表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Monster PandemiX(モンスター・パンデミックス)  作者: 古賀丸マシカク
エピソードⅨ 止まない雨はない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/55

第34話 赤い夕陽に吠えろ!

 学童を後にし、ルナはバロンとともに団源太のジムへ向かった。


 テンはというと、子供たちに囲まれてしまい、「一緒に遊ぼう!」と無邪気な笑顔でせがまれた結果、結局その場に置いてくることになった。

 本人はかなり楽しそうだったので、まあ問題ないだろう。


 ジムに戻ると、デビッドは案の定まだ戻っていなかった。

 団源太が、川のほとりで陽が落ちていく空を物憂げに見つめている。


 ルナは、なんとなく嫌な感じがした。


「もう一度探そう、バロン」


 そう声をかけると、バロンは鼻をひくつかせ、ものすごい勢いで走り始めた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 ルナも慌ててその後を追う。


 バロンの大きな体が風を切るたびに、地面の砂ぼこりが舞い上がる。

 かなりの距離を走っているが、バロンの足取りは一向に緩む気配がない。

 ついていくのが精一杯だ。


「テンがいたら絶対に置いてけぼりだったわ」


 そんなことを呟きながら必死に走っていると、視界が一気に開けた。


 目の前に広がるのは海。空と水面の境界がぼんやりと霞んでいる。


 その海を見下ろす崖の上に、デビッドの姿があった。

 彼は波の音に包まれながら、断崖の縁に立っている。風に吹かれる黒いシルエットは、いまにも海に飲み込まれそうだった。


 ――まさか!?


「待ってー!」


 ルナは必死に叫びながらデビッドに駆け寄る。

 だが、彼女の声が届くよりも早く、デビッドは崖から身を投げた。


「きゃぁあああ!」


 想像したくなかった事態が目の前で起きてしまった。

 ルナは、頭の中が真っ白になってしまい、膝から崩れ落ちる。


 その瞬間とき――


 黒のニューファンドランド犬、バロンが弾丸のように飛び出した。

 巨大な黒い影が、しぶきを上げながら海へと飛び込む。冷たい水を切り裂きながら力強く泳ぎ、デビッドへと向かっていった。


「バロン!!」


 デビッドの体を、大きな顎が優しく、しかし確実に捉えた。バロンは、驚くべき力でデビッドの巨体を引き上げ、浜辺へと運んできた。


「バロン! すごいぞ、おまえ!」


 崖を駆け下りながら、バロンの偉業を讃えるルナ。


 バロンは濡れた体をブルブルッと豪快に揺らした。 水しぶきが夕陽を受けてキラキラと光り輝く。


「デビッド! デビッド!」


 ルナは、白浜の上で気絶しているデビッドに必死に声をかけ続けた。


 しばらくしてまぶたがわずかに動き、徐々に意識を取り戻す。

 そして、ぼんやりとした目で周囲を見回すと、信じられない言葉を呟いた。


「……なんだ、死ねなかったのか」


 その言葉を聞いた瞬間、ルナの拳が無意識に握りしめられた。


 そして――


「バカーーーッ!」


 これでもかというほどの罵声とともに、ルナの拳がデビッドの頬を打ち抜いた。

 しかし、しょせんは女子中学生のパンチ。プロの格闘家には、蚊に刺された程度にしか感じない。

 だが、デビッドは驚愕していた。見ず知らずの少女の拳に……。


「このすっとこどっこいがッ! なに甘ったれてんのよ!」


 怒りと涙が入り混じった声。

 元チャンピオンだかなんだか知らないが、こんな情けない男は我慢ならない。


「……あんたねぇ――」


 それから、ルナは学童の子供たちの話をした。

 ターヤのことを慕い、彼女が残した言葉を胸に刻んでいる子供たちのことを。


 デビッドは黙って聞いていた。

 そして、思い出したのだ――ターヤの最後の言葉を……。


『デビッド、あたしが死んでも、ずっと落ち込んでちゃダメだよ。あなたの雄姿を、いつまでも天国から見させてね』


 言葉が頭の中にこだまする。

 切れ長の目から、大粒の涙がこぼれた。嗚咽をもらしながら、震える肩を抱え込む。


 そんなデビッドを見つめながら、ルナは静かに口を開いた。


「あたしね、小さいころ猫を飼ってたんだ」


 デビッドはうつむいたまま、じっと耳を傾ける。


「ところが、ある日その猫が死んじゃって……毎日、毎日、ずっと泣いてたの。そしたらね、パパが言ったんだよね」


 潮風が吹き抜けていく。

 夕焼けが、二人の影を長く映す。


「ルナ、彼との別れを悲しむのではない。彼と出会えたことに感謝するんだ、って」


 デビッドがゆっくりと顔を上げる。


「ターヤと……出会えたこと……」


 彼の脳裏に、ターヤとの思い出が次々とよみがえる。

 初めて出会った日。

 笑い合った日々。

 夢を語り合った夜。

 そして最後の言葉――。


 デビッドは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 そして、ゆっくりと立ち上がる。

 波が、足元に優しく触れる。


 そして――


「うぉおおおおおおお!!!!」


 突然、赤い夕陽に向かって吠えたのだ。


「ありがとよ、ルナ」


 デビッドは、海へ沈む陽をまっすぐに見据えた。


「もう、大丈夫だ」


 そこにはもう、酒に溺れていた男はいなかった。

 夕陽を見つめる、かつての王者デビッドの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ