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Monster PandemiX(モンスター・パンデミックス)  作者: 古賀丸マシカク
エピソードⅨ 止まない雨はない

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第31話 泣ける橋に佇む男

noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!


https://note.com/kogamaru_mp/n/na6350cefe825

 ルナとテン、そして新たに仲間に加わったニューファンドランド犬のバロンは、とある街を歩いていた。


 そこは一見、活気に満ちた街だった。


 石畳の道には行き交う人々の笑い声が響き、店々の軒先には、色鮮やかな商品がきちんと並んでいる。

 パン屋からは焼きたての香りが漂い、通りの奥では誰かが笛を吹いていた。

 絵に描いたような「にぎやかな街」である。


 しかし、少し路地を外れると様相は一変した。


 狭い通りには、古びた安宿が肩を寄せ合うように並んでいる。

 入口には色あせた看板がぶら下がり、壁はすすけ、ところどころ漆喰しっくいが剥がれ、その上には――お世辞にもアートとは呼べない――落書きが書き殴られていた。


 道端には空き瓶や紙くずが転がり、昼間だというのに酒の匂いがうっすら漂っている。

 建物の影では、仕事を待つのか、ただ時間を潰しているのか、くたびれた男たちが壁にもたれて座り込んでいた。


 誰かが咳をし、誰かが安酒の瓶をあおる。

 表通りの陽気な笛の音は、ここまで来るとやけに遠かった。


「なんや、おかしなところやな」


 テンが眉をひそめる。


「そうね。さっき通ってきたところは華やかだったのに、こっちは真逆の雰囲気ね」


 ルナも周囲を見渡しながらいぶかしむ。

 まるで別の世界に踏み込んでしまったようだった。

 そして、現代の言葉をひとつ思い出す。

 それは……


 ――ドヤ街。


 ふと見ると、壁にもたれかかるようにして座り込んでいる青年が目に入った。


 黄色い頭のワニ顔をしたその男は、ベージュのトレンチコートを羽織り、飲みかけの酒瓶をだらしなくぶら下げている。

 どうやら泥酔しているらしい。


 ルナは一瞬だけ迷った。


 こういう人に声をかけると、たいていろくなことにならない。

 これはこれまでの短い人生で学んだ、わりと確かな知識だった。

 と言っても、テレビや映画での知識だ。


 ルナはそれでも、いつもの調子で声をかけた。


「大丈夫ですか?」


 テンの頭の上に「あーあ」という雲形の吹き出しがもくもくと現れた。


 すると青年はジロリと睨みつけ、ゆっくりと立ち上がった。


 座っている間は気づかなかったが、こうして立つとかなりの長身だ。

 二メートルを優に超えているだろう。


 ルナは思わず見上げた。

 見上げすぎて、首がりそうになった。


 彼は一言も発さぬまま、覚束おぼつかない足取りで歩き去っていった。


「……なんやねん、あいつ」


 テンが呆れたように呟いた。

 正直、ルナも同じことを思っていた。


 風が吹き抜け、さびれた裏通りにわずかに酒の残香が漂った。


 *   *   *


 しばらく歩いていくと、小さな川に行き当たった。


 川には古びた石橋が架かっており、欄干には『泣ける橋』と彫られている。

 泣ける橋という名前はなかなか大胆だ。「恋人たちの橋」とか「幸せの架け橋」とか、もう少しロマン寄りの名前にしてもよさそうなものだが、この橋は最初から泣かせにきている。

 なにで泣けるのかは、いまのところ不明である。


 見ると、橋の上にひとり、じっと川を見つめながら佇む男がいる。


 頭はすっかり禿げ上がっていた。


 つるん、と見事なまでに何もない。……と言いたいところだが、よく見るとそうでもない。

 代わりに、と言ってはなんだが、頭のあちこちから数本の棘がぴょこんと突き出ている。

 毛が生えなかった代替案としては、だいぶ攻めた選択だ。


 口は左右に大きく裂けていて、ため息をつくたびに、不揃いな牙がちらりと覗く。

 そのたびに、こちらまで「はぁ……」とつられてしまいそうな、妙に重たい吐息だった。


 目もまたなかなかの迫力だった。

 丸く大きいだけでなく、三センチほど前に飛び出している。

 おまけに右目は黒い眼帯で覆われていた。

 理由はわからないが、それだけで妙に物騒な雰囲気が出るから不思議だ。


 そして体つき。これがまた、ずんぐりむっくりの見事なメタボ体型だ。

 全体の色は、なんというか――腐った抹茶のような色合い。

 抹茶に謝りたくなるが、ほかに言いようもない。


 まとめると、怖い要素はしっかり揃っているのに、どこかくたびれた感じもする。

 そんな、見る側の感情を微妙に迷わせる男だった。


 ルナは、その姿を見てハッとする。

 まさか自殺するんじゃないか?

 あれは完全に人生に絶望している中年の顔だ!


 猛ダッシュで駆け寄ると、後ろから男の体に飛びつき羽交い絞めにした。


「はやまらないで、おじさん!」


「ぁあ? な、なんじゃ!?」


 男は、突然後ろから抱きついてきた少女に驚く。

 彼の人生において、見知らぬ少女に羽交い絞めにされるという出来事は、どう考えても想定されていなかった。

 にやけそうな顔を抑えながら、とりあえず必死に抵抗を試みる。

 もしかしたら、頭のおかしい女で、殺されるかもしれない。


 だがルナは全力MAXで腕を締めていた。

 なかなかその腕を外すことができない。


 二人は勢いよくバランスを崩し、橋の上でゴロンと後ろに転がってしまった。 


「いてててて……、いきなり何をするんじゃい!」


「おじさん、今さらそういう容姿で生まれてきたからって人生に絶望しちゃダメよッ」


「はっ? お嬢ちゃん、なにを言っているんじゃ?」


「だって、その姿が原因で幼い頃にいじめに遭い、その後の人生も辛いことが続いて、いっそこの世に見切りをつけて川に飛び込もうって、いくらなんでもあんた――」


「さっきから失礼な女じゃな、人の人生を勝手に語るな!」


 男は、急に現れた思い込み女を恫喝する。


「へ? ……違うの?」


「ルナ、はやまったのはおまえの方やな」


 テンが尻もち状態のルナの肩にポンと手を置いた。


 男は一度大きく息を吐いた。

 そのため息は、橋の名前に負けないくらい、よく泣けそうな重さを持っていた。


「……だが、そうじゃな……落ち込んでいるのは間違いない」


 ヒートアップしていた男は、急に塩をかけられたナメクジのように萎んでいく。


「なんや訳ありやな、このおっさん」


 ルナたちは何があったのか話を聞いてみることにした。


noteにて「Monster PandemiX」の裏話を公開中!


https://note.com/kogamaru_mp/n/na6350cefe825

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