第4話 おまえ……笑うてる顔の方がかわいいで
noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!
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「おーい、止まれや!」
テンの呼びかけを無視してルナは一心不乱に歩く。
夢ではないとわかった以上、観光気分でいられるはずがない。一刻も早く元の世界に戻らなければ。
「どこへ向かってんねん?」
「どこだっていいでしょ! あんたには関係ない」
「いったいなにがどうなっとんねん」
テンは短い足をせわしなく動かしながら追いかける。
その必死さとは裏腹に、どうしても速度が出ない。
するとルナは急に立ち止まり、その場にしゃがみ込んだ。
膝を抱え顔を伏せる。肩が小さく震えている。
しまいには、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「うえ~ん、パパ〜、ママ〜、どこにいるのよ~」
ほぼ号泣だ。
ここに来てやっと事態の深刻さを認識した。
電波が入らなければマップも機能しない。自分がどこにいるのかもわからない。
それどころか、どうやら異世界確定らしい。
足の遅いテンがやっと追いついてきた。
「おまえ、ひょっとして迷子なん?」
迷子?
そんな簡単な言葉で片付くなら世話はいらない。
下手したら元の世界に二度と戻れないかもしれないのだ。
ルナは無言のまま、しくしくと泣きじゃくっている。
「ほんなら、おまえのとうちゃんとかあちゃんを俺も一緒に探したる!」
テンが元気づけるように言ってはみせたが、ルナの涙はいっこうに止まる気配がない。
テンは一歩近づき、ルナの背中に視線を落とした。
「俺も親がおらへんから、おまえの気持ちもようわかるで」
テンの声は、いままでのぶっきらぼうな軽口とは違い、どこか遠くを見つめるような静かな響きを持っていた。
「ぐすん、そうなの?」
ルナは涙をぬぐいながら顔を上げた。
テンは少しだけ目を伏せた。
「せや。俺はちっちゃい頃に、とーちゃんとかーちゃんが死んでもうてな、それ以来ずっとゾーイ婆ちゃんに世話になってん」
「……そうなんだ」
姿は違っても、両親を亡くす悲しさはきっと同じなのだ。
「それでテンは寂しくないの?」
「そりゃあ、寂しくないゆーたら嘘になるんやけど……俺は男やからな!」
どうも男らしさをアピールしているらしい。
「そやから俺がいれば百人力やねん!」
テンは小さな手で胸をたたいてみせた。
どんな掛け算で百人になったか不明だが、少しだけ元気が出てきた気がする。
そのとき、ぐぅ、と間抜けな音が鳴った。ルナのお腹だった。
「ふう、なんかおなかすいちゃった」
元気が出るとお腹がすく。さすが中学生である。
「ほんまか? ほんなら、俺の友達がやってる食堂に行くか?」
「うん、行く行く」
ルナは立ち上がってニコっと笑う。それを見たテンの口が自然に滑った。
「おまえ笑うてる顔の方がかわいいで」
一瞬、ルナは目を丸くした。
テンは「はっ!」と、思わず口にしたセリフに、触角をピンと立てた。
(いま何言うた? なんで言うた? 意識してへんかった。てことは無意識やん。無意識ってことは……いやいやいや、ちゃうちゃうちゃう)
目を泳がせ、触角を右へ左へ揺らしながら、あたふたと挙動不審に陥る。
ルナはその姿を見て思わずプッと噴き出してしまった。
* * *
テンおすすめの食堂に向かいながら、彼の生い立ちを聞いた。
テンは生まれてまもなく両親を病気で亡くし、金獅堂のゾーイ婆さんに育てられた。
ちなみにテンとゾーイに血のつながりはないらしい。
ゾーイ婆さんは独り身。金獅堂で子供たちに勉強を教えているという。
特に歴史には詳しいという話だ。
いっぽうシロクロは昔から頼りになる男で、テンがいじめられているとよく助けてくれたらしい。
こいついじめられっ子だったんかい!
「よっしゃー、着いたで、ここや」
そこは洋食屋だった。
看板に『栗助の洋食』と書いてある。木製で少し傾いている。
洋食に似合わない名前。
明らかに「和」だろ。
引き戸を開けようとするが、なにかに引っかかっていてなかなか開かない。
「ん~~~~」
ルナが力を込めて引き戸を引く。
「……ってい!」
ガラガラッ
やっと開いた。
中に入ると「よー、テン、ひさしぶり!」と、これまたへんてこなモンスターが厨房の奥から声をかけてきた。
頭がとんがっていて、しかもその顔が妙にデカい。
目が離れており、顔はやけに緑がかっている。
頭だけ見れば栗。
顔だけ見ればカエル。
全体で見ると、どちらでもない。
「栗助、いつものやつたのむで!」
「いいけど、ツケはまたゾーイ婆さんにかい?」
「もちろん!」
テンは謎に得意げだ。胸を張る方向が違う。
「あたしは――」
壁に掲げられた木板のメニューをじっくり眺める。
ナポリタン、オムライス、ハンバーグ、リゾット、サラダ……。
メニューはなぜか、人間の世界とまったく同じだった。
「お姉ちゃん、どれ食っても美味しいよ! この店は新世界村でピカイチだぜい」
栗助が、カウンターの向こうからウインクを飛ばしてくる。
新世界村……? どこが? 全然未来感ないじゃん。
「じゃ……じゃあ、ハンバーグください」
「あいよー」
栗助は気のいい返事をすると、口から炎を噴き出し、かまどの薪に火をつけた。
「うわっ! あのシェフ……口から火ー噴いた!」
驚くルナを尻目にテンが冷静に呟く。
「そんな珍しいか? あれは栗助の特技や。おまえもそれくらいの技あるやろ?」
「は? あるわけないでしょが。口から火を噴くなんてデーモン閣下かジーンシモンズだけよ」
ルナは、父の影響で、無駄に古いロックの知識だけはある。
口になにか含んだようには見えなかった。
火を噴くって特技なのか?
もはや特殊能力だろ。だとしたらホント人間じゃない。
「そういうあんたは何か特技があるわけ?」
「俺様はこれや」と、頭の触角を指で示す。
先端が卵型になっている四本の触角が、いまはアーチ形を保っている。
「こいつは、危険を察知すると反応するんや」
顔は当然ドヤっている。
「へー、そうなの? 知らなかった」
内心半信半疑だったが、そこは大人の対応ってやつ? をしてみた。
ほどなくして、テンの前に「いつものやつ」が置かれた。
「はい、どうぞ」
「ずん子ちゃん、ありがとう」
運ばれてきたのは、透明のガラスコップに入った白い液体だった。
テンはそれに刺さっているストローにかぶりつく。いつものとは、どうやらこれのようだが、牛乳? カルピス? だろうか。
運んできたのは、ずん子という緑の顔の少女。
栗助とどこか似たモンスターだ。
ずん子は、頭に茶色い笠をかぶり、そこから二本の触角みたいなものが伸びている。
テンと同じ機能を持っているのかは定かではない。
「あの二人は兄弟?」
「ちゃうちゃう。夫婦や。仲ええで」
「夫婦!?」
「なんでそんな驚くねん」
似てるからつい兄弟と思ってしまった。
(まあ、似た者夫婦という言葉もあるしな)とルナは思ったが、それはちょっと違う。
次に、ルナが注文したハンバーグが運ばれてきた。
ジュウッ、と音を立てる肉。白米の湯気。
甘辛いソースの香りが鼻をくすぐる。
「はい、どうぞ、はじめまして」
ずん子はルナの前に、皿をそっと置きながら挨拶をした。
その時、テンの触角がピクンと跳ねた。
「あっつ! それ近づけすぎやん!」
「それ、危険察知っていうか、ただの熱感知じゃない?」
ルナがジト目でテンに目をやる。
ずん子が、小さく噴き出した。
「はじめまして、ルナと言います」
「ずん子です。よろしくね!」
穏やかで優しい雰囲気。丸い緑の顔は、どこかずんだ団子を思わせる。
「テンちゃんのお友達?」
「いや、友達ってわけでもないですけど……さっき知り合ったばかりで」
――と言って、テンを一瞥すると、白いドリンクを飲みながらこっちを睨んでいるジト目と正面衝突した。
「これから友達になるんちゃう?」
テンは少し不機嫌そうにドリンクをすする。
なにこいつ睨んでんの? さっきは自分が友達じゃないって言ったくせに。
ルナも負けじと目を細める。
二人がテーブル越しに火花を散らしていると「んふふ、そうですか」と、意味ありげな笑顔を残して、ずん子は厨房に下がっていった。
* * *
ルナは食事をしながら、いままでのいきさつを話した。
「ちゅうことは、ルナは別の世界の人間で、その穴に落っこちてこっちの世界にやって来たっちゅうことやな?」
「だと思う。てかそれしか考えられないっしょ」
「ふ~ん」
テンが、いかにも気のない相槌を打つ。
「あんたぜんぜん信じてないよねー」
思わず声が大きくなる。
栗助とずん子が厨房から振り返る。
ルナは少し声のボリュームを落として続けた。
「だって、どっからどうみてもあたしとあんたたちとでは種族が違うでしょーよ」
「は? どこがやねん?」
「どこがってあんた……」
「せやから、俺たち人間はみんなちゃうやん?」
テンの言葉にルナは店内を見渡した。小さい店だが、数人のお客がいる。
鳥類のモンスター、魚類のモンスター、はたまたいろんな種類が《《ミックス》》されているのか、何だかわからない異形のモンスター。
たしかに全員違う。違い過ぎる。
「あたしのこと何とも思わないの? なんかその……こいつ異色だなとか」
「ぜんぜん?」
テンは、肩はないけど肩をすくめるポーズをした。
(そうか、この世界では容姿は違えど、みんな人間として認め合っているのか……。だからあたしのことを見ても特別な反応はしないんだな。
たしかに人間も白人、黒人、黄色人種いろいろだし。だけど人類は皆兄弟ってわけじゃなく……あたしたち人間は、はたして本当に差別をしていないんだろうか……)
ふと、自分の世界のニュースや議論が脳裏をよぎる。
「LGBTQにおいては確実に疑問符しかないな」
「ん? なんか言うたか?」
「いや、なんでもない。こっちのハナシ」
「せやけど、俺はおまえのこと信じるで。ルナはこことは違う世界から来たんやな」
テンは真剣な眼差しでルナを見つめる。
「信じてくれる!? ありがとう!」
「だって友達やん? 俺たち」
テンは残りのドリンクをジュルっと飲み干した。
(ふふっ、友達だって……かわいい♡)
「そうだ、家族の写真見せてあげるよ」
「シャシン?」
ルナがポケットからスマホを取り出すと、テンがギョッとして叫んだ。
「や、やめれ、ルナ!」
ところがスマホは電池が切れているのか画面が真っ暗なままだ。
「あ〜、電池無くなったわ〜。おわた〜」
ルナは天を仰いだ。
「あれ? 頭痛がせーへん?」
さっきはそのスマホが出てきた時に頭痛がしたはずなのに、いまはまったくしないのだ。
「すみませ〜ん。充電させてくれませんか?」
栗助とずん子に向かって何やら頼んでいるが、二人ともキョトンとした顔をしている。
「電池無くなっちゃったんで……」
栗助に向けてスマホを頭の上で振る。
「ジュウデン? デンチ?」
栗助とずん子だけでなく、テンまでもキョトンとした顔を向ける。
ルナはその様子に違和感をもち店内を見渡す。
ランプはあるが、電気らしきものがいっさい見当たらない。
「まさか? この世界……電気がない……?」
* * *
「あー、おなかいっぱい」
ルナは満足そうにおなかをたたいた。
お米はふっくらしていて、どこか懐かしい味がした。
けれどハンバーグはいつもよりあっさりしている。
肉汁というより、やさしい甘みが広がる感じだ。
ずん子が皿を下げにきたので訊いてみた。
「ずん子ちゃん。このハンバーグ、とても美味しかったんですけど、なんのお肉使ってるんですか? 豚? 牛? それとも別の動物?」
その瞬間、食堂が水を打ったように静まり返った。
テンの触角がぴたりと止まる。
ずん子の皿を持つ手が途中で動きを止める。
厨房の栗助も、炎を吹く寸前で息が止まったまま固まる。
食堂にいたお客も箸を止め、全員ギョッとした表情でルナを見る。
「えっ? どうしたの? みんな……?」
キョロキョロと視線を泳がせるルナ。
(なにかまずいことでも言ったか? まずいこと? いや、料理はまずいとは言っていない。むしろ褒めたほうだ)
「お、おまえ、何ぬかしとんねん! 豚とか……牛とか、食うわけないやろ! ましてや違う動物ってあんた……」
テンの触角が、警報機のように激しくうねる。
これが彼の言っていた「危険察知モード」なのだろうか。
(やば! この人たちビーガンだったのかしら?)
ルナの背中に冷や汗がつたう。
空気が完全にアウェイだ。まるで敵チームのスタンドに、ホームのユニフォームで紛れ込んだ気分。
ここはなんとしても誤魔化さなければ。
「あははは、な~んてね。冗談ですよ、ジョーダン!」
ルナは必死にその場を取り繕った。
こめかみから嫌な汗が流れ落ちる。
ずん子が、ふっと微笑んだ。
「ふふ、ルナさん、ちょっと洒落にならない冗談でしたね。うちのハンバーグは大豆です」
「けったいな奴やな〜。死体食う奴かと思うたわ。かわいいツラして……」
テンが口角を下げ、蔑んだ目で見つめている。
(あっぶね〜。みんなからドン引きされるところだったわ〜。てか、されてたか……)
さらにピンチを脱するためにすかさず話題を変える。
「そ、それはそうと、テン。あたしお金持ってないから、今日はおごってね!!」
「ああ、まかしとき、どうせゾーイ婆ちゃんが払うさかい」
テンは親指をピンっと立ててみせた。
なんとかピンチは脱出したようだ。
「ほんで、これからどーするん?」
「そうね、とりあえず手がかりを探す。キーワードは隕石の穴とあさひ山」
「アサヒヤマという名前の山はこの辺にはあらへんよ」
テンはあっさり言う。
この辺りにはないのか。でも……遠くなら?
「誰か地理に詳しいヒト知らない?」
テンはしばらく考えた後、パチンと指を鳴らす。
「ひとりおるわ」
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