお願いします!




